仕込み屋2
2012/01/14 Sat 15:15
4
事務所に連行された万引き男は、大きなテーブルにポツンと座らされると、金山、松村、柿島の三人に見下ろされた。
「まず名前と住所と電話番号」
Gメン金山が男の前に紙とボールペンを出した。
前田進一。東京都武蔵野市緑町……。
「前田さん。ポケットの中のソレ、ここに出してくれる……」
Gメン金山が前田の簡単なプロフィールを眺めながらそう言った。
「……いやです」
前田のその言葉に、三人は呆れ返ったような表情で顔を見合わせた。
「前田さん……もうやってしまった事はしょうがないですよ、ここは素直に謝って寛大な処置を、ね」
と柿島がGメン金山の顔を見た。
「ま、処置については店長が決める事ですけど、でもそんな強情張ってたら警察を呼ばなくちゃならなくなりますよ前田さん」
Gメン金山がそう言うと、前田は警察という言葉に反応したのか「それだけは勘弁して下さい!」と頭を深々と下げた。
「だったら素直にポケットの物を出しなさい!」
柔道松村が大きな手でテーブルをバン!と叩いた。
そこに店長と丸田社長が入って来た。
丸田は「いったい何の騒ぎだねこれは……」と怪訝な表情をしながらGメン金山を見つめる。
「はい。この男が缶コーヒーを万引き致しまして、それで事情を聞こうと連行しようとした所、急に暴れ出しまして……」
「私は万引きなんてしてません!」
前田がそう叫ぶと、柔道松村が「だったらポケットの中の物をここに出してみろ!」とまたテーブルを叩いた。
「……あのねぇ金山君。ウチは客商売してるわけだしあんまり乱暴なのはやめて欲しいんだよ……レジ前の床には血がいっぱい付いてたじゃないか、ああいうのはイメージを悪くするからやめて欲しいんだよ……」
丸田が金山にそう言うと、松村が「あれは正当防衛です」とキッパリと胸を張ってそう言った。
「とにかく、ここはもう警察に任せて、これ以上ドタバタするのはヤメてくれ」
丸田がそう金山に言うと、「あのぅ……」と横から柿島が口を挟んだ。
「あなたは?」
丸田が柿島に聞くと、柿島は内ポケットから名刺を取り出した。
「私くし、日洋金融公庫の融資部長をしております柿島と申します……」
「日洋金融公庫?……金融屋さんが何の用かな?」
「いえ、実は私くし、こちらの前田さんとは仕事上お付き合いがございまして、今日もつい2時間程前、前田さんと融資についてお話を伺っていたんですよ……」
「……ふ~ん……この人があなたからお金を借りるの?……缶コーヒーを万引きするような人によくお金を貸しますねぇ……」
丸田がそう言いながら鼻で笑うと、再び前田が「だから私は盗んでません!」と叫び、またしても松村が「じゃあポケットの中の物だしてみろ!」とテーブルを叩いた。
「いえ、実際、私も前田さんがこんな事をするような人だとは思っても見ませんでしたからね……でも、これを機会に前田さんの融資を御断りする決心がつきました。いやぁ、こちらの優秀な御二人のおかげですよまったく」
「ちょっと待って下さいよ柿島さん!それとこれとは関係ないじゃありませんか!」
前田が涙声で叫んだ。
「いや、前田さん。実際問題、缶コーヒーを万引きするような人に二千万円の融資なんてできませんよ……我々はいくら担保があろうとも人柄を見て融資するのがモットーの優良企業です。こちらの丸田社長のような立派な方なら1億でも2億でも融資させていただきますが、缶コーヒーを万引きするような方には……ねぇ……」
と、柿島が丸田に振り向くと、煽てられて気分を良くした丸田が「もっともだ」とニンマリと笑いながら頷いたのだった。
すると突然、ガバッと立ち上がった前田は、いきなりタイル床に正座をすると「御願いします!あの融資を断られては私達家族は一家心中しなくちゃならないんです!」と叫び始めた。
「都合のいい事を言うんじゃない!おまえにとったらたった缶コーヒー1本かもしれないが、缶コーヒーを盗まれたこの会社にしてみたら大事な商品なんだぞ!」
Gメン金山がそう怒鳴りながら、誇らしげに丸田の顔を見た。
「確かにそうです。この人の言う通りです。たった缶コーヒー1本かもしれませんが、我々二千万円という大金を融資する側にとったら、その1本を甘く見るわけにはいきません。今回の件はなかった事にしていただきます」
「そんなぁーーー!」
大粒の涙を流しながら叫ぶ前田に無情にも背を向けた柿島は、「それでは私はさっそく社に戻りまして、この件を本社に報告しなければなりませんので、これで失礼させていただきます」と丸田に告げた。
「ちょっと柿島さん、待って下さいよ!」
いきなり立ち上がった前田の体を待ってましたとばかりに柔道松村が掴む。
「離せ!離せバカヤロウ!」
