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のぞぼとけ5

2012/05/31 Thu 00:14

のど5





「そしたら渡辺のヤツがさぁ、それなら俺も行くよって言い出すもんだから急遽7人も車に乗り込む事になっちゃってさぁ、もうぎゅうぎゅう詰めで苦しいし男臭いし大変だったんだよ」

 あの男はひとりでケラケラと笑い出した。私には、その話しのどこがそんなにおもしろいのか全くわからなかった。それでも一応、「へぇ〜そうなんだぁ〜」と笑いながら答えてあげていた。

 あの男とは毎晩電話で話していた。長い時もあれば短い時もあった。「今日は話したい気分じゃないから」と言えば、あの男は素直に電話を切ってくれた。
 あの男は満更悪い男ではなかった。刑事さんが言ってたように、ストーカーに悪い奴はいないのかも知れない。
 こんな事なら、もっと早くにこの男とそうしておくべきだったと思った。
 そうすれば、4回も引っ越す事もなかっただろうし、それに、あんな事件に巻き込まれる事もなかっただろうし……。




 女の首吊り死体を発見してしまった私は、参考人として2度も警察署に呼び出された。
 女の死因は明らかに自殺で、そこに事件性は全くない事から、私が女を殺したなどと疑われる事はなかったが、ただ、刑事さんは私と女の接点を知りたいようだった。
 しかし、私が何度本当の事を説明しても、刑事さんは理解してくれなかった。
 当然だった。女は1ヶ月も前に自殺しているのだから、私の話しが理解できるわけがない。

 そんな刑事さんとのやり取りの中で、私は女の事実を知った。
 女は宇喜田美代子という名で、歳は32才だった。井ノ上誠という妻子持ちの男と仙台から駆け落ちし、西日暮里の例のアパートで暮らし始めた。そこまでは、私が女から聞いた話と同じだったが、しかし、そこからは違っていた。
 2人は半年ほどそのアパートで隠れるように暮らしていたが、そのうち男はこの生活に嫌気がさし、女に別れ話を持ち掛けた。
 女は別れようとはしなかった。絶対に別れたくないと言い張り、別れるくらいなら一緒に死にましょうと、何度か寝ている男の首を絞めようとさえした。
 そんな女に恐怖を感じた男は、あるとき、アパートから逃げ出した。女を置いて、1人だけ仙台に戻り、元の鞘に戻った。
 しかし、捨てられた女は男を諦められなかった。いつしか女はストーカーと化し、執拗なストーカー行為が始まったのだった。

 女は、毎日何度も男の携帯に電話を掛けまくった。男だけでなく、男の妻の携帯や、男の家族が暮らす自宅にも毎日100回以上の無言電話を繰り返した。
 そのうち、毎週火曜日に猫の死骸が宅急便で届けられるようになった。水曜日はねずみの死骸で、木曜日は何の動物かわからない舌が届けられた。
 それでも男は警察には訴えなかった。それもこれも全て自分が悪いんだと妻に謝りながらも、そのいやがらせを素直に受け止めていた。
 あるとき、女から送られて来た宅急便の箱の中にはいつもと違うモノが入っていた。それは、真っ白な和紙で綺麗に包装された物だった。
 和紙の中からは、市販されている薬品の小瓶が出て来た。男はその小瓶の中でゆらゆらと浮いているモノを見て叫んだ。なんとそれは、ホルマリン漬けされた女の小指だった。

『あなたが私の元に帰って来てくれるまで、私は毎週指を送ります。10ヶ月が過ぎてもあなたが帰って来てくれなければ、その時は私の首を送ります』

 そんなメモ書きに男は震え上がったが、それでも男は警察には行こうとはしなかった。
 指は毎週届けられた。ノコギリのような物で切り刻んでいるのか、その切り口は骨も肉もズタズタだった。4本の指が届けられ、5週目にはいよいよ親指が届けられた。
 それを妻が知った。指の事は今まで妻には内緒にしていたが、その親指だけ運悪く見つかってしまった。
 妻は気が狂った。ノイローゼを通り過ぎ、遂に発狂してしまった。
 妻が精神科の病院に入院する事が決まると、男はホルマリン漬けにされた女の指を5個持って警察に向かった。
 女はストーカー防止法を適用され、大きな精神科の病院に隔離された。
 奇しくも、男は2人の女を同時に精神病院に送るはめになったのだった。


「その男は、何も罰せられないんですか?」
 私は握り拳に怒りを込めながら刑事さんに聞いた。
「だって、男は法に触れてないからね……事実上は加害者でも、法律上は被害者だから……」
 刑事さんは、やりきれない表情を浮かべながら温くなったお茶をガブッと飲み干すと、「法律ってのは矛盾してるよね」と、刑事らしからぬ言葉を苦々しく吐き捨てた。

