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餓鬼6




『金属バットで一撃、暴力団関係者重体』

そんな記事が、翌日の新聞の三面記事の片隅に小さく載っていた。
売人は、偶然にもパトロール中の警察官に発見され、命には別状はないと書いてあった。
てっきり売人は死んだものだと脅えていた三人は、売人の意識がはっきりしているという記事を読んでひとまず安心したが、しかしその記事の最後に書いてある言葉に違う不安を過らせた。

『襲われた男性は大阪の暴力団関係者であり、警察では、今後暴力団同士の抗争事件に発展する可能性があるとして被害者の男性から事情を聞くと共に犯人の行方を全力で追っている』

「全力で追うって……マズいよな……」
正治が顔を顰めながら哲雄の顔を見る。
哲雄は記事を見つめながら下唇を噛んでいた。指紋や足跡は完璧に消したつもりだったが、それでも改めてこう書かれると、どっぷりと重い不安に胸を締め付けられた。

「あれっぽっちの金で捕まるなんてワリにあわねぇよな……」
正治は唇を尖らせながら右足をカクカクと貧乏揺すりさせた。
教室では、相も変わらず幸せそうな少年少女たちがはしゃぎまくっていた。彼らの心配事といえば、やりかけの宿題と月末のテストの点数とバレンタインデーのチョコレートの事だけだ。ドブ底から這い上がろうとしている不幸な少年達とは、心配のレベルが違い過ぎていた。

昨夜襲った売人のポケットの中にはたったの十五万円しか入っていなかった。たったの十五万円で警察と暴力団の両方を敵に回してしまった。警察と暴力団を相手に戦うというのは、シャブ中の老人を闇討ちするのとはわけが違う。
「捕まったら、刑務所に入れられるんか?」
ミツオが水洟をズズズッと啜りながら二人の顔を交互に見た。
すかさず正治が顔を顰めながら、「てめぇ、今、鼻水飲んだだろ」とミツオの頭を叩く。
「小学生は刑務所には入れられないよ。サカキバラがそうだったじゃん」
哲雄が机の上の消しゴムのカスを丸めながらいうと、正治が「多分、ター君と同じとこに入れられるだろうな……」と暗く呟き、哲雄が丸めていた消しゴムのカスを指で潰した。

ター君というのは、この町で知らぬ者がいないほどの有名小学生で、一六軒の連続放火未遂の末に中学校の体育館を全焼させてしまったという餓鬼だった。
水商売の母親はほとんど家に帰って来ず、父親は重度のアル中で精神病院に閉じ込められ、そして六才の弟は小児麻痺だった。
ター君は一人で弟の看病をしていた。毎日弟のご飯を作り、弟の体を拭き、車椅子に乗せては散歩をさせていた。
そんな弟の看病は並大抵な重労働ではなかった。そんな過酷な看病に疲れたター君は、夜な夜な寝静まった町に繰り出してはその鬱憤を晴らした。それが放火だった。
最初はゴミ置場のゴミ袋を燃やす程度だったが、そのうちエスカレートして民家に火を放つようになった。
漆黒の夜空に燃え盛る炎を見たター君は絶叫していたという。そしてその炎を見ながらマスターベーションをしていたという。
ター君はなかなか捕まらなかった。警察もまさか犯人が小学四年生だとは思っておらず、近所で問題のある成人男性ばかりを追っていた。
ノーマークだったター君はそこらじゅうに火を放った。倉庫を焼き、民家を焼き、駅前の交番までも焼いた。そして遂に中学校の体育館を全焼させたター君は、その今までに見た事の無い大火を目の当りにしてトチ狂い、逃げるのも忘れグラウンドの真ん中でマスターベーションしている所を御用となったのだった。

「ター君は児相の保護房にいるんか?」
児童相談所の常連客であるミツオが、今度は鼻糞をほじりながら聞いた。
そんなミツオの怪しく蠢く指先を、怪訝な目つきで追っていた正治は、ミツオが汁付きの鼻糞を机の裏に付けた瞬間にその頭をおもいきり叩きながら、「ター君は教護院だよ」と呆れた顔して呟いた。

哲雄はそんな二人を深刻な表情で見つめながら、自分に言い聞かすように呟いた。
「ター君の時と同じように、今回も警察は犯人が小学生だと思わなければいいんだ……相手は暴力団なんだし、まさか小学生が犯人だとは……」
そう呟いた瞬間、いきなり哲雄の背後から「小学生が何の犯人なのよ」と声が聞こえ、驚いた哲雄と正治は机の上の新聞を慌ててクシャクシャにした。
「ねぇ、なんなのよ。私にも教えてよ……」
そう言いながら、正治の手からくしゃくしゃの新聞を奪い取ろうとするのは、同じクラスの岡本ミカだった。

「なんでもねぇよ!あっち行けよブス!」
正治がそう怒鳴りながら新聞紙をソフトボールのように丸めてしまった。
するとミカは「あっち行かないよ。だってここは私の席なんだもん」とプッと頬を膨らませ、哲雄の隣りの席に乱暴に腰を下ろしたのだった。
そんな岡本ミカのあだ名は、ずばり『ブス』だった。あだ名はブスだが、しかし客観的に見てブスではない。いや、ブスというよりもカワイイといったほうが事実に基づいていた。
が、しかし、この年頃の男子はカワイイ女子を素直にカワイイとはいわなかった。口が裂けてもいわなかった。
だから岡本ミカのあだ名はブスだった。

