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正月早々

2012/01/03 Tue 01:59

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 ふと目を覚ました。
 いつもとは違うその静けさに、もしかしたら核戦争か大地震によって日本がめちゃくちゃに破壊されてしまったのではないかとベッドの中の俺は背筋をゾッとさせた。
 自分一人だけがこの田舎町にポツンと取り残されているのではなかろうか。そんな不安に包まれながらも、ふと今日が元旦だったということに気がついた。
 ベッドの中からソッと見た窓はそこだけが白く輝いていた。窓にぶら下がる埃っぽくもタバコの脂で黄ばんだレースのカーテンを、妙にどんよりとした朝の光が寂しげに照らしている。
 この時間、いつもならマンションのすぐ下の道路からは、通勤や営業で忙しそうに走り回る車の音などがひっきりなしに聞こえてくるというのに、さすがに元旦の朝ともなると辺りはシーンと静まり返り、いつもの宅急便のあの忌々しい「バックします・・・バックします」という、おもわず「勝手にしろ!」と叫びたくなるようなトラックの注意アナウンスも聞こえてこない。
 
 そんな薄ら寂しい窓を見つめながら、俺はベッドに潜り込んだままショートホープに火を付けた。
 いつもなら、神経質な女房が「寝室でタバコを吸わないで」と、まるで、町でホームレスを見かけた時に見せる表情で俺に文句を言うのだが、しかし今はそんな口うるさい女房もいない。
 一ヶ月ほど前、ふいに現れた実家の両親が、神経を衰弱させた女房を迎えに来てからというもの、彼女はこのマンションには戻ってきていない。そんな彼女を迎えに来た両親も、部屋の奥からのっそりと現れた俺を見るなり、やっぱりホームレスを見かけたときに見せるあの嫌な表情で俺をジッと見つめていたのだった。

 タバコを銜えたまま、苦い煙を吐きながらベッドから這い出した。
 薄暗くも寂しい廊下を堕落した頭痛と共にダラダラと進みながらリビングに出ると、目の前に広がるその荒れ果てたリビングを見た瞬間、正月早々深い深い溜息をついた。
 悪臭漂う生ゴミと凶暴に破壊された家具や食器や電化製品。それらが所狭しと散乱する、台風の後のようなリビングの中で、唯一ポッカリとスペースが空いているソファーの上に俺はドカッと倒れ込むと、足の裏にのめり込んでいたプラスチックの破片を指でつまんだ。
 足の裏に食い込んでいたそれはポン酢の瓶のキャップで、アメリカ製品のおもちゃのブロックのような安っぽい黄色をしていた。ポン酢など生まれて一度も購入した覚えのない俺は、それが女房が買ってきた物だと思うと、忌々しくもあり少し寂しくなった。

 そんなゴミの山に囲まれながらタバコの灰をフローリングの床にポンポンと落としていた俺は、唯一電化製品の中で破壊していなかったテレビに足を伸ばし、つま先でテレビの「電源」をカチッと押した。
 この40インチの薄型テレビは、女房がまだおかしくなる前、わざわざ隣の県のヤマダ電機まで行って30回ローンで買ったものだった。このテレビはまだたっぷりとローンが残っているという事実を知っていた俺は、狂ったように部屋中を破壊しながら暴れていても、ちゃっかりこのテレビだけは一度も手を出さなかった。

 テレビを付けると薄ら寂しげな部屋も幾分かは明るくなった。俺はフローリングでタバコをモサモサともみ消すと、テーブルの上で酒の空き瓶と一緒に転がっていたリモコンをつまみ上げ、正月早々「理科の実験」をしている空気の読めない教育テレビをパチッと変えた。
 40インチの画面に映し出される映像は、相変わらずどこもかしこも「おめでとうございます」の一点張りで、 もし今現在葬式をやっている家庭があったら、その言葉は洒落ではすまないだろうなどと思いながらも、しかし葬式の家庭はテレビなんか見ていないだろうとすぐに気づき、なぜだかちょっと残念な気がした。

 あまりにもくだらない番組ばかりでいよいよ腹が立ってきた。
 正月の昼というのは、やたらと美川憲一や志村けんが若手タレントを連れてハワイや香港に行くという特番をやっているが、こんな番組を正月早々いったい誰が見るのだろうといつも不思議に思う。こんな番組にどうしてテレビ局はこれだけ経費を使うのだろうかとアレコレ考えているうちに、そこになにやら芸能界の黒々としたいやらしさを見たして気がして、気分が悪くなった俺は再びチャンネルを変えた。

