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餓鬼10





いつものアジトには食料品が大量に持ち込まれ、そこはまるでコンビニの倉庫のようだった。
事件後、そのままこのアジトに潜伏した四人は、ここで事件の熱りが覚めるのを待ち、時を見計らってこの町を出て行くつもりだった。

景品交換所から強奪した木箱の中には七百五十万円近くの金が詰まっていた。味付け海苔の缶の金と合わせれば八百万円を超した。
「これでいよいよ東京だな……」
缶詰のヤキトリを口内にシャカシャカとかっ込みながら、正治がテーブルの上の一万円の山を見て爛々と目を輝かせた。
そして、口の中のやきとりをコーラでゴクゴクと流し込みながら、「これだけあれば、俺達が義務教育を卒業するまで十分に生活して行けるよな」と哲雄に言うと、一呼吸置いて牛の鳴き声のような長いゲップをした。

そのゲップにミツオがケラケラと笑い出すと、サンドイッチを食べていたミカが「本当、あんた達ってバカよね」とポツリと呟き、食パンから顔を出すレタスをウサギのようにペキペキと齧った。
「どーしてだよ」
天井を向きながらあんぐりと口を開く正治が、口の中にバサバサっとポテトチップスを落としながら聞いた。
「あんたら東京東京って言ってるけどさ、いったい、東京のどこで暮らすつもりなのよ」
ミカはサンドイッチの端を、窓からボウリングのレーンへと投げ捨てながら聞いた。
「ドヤ」
正治が口一杯に頬張ったポテトチップスをバリボリと噛み砕きながら答えた。
「ドヤ?……なによそれ……」
ミカは小動物のように小顔を傾けながら聞いた。
「乞食でも殺人犯でも、誰でも住める町の事だよ。な、哲雄」
そう自慢げに答える正治をチラッと見た哲雄は、自信なさげに「うん……」と小さく返事をした。
正治は、照明ブースの事務椅子の上で体育座りしているミカに体を向けると、得意気に話しを続けた。

「そのドヤには、全国指名手配の犯人とか乞食とかがいっぱい住んでるんだ。警察なんて一人もいないんだぜ。だから小学生の俺達なんかがこっそり隠れて住んでても全然大丈夫な町なんだ」

ニヤニヤと笑う正治を、ミカは黙ったままジッと見ていた。

「で、そこの住人たちは、ほとんどが『ドヤ』ってホテルに住んでるんだ。そのドヤの宿泊料は、なんと一日五百円! だから、一ヶ月で一万五千円、一年で十八万円、俺達が義務教育を終わるまでの四年間そこで暮らしたとしてもたったの七十二万円しかかかんねぇんだ。あと、食いもんなんかもその町は他より全然安いんだぜ。うどんが一杯三十円で喰えるんだ。エビ天が十円でメシも十円でホルモンの串焼きがたったの百円だってさ。だから食費が一人一日二百円と考えても、一年で約七万円。四年間の食費はたったの二十八万円だ。って事は、その宿泊費の七十二万円と食費の二十八万円を足すとピッタリ百万。俺たち三人あわせて三百万ってわけよ。ふふふふふ、完璧だろ」

正治は一気にそこまで話すと、グッと胸を張りながら、「どうだ」と言わんばかりに、威張ってミカを見つめた。
すると、今まで黙って話を聞いていたミカが、まるで風船の空気が抜けるような大きな溜息を付いた。
「……っで、その話し、誰から聞いたの?」
呆れた表情で正治を見つめた。
「哲雄がネットで調べたんだよ。あっ、もしかしておまえ信じてない? な、哲雄、ドヤの住所とかも全部調べたよな」
何かを思い詰めていた哲雄は、正治の話しを全く聞いていなかった。
正治に呼ばれて顔を上げた哲雄は、何が何だかわからないまま、「あぁ、うん……」と慌てて返事をした。
「ネットって、どんなサイトで調べたのよ」
眉を顰めたミカが聞いて来た。哲雄はそこで始めてそれが『ドヤ』の話しであると気付き、慌てて「2ちゃんねる」と答えた。

