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餓鬼12psd



これで『マロン』の看板を見るのは三度目だった。
路地をグルグルと回っているだけの正治は、自分が相当焦っている事に気付いていた。
(ダメだ、落ちつけ……落ちつけ……)
そう心で唱えながら、冷静になってもう一度路地を進んだ。
さっきから右折していた居酒屋の角で足を止める。反対側の通路の向こうにタクシーが止まっているのが見えた。
(なんだよ……最初からこの角を左に曲がれば良かったんじゃねぇか……)
心の中で激しい舌打ちをしながらタクシーに向かって走ると、雑居ビルの隙間から、見慣れた『高井田アーケード』の看板が見えて来たのだった。

(早くしないと、哲雄のバカが魚屋のアホに金を渡してしまう……)
そう焦りながら大通りに出ると、すぐさま高井田アーケードの中に潜り込んだ。
盛り場の路地に比べるとアーケードは恐ろしいくらいにシーンと静まり返っていた。ズラリと並んだシャッターが時折風でグワンっと揺れ、そこを走り抜ける正治の心臓を激しく刺激した。
アーケードのツルツルしたタイル床にスニーカーの底をペタペタと鳴らしながら走った。いつも通り慣れたアーケードだったが、深夜のアーケードは全く違う雰囲気を漂わせ、まるで深い井戸の中に吸い込まれていくような気がした。

二丁目のアーケードから三丁目のアーケードへ移ろうと、アーケードを真っ二つに引き裂く車道を渡ろうとした時、その道路の奥からギャハハハ! という下品な笑い声が聞こえた。
慌てて二丁目側のアーケードの柱に身を隠した。柱の影からソッと顔を覗かせると、チカチカとネオンが点滅するゲームセンターの前で、明らかに不良少年と思われる少年達が屯しているのが見えた。
「でよ、舞子のアホがバレンタインだよ、なんつって変なチョコレート持って来るだろ、俺、可笑しくってさ!」
真っ赤なダブダブのジャージを履いた少年がケラケラと笑いながら叫んだ。
そんな少年達の中に、正治は例の金髪少年を発見した。
(あいつだ!……)
お母さんの自転車を盗んだ奴。そのバリバリに痛んだ金髪とピアスだらけの顔は忘れようにも忘れられない顔だった。

再びドッと湧いた少年達の馬鹿笑いを聞いていると、全身が震える程に心臓の鼓動が早くなった。
(あいつだけは絶対に許せねぇ……)
そう思うものの、竦んだ足はなかなか動こうとはしなかった。それはまるで、万引きをする瞬間の緊張によく似ていた。
何度も深呼吸しながら、腹に押し込んだ拳銃を握った。
その瞬間、風船の空気が抜けていくように、みるみると緊張がほぐれていった。そのゴツゴツとした冷たい感触は、正治に不敵な勇気を与えてくれたのだった。

ふと気がつくと、正治は歩き出していた。
この狭い道路は、昼間は車がひっきりなしに行き交い、次々に進入して来た車が身動きできなくなっては、いつも渋滞していた。
しかし、今は正治一人だった。どこまでも続く真っ暗な穴の中を正治は一人で進んでいた。
道路に何重にも重ね塗りされたコールタールが、歩く度にスニーカーの底に張り付くような気がした。そのくらい足は重く、進めど進めどなかなか目的地に辿り着かなかった。
(許さん……あいつだけは……絶対に……)
そう思いながら真っ暗闇の穴の中でふと足を止めると、いつの間にか、ネオンがチカチカと点滅する看板がすぐ真横にあった。
振り向きざまに、「なんだてめぇ」という殺伐とした声が正治の耳に飛び込んで来た。
原付バイクに跨がった金髪少年がカミソリのような細い目で正治を睨んでいた。
やっぱり逃げよう、っとそう思った瞬間、背後から「誰、こいつ」という声が聞こえ、同時に右側からも「小学生だろ」という声が迫って来た。
いつの間にか正治は囲まれていた。とたんに安物の香水と煙草のニオイが正治を包み込み、ジャージがパサパサと擦れる音と、チェーンがチャリチャリ鳴る音が迫って来た。
「小学生が何の用だよ……」
背後から誰かが正治の背中を突いた。
瞬間、正治の全身がブルっと震え、気弱になっていた膝がたちまちガクンっと折れた。
どすっ! という鈍い音を体のどこかで感じた。いつの間にか正治の目の前にはアスファルトが迫っていた。
「なんだこいつ、夢遊病者か!」
いとも簡単に倒れた正治に驚きながらも、少年達はケラケラと笑い出した。