するとその時、ドアを出ようとする柿島の背中に向かって叫ぶ前田が、取っ組み合っている柔道松村の腹に、こっそりと拳を捩じ込んだ。
「痛っ!……お、おまえ、今、俺の腹、殴ったよな?……」
ゆでダコのように顔を赤らめた柔道松村は、「殴ったよな? 殴ったよな?」と何度も同じ事を聞きながら、前田の貧弱な足をパカッ!と足払いすると、いとも簡単にステン!と後にひっくり返った前田は、壁に激しく後頭部をぶつけては、「うぅぅぅ……」と床に平伏してしまった。
と、そこにドヤドヤと制服を着た警察官が「どうしました……」と乱入して来た。
どうやら、丸田に言われた店長が通報していたらしい。
「なに?どーしたのこれは?」
警察官達は床で倒れる前田を見下ろしながら丸田に聞いた。
「はい、では私から説明致しましょう。あ、私くし日の丸警備株式会社の万引きGメンをしております金山です」
Gメン金山は誇らしげに胸を張りながら、おまえらも一度くらいはテレビで俺の顔を観た事あるだろ?と言わんばかり威張った。
「こちらの前田という男ですが、つい30分程前に当店のフロアから缶コーヒー1本を万引き致しまして、その後逃亡を試みたものですから、我々が取り押さえまして事務所に連行したところ、この男はなかなか往生際の悪い男でございまして、またしても大暴れいたしましたので、ウチの松村がそれを制圧したと、まぁそう言うわけです」
Gメン金山がかなり誇らしげにそう言うと、床からムクリと起きだした前田が「僕は盗んでましぇん!」と、「101回目のプロポーズ」の武田鉄矢のように叫んだ。
「おい、口から血が出てるけど大丈夫か……」
警察官が前田の体を抱き起こし、そして前田の口をあーんと開けさすと、持っていた小さな懐中電灯で前田の口の中を覗いた。
「うわぁ……相当切れてるな……」
警察官は口の中を覗きながらそう呟くと、「これはどうしてこうなったの?」と前田に聞いた。
「それは正当防衛です!」
軍隊のように背筋を伸ばした柔道松村が必死に叫んだ。
「正当防衛なんかじゃないですよ……いきなりあの人達が私の体を押さえつけて……そして殴ったんです」
前田がそう言うと「いえ、殴ってはいませんよ、取り押さえただけですよ」とGメン金村が心外そうな顔をしてそう言った。
前田は再び椅子の上に座らされると、警察官から「ポケットの中の物を出して」と言われた。
「……どうしても出さなくちゃダメですか……」
「……まぁ、任意だからそれは無理にとは言わないが、ただ、こうしてキミに疑いが掛かっている以上、キミがそれをどうしても拒否するのならこちらも礼状を取って強制的にやらなければならない。結構な大事になるが、どうする?」
警察官が前田にそう説明すると、それを見ていた丸田が「どーでもいいけど署に連行してやってくんないなかぁ、迷惑だよ」とポツリと呟いた。
「……どうしても見せなくちゃダメですか……」
前田がもう一度聞く。
警察は「キミの意思で決めていいよ。それによってこちらもそれなりの対処をするから」と静かに言った。
「キミには家族もいるんだろ?可哀想に子供が泣くぞ!ほら、やってしまった事は仕方がないんだ、素直に罪を認めるんだ!カワイイ子供の為にも!」
Gメン金村は御自慢の名台詞を吐き捨ててやった。
この言葉は、2年前に放映されたニュースの特集「万引きGメン24時」で、金村がお惣菜を万引きした主婦を落とした時の名台詞だった。
Gメン金村は録画していたこのシーンを何度も何度も見直し、「ほら、やってしまった事は……」の「ほら」の部分をもう少し優しく語りかけるように言ったほうがいいな……などと日々研究に研究を積み重ねていた、そんな台詞だった。
「……わかりました……」
そう言って項垂れながらポケットの中の物を出す前田を見て、やっぱり俺のこの名台詞は決まるんだと、Gメン金村は誇らしげに胸を張った。
コトッ……と、テーブルの上に置かれた筒状の物体。
そこにいる誰もが缶コーヒーだと思っていたその筒状の物は、なんと生々しい肌色をした電動コケシであった。
「……他は?全部出して」
「……これで全部です。どうぞ、ポケットの中を調べてみて下さい……」
前田が立ち上がり両手を挙げた。
「そんなわけはない!」
柔道松村が叫ぶ。
警察官が前田の身体中のポケットというポケットを全て手探りした。
「股間は!股間に隠してないか!」
柔道松村がそう叫ぶと、前田が「ジィー」っとズボンのジッパーを開け「どうぞ、調べて下さい」と体を警察官に向けた。
警察官が前田の股間を弄った。
そもそもそんな所に缶コーヒーが隠せるわけが無い。
警察官はGメン金村に振り向くと、「何も見当たりませんが……」と小さく溜息をついたのだった。
5