突然ミカが笑い出した。その甲高い笑い声に、アジトの隅で野良犬のように寝ていたミツオがいきなりガバッと飛び起き、「フィリピン人とは絶交する!」と意味不明な寝言を叫んだ。

腹の底から笑いまくっていたミカは、ハァハァと呼吸困難に陥りながらも、やっとその笑い声を止めた。
「本当、あんた達ってバカ。どーしょーもないバカ。バカ過ぎて嫌んなる……」
そう呟きながらも再び笑いが込み上げて来たミカは、照明ブースをバンバンと叩きながらケラケラと笑い出し、喉を引き攣らせながら「そんな話しデタラメに決まってるじゃない!」と叫んだ。

「デ、デタラメじゃねぇぞバカ! 鳶の大橋さんも若い頃は東京のドヤに住んでたって言ってたしよ、あと、高井田公園にいるホームレスのおっさんは大阪のドヤから流れて来たって床屋のおっちゃんが言ってたよ、だから絶対ドヤはあんだよ!」
正治は泣きそうなくらいに必死になりながらそう叫んだ。やっとゴールが見えて来たというのに、今更『夢の楽園』を否定されるのは辛すぎた。

フーッと溜息をつきながら呼吸を整えたミカは、幼児に語りかけるように正治の目をソッと見つめた。
「……だからね、そのドヤってのは本当に実在するかも知れないわよ、でもね、警察がいない町なんてこの日本にあるわけないじゃない……」
そしてゆっくりと瞼を閉じると、その二秒後、いきなりパッと目を開き、目力の籠った瞳で正治を睨んだ。

「ドヤだかなんだか知らないけど、そんな所で小学生だけで長期滞在できると本気で思ってるの? 三日で通報されるのが関の山よ、四年間なんて暮らせるわけないじゃない、なにが『完璧だろ』よ、バッカじゃない、日本は法治国家なのよ、家出した小学生を四年間も放っておくわけがないじゃない、あんたら勉強不足、本気でバカ、あーアホらしい」

ミカが一気に捲し立てると、目玉をオロオロと動揺させた正治が、「で、でも、そこには全国指名手配の殺人犯もいっぱい暮らしてんだぜ……だったら家出小学生くらい……」とボソボソと呟き、すかさずミカに「だからそれは2ちゃんの話しでしょ!」と、一喝された。

「うっ」と絶句した正治は、体育の授業中におもわずうんこを洩らしてしまった少年のような表情で止まった。
そんな正治に、「今どき2ちゃんの話しを信じてるなんてあんた達だけよバーカ!」とミカがトドメを刺す。
あたふたと動揺する正治は、「でも」と「けど」を連続して繰り返しながら、意味もなくコンビニの袋の中をガサゴソと漁り始めた。
そしてしばらく黙ったままコンビニの袋の中を漁り、いきなり袋の中から『京風ところてん』という商品を取り出すと、「誰だよこんな変なもん買って来たの」と今にも泣き出しそうな顔で舌打ちし、それを割れたガラスの向こうに投げ捨てた。

アジトは静まり返っていた。
ミツオはスヤスヤと眠り、哲雄は何やら深刻そうな顔をして考え込んでいた。
項垂れたまま更にコンビニの袋の中を漁っていた正治は、袋の奥から『十勝産ヨーグルトケーキ』を引っぱり取り出すと、その裏表示を読み始めた。
プレーンヨーグルト……卵……粉ゼラチン……無煙バター……。
正治は意味もなく原材料名をブツブツと呟きながら、照明ブースで足を組んだまま黙っているミカにチラチラと視線を送った。
小さな溜め息と共に『十勝産ヨーグルトケーキ』の袋をビリリッと開けた。そして蚊の鳴くような声で「じゃあどーすればいいんだよ……」とミカに呟くと、ミカは怪しい瞳をキラリと光らせながらニヤリと唇を歪めたのだった。