 ふと時計を見るとまだ朝の9時だった。
 テレビ番組は正月の特番ばかりを放映しているため、いつもの朝の番組に慣れている俺のリズムが狂っていた。いつもの時間にいつものワイドショーのテーマ曲が流れないというだけで俺の体内時計が狂ってしまったのだ。
(もう一度、寝るか・・・・)
 既に10時を過ぎているとばかり思っていた俺は、時計を延々と見つめながらこの忌々しい中途半端な時間を恨んだ。二度寝するには遅すぎるし、かと言ってこんなに早く起きていたとて何もやることがないのだ。

 不貞寝しようとソファーで体を曲げるが、十五分経っても睡魔が訪れないことに余計腹が立ち、再びテレビのチャンネルをカチカチと変えながら溜息ばかりついていると、ふいに画面に白い小さなビキニを着たグラビアアイドルが若いお笑い芸人達と戯れるシーンに出くわした。
「正月早々・・・」っと吐き捨てるように呟く俺は、繁華街の道端にぶちまけられた誰かのゲロを不覚にも発見してしまったようなそんな訝しげな表情をしながらも、しかしそんな画面にざっくりと釘付けになる。

 白いビキニを着たグラビアアイドルは、若手お笑い芸人達にツッコミを入れられながらも、実に馬鹿馬鹿しい罰ゲームを受けさせられ、しかしそうしながらも御自慢の巨乳を必死で強調しながら画面に卑猥な姿を晒していた。
 こんな残酷で屈辱的で女性蔑視も甚だしい罰ゲームの中で、それでも卑屈に自分を魅せようと必死になっているグラビアアイドルに、ふいにサディスティックな気持ちに包まれた俺は、新宿の雑居ビルの隙間で、髪を茶髪に染めた若いホストの男達に集団レイプされながらも激しく感じまくっている泥酔OLを偶然見てしまったようなそんな衝撃を受け、正月早々いきなりムラッと欲情してしまった。

 若手芸人達に水鉄砲でピューピューと撃たれながらスタジオの中を逃げ回るグラビアアイドルは、白いビキニから乳肉をムニムニとはみ出させながら嬉しそうに笑っている。
 そんな若い豊満な肉体に釘付けになりながらも、「どうする?」と自分に問いかける。
 自慰をするなら今だ。今、若手芸人達はユッサユッサと揺れる乳肉を集中的に狙っている。カメラもそこばかりをアップで捉え、まるで「ヌクなら今だぞ」と言わんばかりのアングルだ。
 「よし・・・」っとズボンに手を掛けると、その瞬間、画面の隅に「新春お笑い大爆撃」というテロップが現れた。
 そして画面はあっという間に胃腸薬のCMへと変わり、行き場を失った俺は、嗚呼やっぱりあの時このテレビをぶち壊しておくべきだったとつくづくそう思ったのだった。
その後、散々悪態を付きながらも一通り「新春お笑い大爆撃」を見た俺だったが、しかしそこにはもう二度と白いビキニのグラビアアイドルは現れなかった。
結局、無名の三流漫才師のくだらねぇ漫才を徹底的に見せられていた俺は、突然、腹が減っている事に気付いた。

 それは「飢え」と呼ぶに相応しい腹の減りようであり、「空腹」や「腹ぺこ」といったヤワなモノとは違う、まさに獣の如く飢えているという感じだった。
 が、しかし、悲しい事に今の俺には獣のようなパワフルなハングリーさは無かった。だから「餓えた獣」という表現は相応しくなく、どちらかというと終戦直後の焼け野原を彷徨っている「ひもじい傷痍軍人」のような、そんな哀れな腹の減りようだった。

 そういえば昨日の朝から何も喰っていなかった。
 昨日の朝は、酒を買いに行ったついでに、近所のスーパー『はっけよい・中新町店』で『大晦日弁当』と『エースコックの即席ワンタン麺』を買って来た。
『大晦日弁当』は、おせち料理の残り物がギシギシに詰められたような弁当で、酒のつまみになるかと思って買ってみたのだが、しかし海老の殻を剥くのが非常に面倒臭く、結局、やたらと甘い卵焼きを二切れ摘んだだけだった。
『エースコックの即席ワンタン麺』は相変わらずスープしか飲んでいない。俺は、ガキの頃から即席麺はスープしか飲まない変わり者なのだ。