手の平にジャリッという小石の感触を感じた正治は、今自分がアスファルトの道路に這いつくばっている現実を知った。勇気を奮い起こそうと、腹の中に隠した鉄の塊に触れた。自然に正治の口から、「ゴミ野郎共がぁ」っという声が溢れた。
「はぁ? ゴミ野郎だと?……なんだおまえ、俺達にケンカ売りに来たのか?」
頭上からそんな声が聞こえたと思ったら、すかさず誰かが「こらぁ」と叫びながら、項垂れたままの正治の頭を革靴の踵で踏みつけた。
後頭部がゴンっ! と響き、顔面がアスファルトに叩き付けられた。
とたんに目の前が真っ暗になった。まるで貧血で倒れた時のように脳をクラクラと揺れた。
トトトトト……っと手の甲に滴り落ちる液体が、自分の鼻から流れている鼻血だと気付いた瞬間、鼻のずっと奥の脳の辺りがキーンっと鳴った。
溢れる鼻血を拳で必死に拭いながら、「おい、自転車返せよ……」と呟くと、すかさず「おいって、誰に向かって口聞いてんだよガキ」という声が帰って来た。
見ると、そう叫んでいたのは原付に跨がった金髪少年だった。

サッと霧が晴れるように、脳をクラクラさせていた目眩が治まった。
視力が甦るとチカチカと輝くゲームのネオンがフェードインし、聴覚が甦ると店内で鳴り響いているゲームの電子音がはっきりと聞こえた。
小石をジャリッと音立てながら慌てて立ち上がった。正治は金髪少年を見つめたまま素早く二歩後退し、ソッと腹に手をあてた。
Tシャツの腹は鼻血でぐっしょりと湿っていた。Tシャツの丈を指で掻き分けながら、生腹に押し込んでいた黒い鉄の塊を握った。
「母ちゃんの自転車をどこやったんだ!」
そう叫びながら拳銃を抜き取り、両手でそれをしっかりと握りながら銃口を金髪少年に向けた。
「バカ、危ねっ!」と、金髪少年は慌てて両手で顔を塞ぎ、そして指の隙間から正治を見つめながらクスクスと笑った。金髪少年はそれがオモチャだと思っているらしい。
「俺の母ちゃんの自転車どこやったんだって聞いてるんだよ!」
そう叫ぶなり、自分で言った『母ちゃん』っという言葉に反応し、おもわず喉がヒクッと痙攣しては今にも泣き崩れそうになった。
「危ねぇって言ってるだろコラぁ!」
手首から二の腕にかけて奇抜なタトゥーを曝け出した少年が、左手で顔を覆い隠しながら正治に迫って来た。
タトゥーの少年は、「ヤメロ。危ねぇから、取りあえずエアガン降ろせって」と、伸ばした右手で手探りしながら正治の拳銃を奪おとした。
「自転車返せって言ってんだよ!」
正治がタトゥーの少年の腹を蹴った。不意打ちを喰らったタトゥーの少年は「うっ!」と呻いたまま、その場に踞る。
「てめぇ! マジぶっ殺すぞ!」
少年達が一斉にいきり立った。
キレた金髪少年が原付バイクから飛び降りると、「撃ってみろよこの野郎」と言いながら正治に向かって来た。
どこを撃つ? と、一瞬、正治は戸惑った。震える銃口が金髪少年の、顔、腹、足へと移動し、そうしている間に、鉄の重さが正治の手からスッと消えた。
「あっ」と思った瞬間、金髪少年がニヤニヤしながら拳銃を正治の頭に向けていた。
「こんなオモチャで遊んじゃダメだって担任の先生に言われただろガキ」
金髪少年がそう吐き捨てると同時に、正治の額でガチャリと撃鉄が起きる音が響いた。正治の目の前で蓮根のようなシリンダーがゆっくりと回転し、金髪少年の人差し指が引き金に力を入れる瞬間を見た。
首が硬直し、奥歯が軋み、足指が縮んだ。
「お母さん!」
頭の中で必死にそう叫んだ瞬間、「パン!」という乾いた音が深夜の路地に響き渡った。
アスファルトに黒い斑点が飛び散り、立ちすくむ少年達はそれを愕然と見つめていた。
硝煙が蜘蛛の糸のようにたなびき、雨上がりの路地に鼻を刺す火薬の匂いが立ち込めた。
生温かい夜風がドライクリーニングの看板をカタカタと揺らした。赤黒い肉片が散らばったアスファルトからは、金魚を掌の中で弄んだ時のような生臭さが貪よりと漂っていたのだった。


