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餓鬼9




「おばちゃん助けて! 早く! 早くここを開けて!」

少女の緊迫した叫び声が、夜の巨大な駐車場の隅で響いた。
駐車場の奥にはライトアップされたアラブの宮殿のような建物が金色に浮かび上がっていた。駐車場にズラリと並んだ車は、まるで国王に平伏す国民のようだった。
今どき、こんなケバケバしい建物を堂々と晒しているのは、カルト宗教の施設か、田舎のラブホテルか、国道沿いのパチンコ店くらいだった。

「おばちゃん! 私よ! ミカよ! 早くここを開けてよ!」

ミカが必死に叫んでいるのは、その気色の悪い建物が聳える巨大駐車場の、奥の隅にポツンと建てられた小さなプレハブ小屋だった。
そんなミカの叫び声に、プレハブのドアの小さな小窓がガサッ!と開いた。
「おばちゃん助けて!」
開いた小窓に向かってミカが叫ぶと、小窓から覗いた中年女が「あらま! ミカちゃんどうしたの!」と驚きながら叫んだ。
「変なおじさんが車に乗れって言うの! おばちゃん怖い! 中に入れて!」
ミカは何度も後を振り向きながらそう叫んだ。
そんなミカの緊迫の演技を、哲雄と正治とミツオの三人は、駐車場の車の影に身を潜めながら見ていたのだった。

それは、ミカを仲間にするという交換条件で得た情報だった。
そこは、松木組幹部の繁本が経営する『パチンコ・メガタイガー』の景品交換所だった。
ミカの母親は繁本の愛人で、夜の街でナイトクラブを経営する傍ら、このパチンコ店の副社長もしていた。
幼い頃からパチンコ店に連れて来られていたミカは、店内ホールや景品交換所が格好の遊び場だった。
特にこの景品交換所はミカがいつも入り浸っていた場所で、そこを管理するおばさんはミカの事を孫のように可愛がっていたらしい。

ミカいわく、いつもこの時間の景品交換所には一千万円近くの金があるという事だった。
景品交換所の内外部には本店から監視できる防犯カメラが何台も設置されており、ドアは外側から鍵を差し込まないと開かない仕組みになっていた。
景品交換所は、強盗に対する防犯管理が徹底してなされていたが、しかし、私なら簡単にあのドアを開けさせる事ができるわ、と、ミカは自信ありげにそう言うのだった。

「おばちゃん! 早く開けて! ミカ殺されちゃうよ!」
ミカはわーわーと泣き喚きながらスチール製のドアをバンバンと叩いた。
「ミカちゃん! ここのドアは開かないのよ! だから本店に行きなさい! ほら、早く!」
小窓から覗くおばさんが必死に叫ぶ。
「きゃあ! ヤダ! こっちに来るよ! 早く! 早くここを開けてよおばさん!」
派手な演技をしながらミカが絶叫すると、交換所の中から、「どうしたんだ!」と叫ぶ中年のオヤジの声が聞こえた。

おばさんに代わってオヤジが小窓を覗いた。
「ミカちゃんどうした!」とオヤジが慌てて叫ぶと、ミカは誰もいない駐車場を指差しながら、「あそこにいる変なおじさんがミカに変な事するの! おじさん助けて! 早くここを開けて!」と緊迫の演技を見せた。
オヤジは小窓越しに、「よし!」と頷くと、その小窓から鈴のキーホルダーがついた鍵を突き出した。
「このドアはこっちから開かねぇから! この鍵でそっちから開けて入って来なさい! さっ、早く!」
おじさんは小窓から鍵を落とした。鍵はチャラ! と鈴の音を立てて雨上がりのアスファルトの地面に転がった。

「いくぞ!」
鈴の音を確認した哲雄達が、車の隙間をすり抜けながら交換所に向かった。三人の手には黒い塊が握られていた。哲雄とミツオはいつものエアガンだったが、正治は売人から奪った本物の拳銃を握りしめていた。
三人とも覆面はしていなかった。ミカが共犯者だとわかれば、どうせ三人もすぐにバレる事だ。この強盗の後、そのまま東京へ高飛びするつもりの彼らには、もはや覆面など必要ないのだ。
鍵を拾い上げたミカは、背後に迫って来る哲雄たちを確認しながらドアの鍵穴に鍵を差し込んだ。先頭の哲雄がミカの横に身を潜めた瞬間、ミカは鍵穴をカタン! と回したのだった。

ドアは中から開けられた。四駆のジープが体当たりしてもビクともしないような頑丈なドアが半分開き、中から慌てて手を出したオヤジが「早く!」とミカの腕を掴んだ。

ミカが交換所の中に引きずり込まれると同時に、素早くドアから鍵を抜いた哲雄がそれをミツオに渡し、その半開きのドアから哲雄と正治が一斉に雪崩れ込んだ。
「わっ!」
オヤジとおばさんが、深い森の山道で人間と出会った時の山猿のような顔をして叫んだ。
「動くな。撃つぞ」
哲雄がおじさんの眉間に向けて銃口を向けた。
小さなカウンターの上に置かれたポータブルテレビでは、コック服を着た草薙剛がパスタのような物を皿に盛りつけていた。
狭い交換所の中で身動きできないオヤジとおばさんは、唖然としながら拳銃を構える小学生を見ていた。