金村、松村、そして丸田の4人は、顔面を真っ青にしたまま立ちすくんでいた。
「おまわりさん。ひとつお聞きしたいんですが、この警備員の人達に逮捕権というのはあるのでしょうか?」
前田はゆっくりと足を組みながら警察官にそう聞いた。
「いや、明らかに犯罪だとわかる事件、たとえば目の前で人が殺されたとか強盗を追いかけるといった緊急時以外は、一般人に逮捕権というものはない」
「では、何もしていない私が強制的にこの事務所に連行されたというのは、刑事訴訟法217条の逮捕監禁罪になる場合もあるんですね?」
「まぁ、場合によっては……あるね」
「では、これ、この傷、おまわりさん見たでしょ、私の口ん中、かなり深く切れてるよね、それと、私が投げ飛ばされた時に受けた傷。これらはあきらかに傷害罪という事になりますよね?」
「……ま、被害届を出すならばそうなるだろうな……」
「あとね、私、この誤認逮捕により二千万円の融資がパァになったんですよ。大勢の人達の前でドロボウ呼ばわりされて羽交い締めにされて血まで出して……これって完全に人権侵害行為っすよね?……損害賠償の請求ってできますよね?」
「……それは、民事になると思うから俺達じゃなんとも言えないが……ま、弁護士さんに相談してみるんだな……」
警察官達は「俺たちゃ関係ないからね~」的な顔をしながら、そそくさと帰り支度を始めた。
「じゃあ、後で診断書持って被害届出しに行きますんで、よろしくおねがいします」
と、ドアを出て行く警察官達の後ろ姿に前田がそう投げ掛けると、顔見知りの警察官が丸田にチラッと視線を向けながら、「こりゃあ、厄介な事になるぞ……」とポツリと呟きながら、ドアをバタンと閉めたのだった。
警察官が出て行った後も、3人はまだ真っ青な顔をしたまま無言で立ち尽くしたままだった。
前田は、そんな3人をジロッと見つめると、ポケットの中から煙草を取り出した。
黙ったまま煙草に火を付け、そしておもむろに携帯電話を開くと、フーッ……と煙を吐きながら、慣れた手つきで携帯のボタンを押した。
「……あ、もしもし、柿島さんですか、先程はどうも失礼しました前田です。いえね、いま警察の方が来ましてね、私の疑いが晴れたんですよ……いえ、もちろん万引きなんてするはずがないじゃないですかはははははは……ええ……ええ……いや、それは間違えでしたので、もう一度本社のほうに説明していただければ……はい……はい……いや、だからね、これは間違いだって言ってるだろ。それをおまえが本社に出向いてちゃんと説明すればいいじゃねぇか。あん?お前が早とちりするからいけねぇんだろ?違うか?」
前田の態度と、そしてその言葉使いが一転した。
それを黙ったまま見つめている三人は思考回路が止まってしまっている。
「ふざけんじゃねぇぞコラぁ!てめー3日までに俺の会社に二千万貸すって言ったじゃねぇか、だから俺も本部に3日まで待ってくれって説明したんだ、今更、やっぱりできませんじゃスマネェゾこらぁ!」
それは、今までの大人しい前田からは想像も付かないような巻き舌だった。
「とにかく今すぐスーパーの事務所に来んかい!」
前田は一方的にそう怒鳴ると、携帯電話をピッと切り、そして煙草を喰わえたまま財布を取り出すと、その中から1枚の名刺を抜き取った。
「おう、申し遅れたが、オラァこーいうーモンだ」
テーブルの上に名刺がスッと走り、立ち並ぶ三人の前で止まった。
「ニコニコ山猫団武蔵野支部 支部長 前田進一」
三人はその名刺を見て、数日前に閉鎖させられた寂しそうなコンビニの跡地がとたんに浮かんで来た。
「ま、私も最近この辺りでは色々な活動しておりましてね、特に最近の派遣切りとかいう人権を完全に無視したあの資本主義者の豚野郎共のあの傲慢なやり方なんかをね、徹底的に糾弾しとるわけなんですよ……私はそんな弱い者の味方やってますんで、ま、自己紹介までに……」
「……あ、あのぅ……この度は、とんだ間違いを……」
おもいっきり腰を低くした丸田が末期ガンの患者のような弱々しい声で話し掛けて来た。
「あぁ、いいです別に謝ってもらわなくても。謝って済むような問題じゃねぇしな。あん、そーだろカリスマ万引きGメンさんよ!」
Gメン金山はビクッと肩を震わせた。
「では、どうしたら許してもらえるでしょうか……」
丸田は泣きそうな表情でそう聞いた。選挙出馬に際して、既に買ってしまったダルマの顔がふいに丸田の脳裏に浮かぶ。
「俺が許すとか許さねぇとかって決める問題じゃねぇだろ。おまえらが俺に与えた肉体的かつ精神的苦痛の代償はお偉い裁判官殿が決める事だよ」
前田は不敵にニヤリと笑うと、フーッと煙草の煙を丸田の顔に吹きかけたのだった。
6
そこに慌てて柿島が飛び込んで来た。
「しゃ、社長、これはいったいどういうことですか!」