公園の樹木が頭上でざわざわざわっと揺れると、砂場にポツンと置かれていたアンパンマンのバケツがガラガラと音を立てて転がった。
公園の端にズラリと並ぶビニールハウスが揺れ、一斉に青いビニールシートをパタパタと靡かせている。
「でも、こんな大金……」
敏光は困惑しながら哲雄を見た。
敏光の前に差し出された二百万円入りのコンビニ袋が夜風でブルブルと震えていた。
「おじさん、借金あるんだろ……この金で返しなよ……」
哲雄はそう笑いながらコンビニの袋を敏光の腕の中に押し込んだ。
「でも……」
「いいんだよ。おじさんが戻って来たら、この金でまたウマい魚をいっぱい仕入れてくれよ」
「でもやっぱり……」
「いいんだって。この前さ、俺、おじさんに教えて貰ったんだよ。男が男に頑張ってくれって気持ちを示す時には銭を渡すんだってな」
「…………」
「俺、あん時、おじさんから一万円貰ったんだ。敏光をイジメから助けてくれってな……でも俺、全然助けてやれなかった……おじさんを裏切っちゃったんだ俺……」
「そんな事、もうどうでもいいよ……」
「いや、いい事ない。俺はお前をイジメから救ってやれなかった。おじさんとの約束を破ったんだ。だから今度こそ、おじさんとの約束を守りたいんだ。だから、な、黙ってこの金、受け取ってくれよ」

再び夜の公園に突風が起こった。
ヴゥゥゥッと唸り声を立てながら吹き抜けていく風は、団地のベランダにぶら下がっていた洗濯バサミをガラガラと鳴らし、公衆電話の横に立つ水銀灯までもグラグラと揺らした。