 2回も呼び出された事情聴取だったが、結局、私の話しは最後まで信じてもらえなかった。
 最後の事情聴取の日、今日の昼、解剖された女の遺体が火葬される事に決まったと刑事さんから教えられた。
「遺骨は仙台に戻るんですか?」と私が聞くと、刑事さんは静かに首を振り、哀れむような目で天井を見上げながら、「日暮里には、無縁仏の墓が沢山あるから、あの人もこっちのほうが賑やかでいいだろう」と優しく微笑んだ。

 取調室を出るとき、刑事さんがポツリと呟いた。
「ストーカーって奴には元々悪い人間はいないんだけどねぇ……まぁ、あんたも美人だから、ストーカーには十分気を付けなさいよ」
 刑事さんの言葉と共に、あの男の顔が脳裏に浮かんだ。住所と携帯番号を教えなければ切腹してやると叫んでいたあの男の声が耳の奥に鮮明に甦った。
 私は刑事さんに「大丈夫です。これからストーカーとは仲良くしますから」と笑った。
「そりゃいい方法だ」と笑いながら廊下まで私を送ってくれた刑事さんに、最後にもうひとつだけ聞いて見た。
「のぞぼとけって何の意味だがわかります?」
 刑事さんは、「のぞぼとけ?」と呟きながら首を傾げた。
「あのアパートのすぐ近くの路地に、『のぞぼとけ』ってペンキで書かれていたんです。どうでもいい事なんですけど、なんか凄く気になっちゃって……」
 そう言うと、刑事さんはとたんに頬を緩めながら「あぁぁ、その事か」と何度も頷いた。

「あのアパートの裏に大きな竹やぶがあったでしょ。昔はあの竹やぶの横に小さな坂があってね、そこを『のぞとうげ』って呼んでたんだよ。昔って言っても、まぁ、江戸時代くらいかなぁ、その頃、あの竹やぶの中に死んだ人を置いておけば蘇生するっていうバカみたいな伝説があったらしくてね、だから、野で蘇生すると書いて『野蘇峠』なんだってさ。それがいつしか『のぞぼとけ』と呼ばれるようになり、昭和の始め頃には『のどぼとけ』と呼ばれてたらしいよ。今はもうあの辺りには商店街とかアパートが沢山できちゃってるから、そんな峠はすっかりなくなってるけどね」

 警察署を出た。警察署の駐車場で、腰に青い縄を括り付けられた男がパトカーから引きずり出されるのを見た。
 警察署の前の歩道を歩きながら、『のぞとうげ』、『のぞぼとけ』、『のどぼとけ』と繰り返した。
 竹やぶの中に死んだ人を置いておけば蘇生するというバカみたいな伝説。刑事さんはそう笑ったが、私には笑えなかった。
 あの女は1週間前に首を吊って死んでいたのに、私に何度も電話を掛けて来た。私は1時間近くもあの女の話を聞いていた。今でもはっきりと女のあの声は耳に残っている。
 そしてあの女は、確かにあのアパートの窓から私に手を振っていた。路地を歩く私を見つけて、ここだ、ここだ、と言わんばかりに嬉しそうに手を振っていた。あれは見間違えではない。
 絶命して1週間が過ぎようとしているのに、電話をかけたり窓から手を振ったりできたのはなぜか?
 それはきっと、あのアパートが建っていた場所が『野蘇峠』だったからに違いない。

 バス停のベンチに座ると、ダウンジャケットのポケットの中でマンドリンの着メロが鳴っているのに気付いた。
 携帯を開くと、ディスプレイには『非通知』の文字が浮かんでいた。
 あの事件以来、非通知で電話が掛かってくるのは初めてだった。
 私は息を大きく吸い込んだ。目を閉じながら携帯をそっと耳にあて、のぞぼとけ、のぞぼとけ、と繰り返した。

 そのままマンドリンの着メロを聞いていると、初めて女が可哀想だと思った。
 あの薄暗いアパートで、男が帰って来るのを信じながら、指を1本1本切断していた女。
 淋しさのあまり自殺を図ったが、そこが『のぞぼとけ』だったために死にきれなかった哀れな女。
 それを思うと、激しく胸が締め付けられた。

 居たたまれなくなった私は電話に出ようと思った。
 もう一度、彼女の話しをゆっくり聞いてやろうと思った。
 彼女の話を聞いてやれるのは、この携帯を持っている私だけなのだ。

 私は通話ボタンを押した。
 ピッというボタン音と同時に、いきなり声が飛び出した。

「見つけてくれてありがとう」

 その声は笑っていた。
 その一言でプツッと切れた。
 確かにあの女の声だった。
 
 真っ青な空に冬の太陽がギラギラと輝いていた。
 冷たい突風が吹き荒れ、丸裸の枯れ木が弱々しく揺れていた。
 バス停の前の消防署のスピーカーから、正午を告げる鐘の音が鳴り出した。
 そろそろ女が火葬される頃だ。

(のぞぼとけ・完)



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