 昨日の朝から、やたらと甘い卵焼き二切れと即席麺のスープしか飲んでいない俺は、何か食わなければと気怠く思いながら、漂流者の如くフラフラと立ち上がった。
 割れた蛍光灯の破片が散乱した台所には、麺がブヨブヨにふやけた『エースコックの即席ワンタン麺』と、ショートホープの吸い殻が混じった『大晦日弁当』が放置されていた。それは、廃墟の隅に捨てられたホームレスの夕餉のような雰囲気を漂わせ、正月早々どっぷりと気が滅入った。

 外に出ると辺りはシーンと静まり返っていた。
 田んぼの用水路に流れる水の音だけがコポコポと響いていた。
 誰もいない路地をフラフラと歩き始めた。
 大通りが見えて来ると、いきなり近所の小学校の鐘が鳴り出した。一瞬、正月だというのに鐘を鳴らさなくちゃならない用務員さんというのは大変だなぁ、と思ったが、しかしすぐにそれは録音テープだと気付き、なにやら正月早々騙されたような気がして非常に気分が悪かった。

 案の定、大通りにある大衆食堂『中の屋』は休業していた。この店なら、もしかしたら初荷を乗せた長距離トラックの運転手なんかの為に営業しているかも知れないぞと期待していたのだが、しかしよくよく考えれば初荷は二日過ぎからだったと、錆びた鎖が張られた駐車場をぼんやり見つめながらふと思った。
 久々に『中の屋』の豚汁定食を食べてやろうと思ったのに、もう二度と喰ってやらねぇからな糞ジジイ!と駐車場の前に立てられた錆びたポールを蹴飛ばすと、同時に錆びた鎖がジャランと不気味な音を立てて揺れた。

 俺は不貞腐れながら車が一台も走っていない寂れた大通りをトボトボと歩いた。この先にある薄汚ねぇ中華そば屋が、もしかしたら『年越しそば』を食いそびれたマヌケな奴らの為に営業しているかも知れないと思ったからだ。
 しかし、店は閉まっていた。年が明けた初日に年越しそばを食うバカなんていねぇよアホ、と改めて自分を攻めながら次の店を目指す。が、しかし、この町の食い物屋はものの見事に全て営業していなかった。

 元々、この糞田舎な町には食い物屋が少なかった。吉野家やマックといったファーストフードはここから三十分ほど行った先のバイパス沿いにしかなく、コンビニも隣町の駅前まで行かなくてはならなかった。
 バイパスまで三十分歩く気力は無かった。
 わざわざ電車に乗って隣町のコンビニに弁当を買いに行くのもアホらしくて堪らない。

 再び「糞っ!」と吐き捨て、延々と続く田園風景を恨めしそうにギッと睨むと、ふと、田んぼの真ん中にポツンとある巨大な百姓民家が目に飛び込んで来た。
 今頃あの百姓民家では、親戚一同が集まってはくだらねぇ漫才なんかを見ながらアツアツの雑煮なんかを喰ってるんだろうなぁ、と、ホッペの赤い晴れ着姿の醜娘を想像すると無性に腹が立って来た。

 元々俺はヒガミネタミの塊のような男だ。どんなテレビを見ても矢鱈目多良にブツブツと僻み、雑誌を見ては目に映るもの全てにグズグズと妬んでいた。
 だから女房は出て行ったのだろう。仕事も貯金も甲斐性もない、やたらとブクブク太った中年男が、一日中家の中でゴロゴロしながら、まるでお経を唱えるようにブツブツと不平不満ばかり呟いていたんでは、そりゃあ女房だってノイローゼにもなりたくなるだろう。
 それは自分自身がよくわかっている。わかってはいるが、しかし、何もノイローゼだウツ病だとタイトル付けてまで家を出て行かなくてもいいだろう。しかもこの正月に。
 そんな女房に対する怒りが、正月早々沸々と湧いて出て来た。ひもじいせいかその怒りは止めどなく溢れ、お門違いにも俺は、目の前の百姓民家がむかついてむかついてしょうがなくなり、俺は怒りを胸に溜めたままその百姓民家へと向かったのだった。