柿島は事務所に入るなり丸田に攻め寄った。
「あなた達も、誤認逮捕だったとはいったいどーいう事ですか!」
柿島は先程松村がテーブルを叩いたように、同じようにバン!とテーブルの上に手を叩き、金山と松村を見た。
「おい。んなぁ事より、融資の件はどーなったんだよ。ちゃんと本社に事情を説明できたのかよ」
前田がカミソリのような目を柿島に向けた。
「いえ……それが、どーにも本社は耳を貸してくれなくて……」
そう弱々しく呟く柿島は、いきなり前田の足下で土下座になると「すみませんでした!」と大きな声で叫びながら頭を床に擦り付けた。
「すみませんでしたで済む問題じゃねぇんだよ!俺ぁ3日までに二千万円を新宿の本部に持って行かなくちゃ指が飛ぶんだよ、この指がよぉ!」
前田はパアに開いた手の平を柿島の顔面に押し付けると「テメーが代りに指詰めてくれるとでも言うんかい!」と怒鳴りつけた。
「そー言われましても本社の決済で決定してしまった以上、私の力ではもうどーにもなりません!勘弁して下さい!」
「おい!テメーらいったいどうしてくれんだよ!こーなったのも全部テメーらのせいだぞ!おう!マルイチの社長さんよ、善良な市民に濡れ衣着せて、背負い投げで怪我させて、そんでもって俺の会社まで潰す権利がオメーさんにあんのかよぉ!おう!そんな事で選挙に出よーなんざ100年早ぇんだよこの豚野郎!」
丸田は「うっ!」と目を開いた。丸田が選挙に出馬するというのはごく一部の親しい者しか知らない事なのである。
「ど、どうしてそれを!」
「ふん。こちとら伊達に政治結社してねぇんだよ、んなこたぁ、俺達の耳にすぐに入ってくらぁ」
前田はドスン!とパイプ椅子にふんぞり返ると、ゆっくりと煙草を喰わえながら、「あんたみてぇな考えの人間を政治家になんかさせたら御国の為にはなりませんからね、我々ニコニコ山猫団は断固阻止させてもらう所存でございますから~」と言いながらライターの火をシュッと付けた。
「お、お、お願いします!選挙妨害だけはお許し下さい!」
丸田がそう叫びながら床の上に正座すると、立っていた金山と松村も一緒になって正座した。
「今度の選挙は私にとって一世一代の勝負なんです!許していただけるならなんだっていたします!ですから、何卒、選挙の妨害だけは許して下さい!」
「おいおい、社長さん勘違いするなよ。誰が妨害するって言ったんだ。俺はあんたみたいなやり方の人間が政治家になるのは間違っている!と思うから、それを公の場で市民の皆様にしっかりと聞いて頂き御理解して頂く、ただそう言ってるんだ、これは妨害でもなんでもねぇ言論の自由っちゅうやつだバーカ」
「いや、だからそれをされますと、私の選挙活動は滅茶苦茶になってしまいます!何卒、何卒お許し願いませんでしょうか!」
「っざけんじゃねーよ、あんたさっき何もしていない俺がそーやって頭下げてても薄ら笑い浮かべてたじゃねぇーか。俺はね、あんたらに不当逮捕されこの事務所に逮捕監禁され暴行まで受けてんだぜ、おまけに融資はパーになるしよ、それよりもなにもアレだけの人前であんな恥かかされちゃ、俺の子供が明日から学校行けなくなっちまうじゃねーか、息子が登校拒否になっちまったらどー責任取ってくれんだい、おう?」
「だからそれの償いをさせて下さいと……」
「だからそれは俺じゃなくて裁判官殿が決める事だって言ってるだろ!ま、どっちにしろこんな刑事事件まで起こすような野郎が政治家なんかになれるわっきゃねーけどね」
「あーーーー!そこをなんとか穏便にしてもらえないでしょうか!」
「はぁ?あんたは、これだけの目に遭わされた俺に、街宣活動もするな告訴もするなっつーのか?んで、自分だけのうのうと政治家の椅子に座ろうってのか?おまえ、本当に豚だろ?」
「あーーーーー!豚でも糞でも何でも構いません!何卒、何卒穏便に済ませてくれないでしょうか!お願いしますーーーー!」
丸田は遂に泣き出した。
これまで築き上げて来た地位と名誉とそしてこのスーパーが脳の中で音を立てて崩れはじめたのだ。
「……社長、ちょっと、いいですか……」
柿島がそう呟きながら、泣き崩れる丸田の肩をゆっくりと抱えた。
「ちょっと、別室で社長と相談したい事がございまして…………」
柿島は丸田の大きな体を支えながら、恐る恐る前田の顔を見た。
前田は、「あぁ、勝手にしな」と煙草を吹かしながら、同時に鼻糞をほじりはじめた。
柿島は「社長……」と呟きながら丸田の体をゆっくりと立たせた。そして前田に軽く一礼すると、そのまま丸田の体を支えるようにして隣りの応接室へと消えて行ったのだった。
(3へつづく)