「ミカのパパがね、東京の新宿でスナックやってんの」
そう話し始めたミカは、いつの間にか正治の『十勝産ヨーグルトケーキ』をブチブチと指で千切りながら食べていた。

「お店は小さいんだけどね、でも場所は歌舞伎町だよ。日本で一番凄い歌舞伎町なんだから」

何が凄いんだ、と聞こうとした正治だったが慌てて口を噤んだ。下手に口を挟むとミカの話しは脱線する恐れがある。とにかく要点だけを聞きたかった。
「だから、みんなでパパの所に行こうよ。これだけのお金があればさ、きっと私たち四人の面倒くらいは見てくれるわよ。パパはすっごく優しいんだから」
ミカは自慢げにそう言いながら、まるでピーナツを食べるように千切ったチーズケーキをポイポイと口に投げ入れた。

「……でも、本当に大丈夫なのか、おまえの親父……。俺達の事を学校とか警察とか、それにおまえの母ちゃんに告げ口したりしねぇかな……」
正治は乗り気しない表情で呟いた。

2ちゃん情報の『ドヤ』よりは、ミカのお父さんの所に転がり込む方が確実そうだとは思った。それに、日本で一番凄いという歌舞伎町にも興味があった。しかし、どうもミカのお父さんは臭い。結局は金を全部奪い取られて、野良猫のように捨てられるのが落ちのような気がしてならない。

「大丈夫よ。パパとママ、すっごく仲悪いし。それにパパは警察とか先生とか大嫌いだし」
「…………」
「ね、そうしようよ、それが一番安全だわ。このお金で、パパに大っきなマンション借りてもらうの。新宿で。そしてみんなでそこに住むの。一部屋ずつ分けて各自が自分の部屋で暮らすのよ。うふふふふ……ミカね、タレントの養成学校に行きたいんだ。新宿にね、アイドルを専門にしている有名な学校があるのよね……」
天井をゆっくりと見上げたミカは、アイドル歌手になった自分を妄想しているのか、目をキラキラと輝かせながら「うふふっ」と何度も微笑んだ。

そして、遂にその妄想が誇大に膨れ上がってしまったのか、いきなり事務椅子から飛び降りると、「♪ふん♪ふふん♪ふん♪」と鼻歌を唄い出し、なにやら奇怪なステップを踏み始めた。
握った左手をマイクに見たて、右手をヒラヒラと揺らしながら、聞いた事のない歌を唄い始めた。

「♪たーそがれセブン♪たーそがれセブン♪あーなたは嘘つきー♪」

最後の「嘘つきー♪」の所では、頬をプッと膨らまし、可愛く拗ねた表情を作った。
かなり練習しているようだが、それは非常に滑稽な歌と踊りだった。
しかし、正治とミツオはそんな滑稽なミカに釘付けになった。それは、ミカが奇妙なステップを踏む度に、白いミニスカートがヒラヒラと舞い上がるからだ。

「♪愛してくれなきゃイヤイヤー♪たそがれセブンティーン♪」

クルッと一回転した拍子にミニスカートがフワリと上がり、パステルイエローのパンツが露になった。
サッと目を伏せる正治と、慌ててミカの足下に這いつくばってはスカートの中を覗き込むミツオ。
「ねぇ、そうしようよぉ。ミカのパパのトコに行こうよぉ」
ミカはリズムに合わせながらそう言うと、足下に転がるミツオをヒョイっと飛び越し、俯いたまま真っ赤な顔をしている正治の顔を覗き込んだ。

自分の顔が茹で蛸のように火照っているのに気付いていた正治は顔を上げられなかった。俯いたまま自分のスニーカーの裏を見つめ、「哲雄、どうする……」と、隣りの哲雄に振った。
しかし、哲雄は一点を見つめたままジッと黙っていた。ミカの滑稽な踊りも、やたらと昭和チックな歌も、そして丸出しになったパステルイエローのパンツも、全く興味が無さそうだった。

そんな哲雄の前でステップを踏んでいたミカは、哲雄をニヤニヤと見下ろしながら突拍子もない事を言い出した。
「ねぇ……ミカのパパのところに行くんだったら、パンツ見せてあげてもいいよ……」
ミカはそう艶かしく言いながら、哲雄の頬をスカートの端でヒラヒラとくすぐった。

ギョッとしながら正治が顔を上げた。その顔はもはやコタツの電熱のように真っ赤だった。
そんな正治にミカはクルッと振り向きながら、「特別大サービスでオッパイも見せたげわ」と、ぷっくりと膨らんだ胸にソッと手をあてニヤリと笑う。