       ※

 その百姓民家は、田舎によくある巨大な古屋敷だった。いかにもウチは豪族です、といわんばかりの巨大な杉の木が天に向かって聳え立ち、まるで神社のように大袈裟な雰囲気を漂わせていた。
 が、しかし、門から中を覗くと、そこには生活臭が溢れ、神社のような神々しさは微塵も感じられなかった。
 そんな玄関先に繋がれていた駄犬のクサリは異様に長く、庭なのか駐車場なのかわからない阿呆みたいにただっ広い玄関前の広場を狂ったように吠えながら走り回っていた。
 そんな駄犬を遠巻きにしながらソロリソロリと玄関へ向かって行くと、玄関脇に止めてあった泥だらけのトラクターの下に更にもう一匹狂犬が潜んでおり、そいつがいきなりガウ!ガウ!ガウ!と吠えながら飛び出して来ては、正月早々俺のキモを完全に縮み上がらせた。

「うるさいぞペス!」

 不意にそんな老人の声が玄関の中から聞こえて来た。
 その狂犬が「ペス」という名前だと知った俺は、という事はもう一匹のあのやたらとクサリの長い駄犬は「ポチ」か?とふと思い、そして更に縁の下を駆け抜けて行った三毛猫を見ては、絶対にアレは「タマ」だなと思った。
 そう思いながら俺は、玄関に掲げられた巨大な表札の「山田」という名前を見つめ、きっと長男は太郎で次男は次郎に違いなく、そして六男は、もうこれで打ち止めにしたいという親の願いから「完太郎」などというバカげた名前を付けられているに違いないと、その糞田舎特有のボキャブラリーの貧困さに吐き気を覚えた。

 そのうちポチらしき駄犬も、玄関前に立つ俺を見て吠え始めた。
 するといきなり玄関のドアがガラガラガラっと激しく開き、中から飛び出して来た爺さんが「うるさいぞタイソン!」と走り回る駄犬に向かって叫んだ。
 狂ったように走り回るヤツの名は「ポチ」ではなく「タイソン」だったと知った俺は、この駄犬はきっとバブル期に飼われた犬だろうとふと思い、更に田舎者の恥部を垣間見た気がしたのだった。


       ※

「なにか御用ですか?」と、その老人は俺を怪訝そうに見つめながら行った。老人の手には何故かテレビのリモコンが握られており、なぜ玄関でそんな物を持っているのだろうと正月早々不思議に思った。

 これほどの田舎地主なら、年始のご挨拶に来たと言えばお雑煮の一杯でも御馳走してくれるだろうと企んだ俺は、老人に「いやぁ、ちょっと年始の挨拶に伺わせて貰ったんですが・・・」とデタラメ言った。
 以前住んでいた田舎の村でも、俺はそうやってタダ酒やタダ飯にありついた事があった。あの時は正月ではなく葬式だったが、まぁ、これ系の豪族気取りの田舎者は正月も葬式も大して変わりないだろうとタカをくくっていたのだ。

 が、しかし老人は怪訝な表情を崩さなかった。
 老人は右手のリモコンを握りしめながら、「誰のお知り合いでしょうか?」と聞いて来た。
「あぁ、ここの御主人様の・・・」
「御主人?私が当家の主人ですが・・・お宅はどちら様でしたかね?」
 おもわずこの鶏ガラのような爺さんをおもいきりぶん殴って立ち去ろうかと思った。
 が、しかし、突然玄関の奥の廊下が騒がしくなり、家の中からおめかしした北朝鮮のような貧乏臭い老若男女がドタドタと出て来た。

「お父さん、こちらはどなた様ですか?」
 いかにも数年前まで私は北朝鮮に拉致されてました、といわんばかりの貧弱な青年が、そう言いながら茶色い健康サンダルを履いて出て来た。
「いや、ワシにゃ心当たりない人なんじゃが・・・」
 老人がそう呟くなり、貧弱な青年が「どーいった御用件でしょうか」と俺の前に立ち塞がった。そんな貧弱な青年の紺色のスーツはまさに洋服の青山であり、そんな安物スーツと、この家で古くから使われている茶色い健康サンダルという組み合わせが、何やらトラブル系のドキュメンタリー番組のような緊張感をひしひしと感じさせていた。

「いや、実はね、さっきお宅の家の前を通りかかった時に、そこの犬に噛まれましてね・・・」
 俺は咄嗟にデタラメを言った。この緊迫した状況の中で、新年の御挨拶に来たというのはあまりにも危険であり、咄嗟に方向性を変えたのだ。