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事務所に連行された万引き男は、大きなテーブルにポツンと座らされると、金山、松村、柿島の三人に見下ろされた。
「まず名前と住所と電話番号」
Gメン金山が男の前に紙とボールペンを出した。
前田進一。東京都武蔵野市緑町……。
「前田さん。ポケットの中のソレ、ここに出してくれる……」
Gメン金山が前田の簡単なプロフィールを眺めながらそう言った。
「……いやです」
前田のその言葉に、三人は呆れ返ったような表情で顔を見合わせた。
「前田さん……もうやってしまった事はしょうがないですよ、ここは素直に謝って寛大な処置を、ね」
と柿島がGメン金山の顔を見た。
「ま、処置については店長が決める事ですけど、でもそんな強情張ってたら警察を呼ばなくちゃならなくなりますよ前田さん」
Gメン金山がそう言うと、前田は警察という言葉に反応したのか「それだけは勘弁して下さい!」と頭を深々と下げた。
「だったら素直にポケットの物を出しなさい!」
柔道松村が大きな手でテーブルをバン!と叩いた。
そこに店長と丸田社長が入って来た。
丸田は「いったい何の騒ぎだねこれは……」と怪訝な表情をしながらGメン金山を見つめる。
「はい。この男が缶コーヒーを万引き致しまして、それで事情を聞こうと連行しようとした所、急に暴れ出しまして……」
「私は万引きなんてしてません!」
前田がそう叫ぶと、柔道松村が「だったらポケットの中の物をここに出してみろ!」とまたテーブルを叩いた。
「……あのねぇ金山君。ウチは客商売してるわけだしあんまり乱暴なのはやめて欲しいんだよ……レジ前の床には血がいっぱい付いてたじゃないか、ああいうのはイメージを悪くするからやめて欲しいんだよ……」
丸田が金山にそう言うと、松村が「あれは正当防衛です」とキッパリと胸を張ってそう言った。
「とにかく、ここはもう警察に任せて、これ以上ドタバタするのはヤメてくれ」
丸田がそう金山に言うと、「あのぅ……」と横から柿島が口を挟んだ。
「あなたは?」
丸田が柿島に聞くと、柿島は内ポケットから名刺を取り出した。
「私くし、日洋金融公庫の融資部長をしております柿島と申します……」
「日洋金融公庫?……金融屋さんが何の用かな?」
「いえ、実は私くし、こちらの前田さんとは仕事上お付き合いがございまして、今日もつい2時間程前、前田さんと融資についてお話を伺っていたんですよ……」
「……ふ~ん……この人があなたからお金を借りるの?……缶コーヒーを万引きするような人によくお金を貸しますねぇ……」
丸田がそう言いながら鼻で笑うと、再び前田が「だから私は盗んでません!」と叫び、またしても松村が「じゃあポケットの中の物だしてみろ!」とテーブルを叩いた。
「いえ、実際、私も前田さんがこんな事をするような人だとは思っても見ませんでしたからね……でも、これを機会に前田さんの融資を御断りする決心がつきました。いやぁ、こちらの優秀な御二人のおかげですよまったく」
「ちょっと待って下さいよ柿島さん!それとこれとは関係ないじゃありませんか!」
前田が涙声で叫んだ。
「いや、前田さん。実際問題、缶コーヒーを万引きするような人に二千万円の融資なんてできませんよ……我々はいくら担保があろうとも人柄を見て融資するのがモットーの優良企業です。こちらの丸田社長のような立派な方なら1億でも2億でも融資させていただきますが、缶コーヒーを万引きするような方には……ねぇ……」
と、柿島が丸田に振り向くと、煽てられて気分を良くした丸田が「もっともだ」とニンマリと笑いながら頷いたのだった。
すると突然、ガバッと立ち上がった前田は、いきなりタイル床に正座をすると「御願いします!あの融資を断られては私達家族は一家心中しなくちゃならないんです!」と叫び始めた。
「都合のいい事を言うんじゃない!おまえにとったらたった缶コーヒー1本かもしれないが、缶コーヒーを盗まれたこの会社にしてみたら大事な商品なんだぞ!」
Gメン金山がそう怒鳴りながら、誇らしげに丸田の顔を見た。
「確かにそうです。この人の言う通りです。たった缶コーヒー1本かもしれませんが、我々二千万円という大金を融資する側にとったら、その1本を甘く見るわけにはいきません。今回の件はなかった事にしていただきます」
「そんなぁーーー!」
大粒の涙を流しながら叫ぶ前田に無情にも背を向けた柿島は、「それでは私はさっそく社に戻りまして、この件を本社に報告しなければなりませんので、これで失礼させていただきます」と丸田に告げた。
「ちょっと柿島さん、待って下さいよ!」
いきなり立ち上がった前田の体を待ってましたとばかりに柔道松村が掴む。
「離せ!離せバカヤロウ!」