ミカがカウンターの下に潜り込んだ。
幼い頃から見慣れた木箱を奥から引きずり出した。木箱の上に乗っていた換金用景品の金のチップがバラバラと音を立てて床に散らばった。
「ミカちゃん! それはダメ!」と、おばさんが叫んだ。瞬間、オヤジが「こらぁ!」と叫びながら哲雄を突き飛ばすと、テレビの中のキムタクが「できた!」と叫んだ。

哲雄が吹っ飛び、哲雄の後に屈んでいたミカも同時に床に崩れた。
「おまえら何やってんだ!」と、オヤジが怒鳴った。子供達を見つめるオヤジの目は、これは本気なのか悪戯なのか戸惑っているようだ。
震える手で銃を構えていた正治が、オヤジの目を見つめながらゆっくりと呟いた。
「おっさん……言っとくけど、これ、本物だからな……」

一瞬、オヤジの目に恐怖が横切った。が、しかしオヤジは、こんなガキがまさか本物の拳銃を持っているはずが無い、と高を括ったのか、「なら撃ってみろよ! ほら早く撃ってみろよこの糞ガキ!」といきなり声を荒げた。
その瞬間、「ふっ」と正治が笑ったのを哲雄は見逃さなかった。

マズイ! っと瞬間的に思った哲雄が「やめろ!」と正治に叫んだ瞬間、「パン!」と乾いた音が狭い交換所に響いた。
発射した弾は交換所の天井にぶら下がっている防犯カメラに見事に命中した。カッ! とプラスチックが砕ける音と同時に、オヤジとおばさんが「ひぃ!」と頭を抱え、たちまち狭い交換所の中に花火のような火薬のニオイが充満した。

慌てて起き上がったミカが木箱の蓋を開けて中を覗いた。中には大量の一万円札がドサッと無造作に詰め込まれていた。
それを確認した哲雄がドアをガンガンガン! と叩いた。外で待機していたミツオが鍵穴にズズッと鍵を差し込む音がドアに響いた。

ドアが開くなり、「あっちから誰か来るよ!」とミツオが叫んだ。
駐車場の奥から、白いワイシャツ姿の男達が血相を抱えて走って来るのが見えた。
「逃げろ!」
哲雄は叫びながら交換所を飛び出した。
雨上がりの駐車場の地面にはパチンコ店のネオンがチカチカと反射していた。
パタパタとスニーカーの底を鳴らしながら走るミツオとミカの背中を追った。背後から聞こえて来る、「待て!」の叫び声に焦りながら、哲雄は無我夢中で走った。

大きな水溜まりをバシャ! と踏みしめると、ふと、そこに正治の姿がないことに気付いた。哲雄は走りながら後を振り向いた。
駐車場の通路で、反射するネオンに照らされた正治が、男達に向かって拳銃を構えていた。
「バカ!」
思わずそう叫びながら哲雄は足を止めた。
慌てて引き返し、ガッツリと腰を据えながらかまえている正治の右肩の襟を掴んだ。
「いいから逃げるんだ!」
正治の横顔にそう叫んだ瞬間、拳銃を構える正治の顔が哲雄の目に飛び込んで来た。
標的を見つめる正治の目は、まるで動物園の檻の中で人間に威嚇しているマントヒヒの如く、完全にぶっ飛んでいたのだった。

「やめろ!」
哲雄が叫ぶと同時に、パーン! という音が炸裂した。
それは狭い交換所の中で聞いた一瞬の発射音とは違い、広い駐車場をエコーしながら延々と響き渡った。
発射音とほぼ同時に、「ガン!」という、カナヅチで鉄板を叩いた時のよう音が遠くで聞こえた。
男達が一斉にバタバタっと足を止め、全員が車の影に飛び込んだ。

「てめぇら全員ぶっ殺す!」
そう叫びながら再び引き金を引こうとする正治の頭をおもいきり引っ叩いた。
「逃げろっ!」
哲雄がそう正治の耳元で叫ぶと、正治はふっと我に帰り、「えっ?」と哲雄に振り返った。
「早くしろ! 警察が来るぞ!」
哲雄がそう叫びながら走り出すと、「わ、わ、わ、」とアゴを震わる正治もすぐにその後を追った。

雨上がりの巨大駐車場を、四つの小さな体が一目散に駆け抜けていく。それは、自分よりも大きな餌を、必死に巣に運び込もうとしている子ネズミのように弱々しい姿だったが、しかし、そんな彼らの目には、一撃で獲物を捕らえたオオカミのような自信が怪しくギラギラと漲っていたのだった。

(つづく)

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