「でも……こんな大金……どうしたの?」
敏光は両手でコンビニの袋をしっかりと握りしめながら、恐る恐る哲雄の顔を見た。
「……きっと台風が来てんだな……」
突風で揺れる水銀灯を見上げながら呟いた。哲雄は顔を夜空に向けたまま静かに微笑んだ。
「強盗した。ヤクザがやってるパチンコの景品交換所を襲って、金を奪い取った」
「!……」
敏光の細い目がこれでもかというくらいに大きく開いた。
そんな敏光を、哲雄は優しい目で見つめながら、「きっと、明日の学校は大騒ぎだよ」と、ふふふふふっと小さく笑った。
ビニールシートの小屋の裏から、トタン板が倒れたようなバタン!っという音が響いた。
「てっちゃん!」と叫ぶ敏光の手の中で、握りしめられたコンビニの袋がパサッと鳴った。
「てっちゃんはこれからどうなるんだよ!」
いつしか敏光はボロボロと涙を落としながら、声を枯らして叫んだ。
「……わかんない。警察に捕まるかも知んない。でも、警察に捕まっても、この金をおまえに渡した事は口が裂けても言わない。俺は途中で怖くなって金を海に捨てたって嘘つくつもりだ。だから敏光も俺から金を受け取った事は絶対に誰にも言うなよ」
敏光は喉をヒクヒクさせながらも、複雑な表情でコクンと頷いた。
「おばさんには、屋根裏で見つけたとか、嘘つけばいいさ」
哲雄はそう笑いながら敏光に背を向けた。
「あっ、てっちゃん!」
慌てて敏光が叫ぶと同時に、哲雄は「バイバイ」と手を振りながら走り出した。
背後で敏光が何か必死に叫んでいた。しかしそんな敏光の叫びは、吹き荒む突風に掻き消され何も聞き取ることが出来なかった。

そのまま後も振り向かず公園を飛び出した。薄暗い土手を駆け上り、真っ暗な河原へと再び潜り込んだ。雑草に足を取られながらも、今来た道を引き返した。行く宛もないまま、ただひたすらに土手の闇を進んだ。

静まり返った住宅街の裏を通り過ぎると、巨大なプラスチック工場が見えて来た。二十四時間動いているのか、工場の中では低い機械音が不気味に鳴り響いていた。
そんな工場の裏にはガソリンのような嫌な匂いが漂っていた。大きな土管の排水口からはドロドロの汚水がひっきりなしに溢れ、その度に真っ白な蒸気がモクモクと土手に立ち込めていた。
これを吸ったら危険だと思いながら、息を止めたまま工場裏を一気に走り去った。

工場を過ぎると、バラックのような飲み屋が並ぶ路地が現れた。
漆黒の夜空はそこだけがポッと明るく、裏の土手からでもその賑やかなネオンが見て取れた。
飲み屋街を過ぎると、小さな商店がズラリと並ぶ高井田アーケードの裏に出た。
裏側から見る夜のアーケードは、まるで闇に潜む列車のようだった。ズラリと並んだ商店の窓が車窓のように見え、ふと、幼い頃にお父さんと見た、『銀河鉄道999』の映画を思い出した。

これが夜空に向かって走り出したら凄いだろうなぁ……

そう思いながら夜空を見上げると、遠くの方からけたたましいサイレンの音が聞こえて来た。
それは救急車とパトカーのサイレンが混じり合った音だった。静まり返った高井田アーケードの中を赤いランプがいくつも走り去って行く。

突然、足下でゴボッと音がした。
見ると、土の中に埋め込まれていた配水管の口から、真っ白な泡がゴボゴボと溢れていた。
汚水に浮いた真っ白な泡は、うねうねと蛇行しながら細い一本の線を作り、雑草を掻き分けては漆黒の夜の川へと流れていった。
それはまるで白蛇が地面を這っているかのように不気味で、そして神秘的だった。

けたたましく鳴り響いていたサイレンの音が突然ピタリと止まった。
現場はすぐそこだと思ったとたん、ホームレスの父ちゃんが血まみれで路上に倒れている姿と、酔ったお母さんが包丁をふりかざしながら暴れている姿が、何故か突然浮かんで消えた。

哲雄は強烈な不安を感じた。
無性に正治とミツオに会いたくなった。

今ならまだ間に合う。
ごめんと謝り、やっぱり一緒に東京に連れてってくれと頼もう。
そう思った瞬間、温かく迎えてくれる正治と、てっちゃん! と笑うミツオの顔が鮮明に浮かび、おもわず哲雄は夜の河原の薮の中を走り出していたのだった。

(餓鬼 —GAKI— ・完)



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