するとその時、ドアを出ようとする柿島の背中に向かって叫ぶ前田が、取っ組み合っている柔道松村の腹に、こっそりと拳を捩じ込んだ。
「痛っ!……お、おまえ、今、俺の腹、殴ったよな?……」
ゆでダコのように顔を赤らめた柔道松村は、「殴ったよな? 殴ったよな?」と何度も同じ事を聞きながら、前田の貧弱な足をパカッ!と足払いすると、いとも簡単にステン!と後にひっくり返った前田は、壁に激しく後頭部をぶつけては、「うぅぅぅ……」と床に平伏してしまった。
と、そこにドヤドヤと制服を着た警察官が「どうしました……」と乱入して来た。
どうやら、丸田に言われた店長が通報していたらしい。
「なに?どーしたのこれは?」
警察官達は床で倒れる前田を見下ろしながら丸田に聞いた。
「はい、では私から説明致しましょう。あ、私くし日の丸警備株式会社の万引きGメンをしております金山です」
Gメン金山は誇らしげに胸を張りながら、おまえらも一度くらいはテレビで俺の顔を観た事あるだろ?と言わんばかり威張った。
「こちらの前田という男ですが、つい30分程前に当店のフロアから缶コーヒー1本を万引き致しまして、その後逃亡を試みたものですから、我々が取り押さえまして事務所に連行したところ、この男はなかなか往生際の悪い男でございまして、またしても大暴れいたしましたので、ウチの松村がそれを制圧したと、まぁそう言うわけです」
Gメン金山がかなり誇らしげにそう言うと、床からムクリと起きだした前田が「僕は盗んでましぇん!」と、「101回目のプロポーズ」の武田鉄矢のように叫んだ。
「おい、口から血が出てるけど大丈夫か……」
警察官が前田の体を抱き起こし、そして前田の口をあーんと開けさすと、持っていた小さな懐中電灯で前田の口の中を覗いた。
「うわぁ……相当切れてるな……」
警察官は口の中を覗きながらそう呟くと、「これはどうしてこうなったの?」と前田に聞いた。
「それは正当防衛です!」
軍隊のように背筋を伸ばした柔道松村が必死に叫んだ。
「正当防衛なんかじゃないですよ……いきなりあの人達が私の体を押さえつけて……そして殴ったんです」
前田がそう言うと「いえ、殴ってはいませんよ、取り押さえただけですよ」とGメン金村が心外そうな顔をしてそう言った。
前田は再び椅子の上に座らされると、警察官から「ポケットの中の物を出して」と言われた。
「……どうしても出さなくちゃダメですか……」
「……まぁ、任意だからそれは無理にとは言わないが、ただ、こうしてキミに疑いが掛かっている以上、キミがそれをどうしても拒否するのならこちらも礼状を取って強制的にやらなければならない。結構な大事になるが、どうする?」
警察官が前田にそう説明すると、それを見ていた丸田が「どーでもいいけど署に連行してやってくんないなかぁ、迷惑だよ」とポツリと呟いた。
「……どうしても見せなくちゃダメですか……」
前田がもう一度聞く。
警察は「キミの意思で決めていいよ。それによってこちらもそれなりの対処をするから」と静かに言った。
「キミには家族もいるんだろ?可哀想に子供が泣くぞ!ほら、やってしまった事は仕方がないんだ、素直に罪を認めるんだ!カワイイ子供の為にも!」
Gメン金村は御自慢の名台詞を吐き捨ててやった。
この言葉は、2年前に放映されたニュースの特集「万引きGメン24時」で、金村がお惣菜を万引きした主婦を落とした時の名台詞だった。
Gメン金村は録画していたこのシーンを何度も何度も見直し、「ほら、やってしまった事は……」の「ほら」の部分をもう少し優しく語りかけるように言ったほうがいいな……などと日々研究に研究を積み重ねていた、そんな台詞だった。
「……わかりました……」
そう言って項垂れながらポケットの中の物を出す前田を見て、やっぱり俺のこの名台詞は決まるんだと、Gメン金村は誇らしげに胸を張った。
コトッ……と、テーブルの上に置かれた筒状の物体。
そこにいる誰もが缶コーヒーだと思っていたその筒状の物は、なんと生々しい肌色をした電動コケシであった。
「……他は?全部出して」
「……これで全部です。どうぞ、ポケットの中を調べてみて下さい……」
前田が立ち上がり両手を挙げた。
「そんなわけはない!」
柔道松村が叫ぶ。
警察官が前田の身体中のポケットというポケットを全て手探りした。
「股間は!股間に隠してないか!」
柔道松村がそう叫ぶと、前田が「ジィー」っとズボンのジッパーを開け「どうぞ、調べて下さい」と体を警察官に向けた。
警察官が前田の股間を弄った。
そもそもそんな所に缶コーヒーが隠せるわけが無い。
警察官はGメン金村に振り向くと、「何も見当たりませんが……」と小さく溜息をついたのだった。
5
金村、松村、そして丸田の4人は、顔面を真っ青にしたまま立ちすくんでいた。
