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のぞぼとけ2

2012/05/31 Thu 00:14

のど2




三日目の夜が来た。
 寝るのを怖れていた私は、大学時代の友人から会社の同僚まで片っ端からメールを送った。内容はどうでもいい事ばかり書いた。とにかく誰かと繋がっていたかった。
 ほとんどの人が返信してくれた。みんなの馬鹿馬鹿しい返信メールを読んでいると少し気分が落ち着いてきた。このまま携帯の事は忘れてさっさと寝てしまおうと、電気を消そうとしたその時、いきなり不気味なメロディーが部屋中に鳴り響いた。
 鳴り出した新しい着メロはマンドリンだった。冬の太陽に照らされる屋上で聞いた時は綺麗なメロディーだと思ったが、今、ここで聞くと、まるでカルト教団の儀式で使われるメロディーのように不気味だった。
 電話は母からだった。
 時刻は11時半。こんな時間に、何かあったのだろうかと慌てて電話に出ると、母は声を潜めながら「また来たよ」と呟いた。
「切腹するからって、包丁持って来てるよ」
 母の背後から、警察を呼ぶぞと怒鳴る父の声が聞こえた。
「どうしたもんかね。やっぱり告訴かね」
 この時間の母は、かなり強力な痴呆症の薬を飲んでいるため、少し変だ。
「おおおおおおおおおおおおお」という男の野太い叫び声が響いた。
 背筋をゾッとさせながら携帯を握り締めると、「できるわけないよ」と、母は狂ったように「ははははははははは」と笑いだした。
 母の奇妙な笑い声と、男の不気味な叫び声が混ざり、私の脳をギリギリと締め付けた。もういや、と自分に呟きながら携帯を切り、電気を消すとそのまま布団に潜り込み胎児のように踞った。そうする事が私の唯一の現実逃避だった。


 電気を消してからどれくらい時間が経っただろうか、凄まじい音で私は飛び起きた。
 たった今まで私は夢を見ていた。
 夢の内容は、その轟音で全て忘れてしまったが、進藤君と激しい口論をしていた事だけは微かに覚えている。
 進藤君というのは小学生の頃のクラスメートで、私と進藤君は4年2組で学級委員をしていた。なぜ進藤君が夢に出て来たのかわからないが、進藤君とは小学校を卒業して以来、一度も会っていない。
 そんな不思議な夢を見ている時に、私は凄まじい轟音で叩き起こされたのだ。
 いきなりドドドドドっと床が突き上がり、サッシ窓がダダダダダっと激しく揺れ、最後にマンション全体がドン! と飛び上がった。
 布団から飛び起きた時には既に轟音も揺れも治まっていたが、震度5、いや震度6強はあったのではないかと唇を噛み締める私の体は震えが止まらなかった。
 布団に入り、しばらくの間、暗闇の中で息を殺していた。大きな地震の後には必ず余震が来るとテレビで言っていたのを思い出したからだ。
 30秒……40秒……。そして50秒が過ぎた頃、ようやく乾いた喉にごくりと唾を飲み込んだ。
 シーンと静まり返った暗闇の中、ゆっくりと寝返りを打った。バサバサと鳴る布団の音が妙に大きく感じた。
 反対側を向いた瞬間、いきなり目の前にポテトチップスのじゃがいものキャラクターが浮かんでいるのが見えた。
「えっ?」と眉を上げながら、これは何の電気? と、ふと天井を見上げると、天井にぼんやりとした明かりが灯っていた。
 携帯だ、と思った。きっと地震速報のメールが届いたんだ、と枕元を手探りしながら携帯を握った。
 輝くディスプレイを覗くと、1時59分を示す時刻が目に飛び込んで来た。そして、それがパチッと2時に変わった瞬間、不気味なマンドリンの音が携帯から鳴り響いたのだった。