「……お、おっぱいはいいから……パンツの中、見せろ……」
床を這うミツオがそう唸りながらミカの足下に迫って来た。まるでコモドオオトカゲのようだ。
そんなミツオを見下ろしながら、ミカが「う〜ん……」と首を傾げて考え込んだ。
伏せるミツオがハァハァと肩を揺らした。正治は親指の爪をカリカリと忙しく噛んだ。二人は激しく動揺しながらミカのその返事を待った。

「……いいよ。でも、ここじゃいや。東京に行ってからね」
ミカはそう言うと、いきなりクルリと背を向けた。スカートが「ふわっ」と大きく靡き、パステルイエローのパンツに包まれた小さな尻が、ミツオと正治の目に焼き付いた。
そんな二人を見て、ミカは白痴的な笑顔でニヤッと笑ったのだった。

「哲雄! こいつんちの父ちゃんのとこ行こうぜ!」
正治は鼻息を荒げながらガバッと立ち上がった。床に這ったままのミツオが「行こうぜ!」とマネをして叫ぶ。
「……うん……」
哲雄はゆっくりと顔を上げながら、正治とミカの顔を交互に見回した。そして、「俺……」っと言い掛けて、足下に転がっている菓子パンの袋を人差し指で押し、プスーっと屁のような音を立てた。

「なんだよはっきり言えよ!」
正治が急かした。
「言えよ!」と床のミツオも急かした。
ミツオにはまだ床に這っていなければならない理由があるらしい。

哲雄はそんな正治に「うん」と頷きながら、「俺、行かないから、お前らだけで行ってくれ」とポツリと呟いた。
「俺は行かないって……どう言う事だよ哲雄、じゃあお前はどうすんだよ」
「……わかんない。わかんないけど、ただ、俺の取り分の二百万だけは欲しい……」

「二百万何に使うのよ」
ミカがキッと睨んだ。ミカの顔からは先程の妖精の笑顔は消え、今では小悪魔そのものだった。
哲雄は「なんだっていいだろ」と投げ遣りに言いながら立ち上がった。そしてテーブルの上に二百万円ずつ分けられていた札束のひとつを鷲掴みにすると、「じゃあな」と皆に背を向けた。

「ちょ、ちょと待てよ哲雄、どーいう事だよ、わかんねぇよ、どこ行くんだよ!」
正治の叫びを最後まで聞かず、哲雄は「悪りぃ」と一言残し、そのまま階段を駆け下りた。
「えーっ!」
正治は大声で叫びながら立ち上がった。しかし、ミカに挑発された股間がまだコリコリと固くなっていたため、「わっ!」と、腰を屈めながら慌ててそれを両手で隠した。

階段を駆け下りて行く哲雄の足音が、静まり返った廃墟のボウリング場に響き渡った。
正治は照明ブースのバリバリに割れた窓ガラスから慌てて顔を出し、暗闇のホールを駆け抜けて行く哲雄に叫んだ。
「今外に出ると捕まるぞ! 戻れよ哲雄!」
正治のそんな叫び声は巨大なボウリング場に空しく響き渡るだけで、哲雄の足音は止まらなかった。

正治の必死な叫び声が延々と響く中、哲雄の姿がみるみると暗闇の中に消えて行った。
そして、遂に非常階段が閉まるガシャン! という音が響くと、それっきり廃墟のボウリング場は大雪の夜のようにシーンっと静まり返った。

正治は、足下に散らばるガラスの破片をジリジリっと踏みしめながら、割れた窓ガラスから見える破滅のボウリングレーンを見つめていた。
「なんでだよ……」と悔しそうにその場にしゃがみ込んだ正治の顔に、大きな涙と鼻水が同時に垂れた。
一時のスケベ心に惑わされ、かけがえのない親友をなくしてしまった。そう思えば思うほど自分が憎らしく思え,そしてミカが汚らしく思えた。

「女の子はウンコする穴とシッコする穴が同じだって聞いたけどホントか?」
足下からミツオの声が聞こえた。
その瞬間、正治はミツオの頭を踏みつけていたのだった。

(つづく)

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