「おまわりさん。ひとつお聞きしたいんですが、この警備員の人達に逮捕権というのはあるのでしょうか?」
前田はゆっくりと足を組みながら警察官にそう聞いた。
「いや、明らかに犯罪だとわかる事件、たとえば目の前で人が殺されたとか強盗を追いかけるといった緊急時以外は、一般人に逮捕権というものはない」
「では、何もしていない私が強制的にこの事務所に連行されたというのは、刑事訴訟法217条の逮捕監禁罪になる場合もあるんですね?」
「まぁ、場合によっては……あるね」
「では、これ、この傷、おまわりさん見たでしょ、私の口ん中、かなり深く切れてるよね、それと、私が投げ飛ばされた時に受けた傷。これらはあきらかに傷害罪という事になりますよね?」
「……ま、被害届を出すならばそうなるだろうな……」
「あとね、私、この誤認逮捕により二千万円の融資がパァになったんですよ。大勢の人達の前でドロボウ呼ばわりされて羽交い締めにされて血まで出して……これって完全に人権侵害行為っすよね?……損害賠償の請求ってできますよね?」
「……それは、民事になると思うから俺達じゃなんとも言えないが……ま、弁護士さんに相談してみるんだな……」
警察官達は「俺たちゃ関係ないからね~」的な顔をしながら、そそくさと帰り支度を始めた。
「じゃあ、後で診断書持って被害届出しに行きますんで、よろしくおねがいします」
と、ドアを出て行く警察官達の後ろ姿に前田がそう投げ掛けると、顔見知りの警察官が丸田にチラッと視線を向けながら、「こりゃあ、厄介な事になるぞ……」とポツリと呟きながら、ドアをバタンと閉めたのだった。
警察官が出て行った後も、3人はまだ真っ青な顔をしたまま無言で立ち尽くしたままだった。
前田は、そんな3人をジロッと見つめると、ポケットの中から煙草を取り出した。
黙ったまま煙草に火を付け、そしておもむろに携帯電話を開くと、フーッ……と煙を吐きながら、慣れた手つきで携帯のボタンを押した。
「……あ、もしもし、柿島さんですか、先程はどうも失礼しました前田です。いえね、いま警察の方が来ましてね、私の疑いが晴れたんですよ……いえ、もちろん万引きなんてするはずがないじゃないですかはははははは……ええ……ええ……いや、それは間違えでしたので、もう一度本社のほうに説明していただければ……はい……はい……いや、だからね、これは間違いだって言ってるだろ。それをおまえが本社に出向いてちゃんと説明すればいいじゃねぇか。あん?お前が早とちりするからいけねぇんだろ?違うか?」
前田の態度と、そしてその言葉使いが一転した。
それを黙ったまま見つめている三人は思考回路が止まってしまっている。
「ふざけんじゃねぇぞコラぁ!てめー3日までに俺の会社に二千万貸すって言ったじゃねぇか、だから俺も本部に3日まで待ってくれって説明したんだ、今更、やっぱりできませんじゃスマネェゾこらぁ!」
それは、今までの大人しい前田からは想像も付かないような巻き舌だった。
「とにかく今すぐスーパーの事務所に来んかい!」
前田は一方的にそう怒鳴ると、携帯電話をピッと切り、そして煙草を喰わえたまま財布を取り出すと、その中から1枚の名刺を抜き取った。
「おう、申し遅れたが、オラァこーいうーモンだ」
テーブルの上に名刺がスッと走り、立ち並ぶ三人の前で止まった。
「ニコニコ山猫団武蔵野支部 支部長 前田進一」
三人はその名刺を見て、数日前に閉鎖させられた寂しそうなコンビニの跡地がとたんに浮かんで来た。
「ま、私も最近この辺りでは色々な活動しておりましてね、特に最近の派遣切りとかいう人権を完全に無視したあの資本主義者の豚野郎共のあの傲慢なやり方なんかをね、徹底的に糾弾しとるわけなんですよ……私はそんな弱い者の味方やってますんで、ま、自己紹介までに……」
「……あ、あのぅ……この度は、とんだ間違いを……」
おもいっきり腰を低くした丸田が末期ガンの患者のような弱々しい声で話し掛けて来た。
「あぁ、いいです別に謝ってもらわなくても。謝って済むような問題じゃねぇしな。あん、そーだろカリスマ万引きGメンさんよ!」
Gメン金山はビクッと肩を震わせた。
「では、どうしたら許してもらえるでしょうか……」
丸田は泣きそうな表情でそう聞いた。選挙出馬に際して、既に買ってしまったダルマの顔がふいに丸田の脳裏に浮かぶ。
「俺が許すとか許さねぇとかって決める問題じゃねぇだろ。おまえらが俺に与えた肉体的かつ精神的苦痛の代償はお偉い裁判官殿が決める事だよ」
前田は不敵にニヤリと笑うと、フーッと煙草の煙を丸田の顔に吹きかけたのだった。
6
そこに慌てて柿島が飛び込んで来た。
「しゃ、社長、これはいったいどういうことですか!」