 おもわず私は小さな悲鳴をあげてしまった。
 鳴り響くマンドリンの音と、ディスプレイに表示された非通知の文字が私の頭をとたんにパニクらせた。
 闇に爛々と輝くディスプレイに、ふと、血まみれの母の姿が浮かんだ。あの男に腹を刺された母が玄関で悶え苦しんでいた。玄関の壁にはドス黒い血が点々と飛び散り、愕然とする父が黙ってそれを見つめている。
 背筋をゾッとさせながら眉間にシワを寄せると、今度は夢で見た進藤君の顔がディスプレイに浮かんだ。小学生の進藤君は怒り狂った日本猿のような顔をして『これは大塚の係だろ!』と水浸しになった学級ノートを私に投げつけた。瞬時に、十数年前の記憶が甦った。あの雨にぬれた学級ノートは私がグラウンドの隅に置き忘れたものだった。なのに大塚君が先生に叱られていた。
 さっきの夢はあの時の出来事だったんだと気付いた時、ディスプレイに浮かぶ進藤君の顔がアユミの顔に変わった。アユミは身動きひとつせず、『死人からの電話かも知れないよ』と笑った。そんなアユミの顔がみるみる真っ黒に変色し、アユミは赤腹イモリに変身した。赤腹イモリの赤まだらの腹模様がぐにょぐにょと蠢きだし、私のうなじから背筋にかけて電気のような寒気が走った。
 一刻も早くこのマンドリンの音と『非通知』の表示を消したいと焦った。携帯を握る手は寒さに凍えるようにガクガクと震え、指がボタンの上でブルブルと痙攣していた。
 掛かって来た電話はどうやって消せば良かったんだろう、と、一瞬頭の中が真っ白になった。自然に親指が緑色の通話ボタンの上で止まった。そこじゃない、と自分に叫んだ瞬間、私の指はピッと押してしまっていたのだった。

 マンドリンの音がピタッと止まった。ディスプレイの表示がパッと変わり、通話時間のストップウォッチが時間を刻み始めた。
 1秒、2秒、3秒、と進んで行く数字を、ただ呆然と見つめている私に、携帯を耳にあてる勇気はなかった。
 今の地震が嘘のように部屋は静まり返っていた。携帯の向こう側からも物音ひとつ聞こえてくる気配はなく、シーンっと静まり返っていた。
 相手は息を潜めながらこちらの様子を伺っているようだった。そう思った瞬間、ふと、あの男かも知れないという予感が過った。もしかしたら、痴呆の薬で朦朧とした母が、またしてもあの男に携帯番号を教えてしまったのではないだろうかと思ったのだ。
 しかし、そう思うと、不思議な安堵感に包まれた。あれだけ嫌だった男だけど、今はこの電話の相手が、生命のある者であるなら誰でもいいと都合のいい事を願っていた。
 私は音を立てずに大きく息を吸い込んだ。このまま電話を切るのは余計気味が悪いと思った。あの男であって欲しい。人間であって欲しい。そう思いながら、携帯を握った震える手を、ゆっくり、ゆっくり、右の耳に押しあてた。

「もしもしもしもしもしもしもしもしもしもしもしもしもしもしもしもしもしもしもしもしもしもしもしもしもしもしもしもし」

 女の声だった。
 そのボソボソと繰り返す声は明らかに病的だった。一度も息継ぎをする事無く延々と続く「もしもし」は、まさに狂気だった。
 私の体は固まった。悲鳴を上げる事すらできず、愕然と携帯を耳にあてていた。
 女の声は若かった。怒鳴るわけでもなく、叫ぶわけでもなく、ただただ黙々と「もしもし」を繰り返していた。
 この女が何を考え、どんな場所で、そしてどんな顔をして「もしもし」を繰り返しているのかと想像した瞬間、そのあまりの不気味さに、おもわず私の唇から小さな悲鳴が漏れた。
 すると女は私の小さな悲鳴に気付いたのか、「もしもし」の声をピタリと止めた。そして次の瞬間、鼓膜が破れるかと思うほどの大きな声で「誠さん!」と叫んだのだった。

 女のその叫び声は、まるで火鉢で熱せられた真っ赤な火かき棒を腹に押し付けられたような、そんな悲痛な叫びだった。受話器の奥からは、まるで古い井戸の底から助けを求めているかのような悲しい女の声が長く響いていた。
 脳の神経が釣針のように細く尖った針で引っ掛けられ、そのままプツンっと千切られたような気がした。
 咄嗟に携帯を投げ捨てた。携帯は窓際に置いてあった段ボールにドサッと当たり、そのまま暗闇の中に転がった。
 私は布団の中に潜り込んだ。胎児のように踞りながら、誰と無くごめんなさいを連呼した。しかし、女の悲鳴はいつまでも私の耳から離れてくれなかった。全身がガクガクと震え、溢れる涎が頬を濡らした。
 今までに感じた事のない恐怖。そのあまりの恐怖に、私はそのまま気絶するように眠ってしまっていたのだった。

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精神的恐怖小説

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