「いや、違う!この人はさっき新年の挨拶に来たと言うとった!」
 老人がいきなり叫んだ。
「えっ?どうして俺が見知らぬ家に御挨拶しに来なくちゃいけないんですか?」
 俺は老人に薄ら笑いを浮かべてとぼけてやった。
「ち、違うんじゃ三郎、この人は、確かにさっき新年の御挨拶に来たとワシに言ったんじゃ!」
 老人は、正月早々嘘つき呼ばわりされる事に憤慨しているのか、必死になって三郎に説明をし始めた。

 三郎がいると言う事は、当然、太郎や次朗もいるだろう。いや、もしかしたら本当に完太郎なんて野郎もいるかも知れないぞ、と思った俺は、そんな奴らがドヤドヤと出て来たら、正月早々厄介な事になりそうだと危惧した。

 老人は唾をブチブチと飛ばしながら、必死に三郎に説明していた。
 そんな老人の足下では、似合わない晴れ着を着た醜娘がまとわりついては「爺ちゃんリモコン返してよぉ!」と叫び、それに対して老人は「NHK以外は見せんぞ!」と答えながらも、必死に三郎に弁明していた。

 しばらくすると、三郎は「お父さん、わかりましたから」と唾を飛ばす老人を落ち着かせると、俺に向かって「あなたを噛んだと言うのは、ペスですかそれともタイソンですか?」と聞いて来た。
「いや、そんなのどっちかわかりませんよ。初めて見るんだし・・・」
 俺はそう唇を尖らせながらも、この結末はどうしたものかと考えた。
 例え慰謝料として金を貰った所で、俺のひもじさが治まるわけではない。金があっても店が開いていない為、どうにもならないのだ。が、しかし、かといってこの状況から雑煮を一杯いただけますか?などと言えるはずもない。いや、例えそれが叶ったとしても、今更この険悪な雰囲気の中で雑煮をズルズルと啜るというのも辛いものがある。さてさてこの結末はどうしたものか、と考えていると、不意に玄関の奥から「あれ?」っという声が聞こえて来た。

 廊下をドスドス言わせながら出て来たのは、駅裏の床屋の親父だった。
「松永さん、どうしたのこんな所で」
 床屋が俺を見てそう言うと、三郎が床屋に振り返りながら「兄さんの知り合い?」と俺を指差しそう言った。
「ああ、まぁ、知り合いっていうかウチのお客さんだけどね・・・」
 床屋のその言葉と同時に、俺はすかさず「いやね、あんたに新年の御挨拶をしようとここに来たら、あの犬に足を噛まれちゃってね」と咄嗟に嘘を付いた。
「ええ?」と床屋は驚きながらも「ペスか?それともタイソンにか?」と聞いて来た。
「いや、だから名前なんてわかんないよ」と俺が言うと、老人が床屋に向かって必死に叫んだ。
「次朗!この人は嘘つきじゃ!」
 老人がそう叫んだ隙に、似合わない晴れ着を着た醜娘が老人の手からリモコンを奪って走り出した。
「あっ!」
 老人は小さな目玉をおもいきり押し開くと、「ウチはNHKしか見せんぞ!」と叫びながら、醜娘を追って家の中へと駆け込んで行ったのだった。


 床の間に赤富士の掛け軸がぶら下がる客間へと通された俺は、テーブルの上に次々に並べられていく色とりどりの御節を見つめながら、とりあえずお猪口の酒を飲み干した。
「いゃぁ、まさか松永さんが年始の挨拶に来てくれるとはねぇ・・・だけど、よくココがウチの本家だってわかったねぇ」
 床屋の親父は嬉しそうにそう呟きながら、俺のお猪口に徳利を傾けた。
「うん。駅裏の店に行ったら鍵が掛かっててね、で、どうしようかと悩んでたら、近所のおばさんがココを教えてくれたんだよ・・・」
 俺はそう言いながらお猪口を飲み干すと、小皿に盛られたカズノコに齧り付いた。
「へぇ、そうだったんだぁ・・・」
 そう微笑む床屋を横目で見ながら、俺は焼き鯛の切り身を口に頬張り、そして大量の田作りを更に口の中に押し込むと、それを同時に咀嚼した。
 そんな俺の目の前に、ほんわか湯気の上がった雑煮が運ばれて来た。醤油の温かい香りに包まれながら、今年は正月早々ついてるゾ、と細く微笑む俺は、隣りの居間から聞こえて来るNHKの「お昼のニュース」を聞きながらアツアツの雑煮の汁をズズズッと啜ったのだった。

(正月早々・完)


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