柿島は事務所に入るなり丸田に攻め寄った。
「あなた達も、誤認逮捕だったとはいったいどーいう事ですか!」
柿島は先程松村がテーブルを叩いたように、同じようにバン!とテーブルの上に手を叩き、金山と松村を見た。
「おい。んなぁ事より、融資の件はどーなったんだよ。ちゃんと本社に事情を説明できたのかよ」
前田がカミソリのような目を柿島に向けた。
「いえ……それが、どーにも本社は耳を貸してくれなくて……」
そう弱々しく呟く柿島は、いきなり前田の足下で土下座になると「すみませんでした!」と大きな声で叫びながら頭を床に擦り付けた。
「すみませんでしたで済む問題じゃねぇんだよ!俺ぁ3日までに二千万円を新宿の本部に持って行かなくちゃ指が飛ぶんだよ、この指がよぉ!」
前田はパアに開いた手の平を柿島の顔面に押し付けると「テメーが代りに指詰めてくれるとでも言うんかい!」と怒鳴りつけた。
「そー言われましても本社の決済で決定してしまった以上、私の力ではもうどーにもなりません!勘弁して下さい!」
「おい!テメーらいったいどうしてくれんだよ!こーなったのも全部テメーらのせいだぞ!おう!マルイチの社長さんよ、善良な市民に濡れ衣着せて、背負い投げで怪我させて、そんでもって俺の会社まで潰す権利がオメーさんにあんのかよぉ!おう!そんな事で選挙に出よーなんざ100年早ぇんだよこの豚野郎!」
丸田は「うっ!」と目を開いた。丸田が選挙に出馬するというのはごく一部の親しい者しか知らない事なのである。
「ど、どうしてそれを!」
「ふん。こちとら伊達に政治結社してねぇんだよ、んなこたぁ、俺達の耳にすぐに入ってくらぁ」
前田はドスン!とパイプ椅子にふんぞり返ると、ゆっくりと煙草を喰わえながら、「あんたみてぇな考えの人間を政治家になんかさせたら御国の為にはなりませんからね、我々ニコニコ山猫団は断固阻止させてもらう所存でございますから~」と言いながらライターの火をシュッと付けた。
「お、お、お願いします!選挙妨害だけはお許し下さい!」
丸田がそう叫びながら床の上に正座すると、立っていた金山と松村も一緒になって正座した。
「今度の選挙は私にとって一世一代の勝負なんです!許していただけるならなんだっていたします!ですから、何卒、選挙の妨害だけは許して下さい!」
「おいおい、社長さん勘違いするなよ。誰が妨害するって言ったんだ。俺はあんたみたいなやり方の人間が政治家になるのは間違っている!と思うから、それを公の場で市民の皆様にしっかりと聞いて頂き御理解して頂く、ただそう言ってるんだ、これは妨害でもなんでもねぇ言論の自由っちゅうやつだバーカ」
「いや、だからそれをされますと、私の選挙活動は滅茶苦茶になってしまいます!何卒、何卒お許し願いませんでしょうか!」
「っざけんじゃねーよ、あんたさっき何もしていない俺がそーやって頭下げてても薄ら笑い浮かべてたじゃねぇーか。俺はね、あんたらに不当逮捕されこの事務所に逮捕監禁され暴行まで受けてんだぜ、おまけに融資はパーになるしよ、それよりもなにもアレだけの人前であんな恥かかされちゃ、俺の子供が明日から学校行けなくなっちまうじゃねーか、息子が登校拒否になっちまったらどー責任取ってくれんだい、おう?」
「だからそれの償いをさせて下さいと……」
「だからそれは俺じゃなくて裁判官殿が決める事だって言ってるだろ!ま、どっちにしろこんな刑事事件まで起こすような野郎が政治家なんかになれるわっきゃねーけどね」
「あーーーー!そこをなんとか穏便にしてもらえないでしょうか!」
「はぁ?あんたは、これだけの目に遭わされた俺に、街宣活動もするな告訴もするなっつーのか?んで、自分だけのうのうと政治家の椅子に座ろうってのか?おまえ、本当に豚だろ?」
「あーーーーー!豚でも糞でも何でも構いません!何卒、何卒穏便に済ませてくれないでしょうか!お願いしますーーーー!」
丸田は遂に泣き出した。
これまで築き上げて来た地位と名誉とそしてこのスーパーが脳の中で音を立てて崩れはじめたのだ。
「……社長、ちょっと、いいですか……」
柿島がそう呟きながら、泣き崩れる丸田の肩をゆっくりと抱えた。
「ちょっと、別室で社長と相談したい事がございまして…………」
柿島は丸田の大きな体を支えながら、恐る恐る前田の顔を見た。
前田は、「あぁ、勝手にしな」と煙草を吹かしながら、同時に鼻糞をほじりはじめた。
柿島は「社長……」と呟きながら丸田の体をゆっくりと立たせた。そして前田に軽く一礼すると、そのまま丸田の体を支えるようにして隣りの応接室へと消えて行ったのだった。
(3へつづく)


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