いつの間にか、朝の教室には生徒達がザワザワと集まっていた。
もうすぐいつものように先生が教室に入って来て、またいつもと同じくだらない授業が始まるのだ。
続きは後で話そうぜ、と、哲雄に耳打ちした正治は、ソフトボールのように丸めた新聞紙でミツオの頭をポンポンと叩きながら席を離れた。
そんな正治と入れ替わるようにして、魚屋の敏光が「おはよう・・・」っと笑いながら哲雄の席にやって来た。
ふいに哲雄の脳裏に、昨夜、覚醒剤を買っていた敏光の父親の顔が浮かぶ。
「お、おはよ・・・」
哲雄が引き攣った笑顔でそう答えると、敏光は何か言いたそうに哲雄の机の前でモジモジし始めた。敏光は哲雄と二人だけの時は明るいが、しかし教室などで他の生徒がいるととたんに怖じ気づく。
そうモジモジしている敏光に、隣りの岡本ミカがあからさまに鼻を摘んでは、敏光に向かって「くさいくさい」と手を振った。

「どうしたの?」
岡本ミカを無視するように、哲雄はモジモジしている敏光の顔を覗き込んだ。
「うん……ほら、例のアジの干物、まだ預かったままなんだけど……」
敏光はモジモジしながらそう呟くと、上目遣いの目をパチパチさせながら恥ずかしそうに哲雄の顔を見た。
隣りの岡本ミカが露骨に「おえぇぇぇ」と嘔吐するフリをした。すると、周りの生徒達がクスクスっと笑った。
「ああ、そうだった、忘れてたよ」
哲雄は顔を引き攣らせながらそう笑った。敏光は、隣りの岡本ミカに脅えながら、「すげぇうめぇから」と、小声でそう告げた。
「うん。じゃあ、今日の帰り、敏光んち行くよ」
哲雄が引き攣った笑顔でそう笑うと、敏光は飛び上がらんばかりの嬉しそうな表情をしながら、「うん」と力強く頷き、またトボトボと自分の席に戻っていったのだった。

「ねぇ……何がウマいのよ……」
鼻を摘んだままの岡本ミカが、怪訝な目をジロリと光らせながら哲雄を見た。
「なんだっていいだろ。いちいちうるせぇなぁブス」
「……もしかしてあいつんちの魚喰うの?」
鼻を押えたままの岡本ミカは、大袈裟に口からハァハァと息を吐きながら哲雄の顔を覗き込んだ。
「…………」
「あいつんちの魚喰うと、身体中にウロコが生えるって噂だよ」
「…………」
「六組にいた坂本君。ほら、去年大阪に転校してった坂本和夫君。あの子さぁ、本当は転校じゃないんだって、知ってた?……」
「…………」
「坂本君、あいつんちの魚ばっかり喰ってたから、ある朝突然お魚さんになっちゃったんだって。それで坂本君のお母さんが海に放流してあげたらしいよ……」
岡本ミカのその話が終わるか終わらないかの間に、哲雄はサッ!と岡本ミカに振り向くと、いきなり彼女の胸をガバッ!と鷲掴みにした。
「ひぃえ?……」
突然の出来事に、驚きのあまり停止してしまった岡本ミカは、目をパチクリさせながら素っ頓狂な声を出した。
「それがどうした、オッパイお化け」
哲雄がニヤニヤと笑いながら高速でモミモミと手を動かすと、そこで初めて岡本ミカが「きゃっ!」と叫びながら体を丸めた。
それを見ていた生徒たちがドッと噴き出した。事の流れを知っていた敏光もクスッと笑った。正治は豪快に机をバンバンと叩きながらゲラゲラと笑い、ミツオは鼻水をダラダラと垂らしながらいつまでも大笑いしていたのだった。

その日の放課後、正治達と別れた哲雄は敏光の家に寄る事にした。
寂れた商店街を進んで行くと、文房具店の角の辺りから、なにやら生臭い臭いがプ〜ンと漂って来た。
その文房具店の四軒隣りにある『魚辰』が敏光の家だった。
魚辰の店先にはいつも大量の水が撒かれていた。店先にぶら下がる裸電球が道路に撒かれた水に反射し、そこだけが夜のメリーゴーランドのようにキラキラと輝いていた。

そんなキラキラ光る店先で、哲雄はそっと店の中を覗いた。
正面の壁には『浦安・大吉丸』と書かれた極彩色な大漁旗が掲げられ、その下の棚には発泡スチロールの箱に入った色とりどりの魚が生々しい目玉をギラギラさせていた。
天井に掲げられたテレビでは再放送の『踊る大捜査線』が垂れ流され、懐かしいBGMと共に深刻な顔をした織田裕二が『わくさん……』と呟いていた。

バケツの水を床の排水口に流そうとしていたおばさんが店先の気配に気付き、屈んだままの体勢で「らっしゃい!」と叫んだ。おばさんの声と同時にバケツの水がバシャっと流れ、バケツの中にあった小さな氷の欠片がバラバラと音を立てて床に散らばった。
「あのぅ……」と、哲雄が恐る恐る声を掛けると、おばさんは「あいよっ!」と甲高い声で叫びながら顔を上げた。おばさんの顔には、なぜか絆創膏が三つも張り付いていた。

おばさんは、哲雄の顔を見るなり「あっ!」と叫んだ。
そしていきなり店の奥に向かって「敏光! てっちゃんだよ! てっちゃんが遊びに来てくれたよー!」と嬉しそうに大声で叫んだ。
とたんにドタドタドタと階段を転げ落ちるような音が店内に響いた。古い木造の家屋は階段を駆け下りるだけで震度二くらい揺れた。
「てっちゃん!」
店の奥から顔を出した敏光が、大きな八重歯を剥き出しにして笑った。
「よっ」と哲雄が敏光に笑うと、敏光は嬉しさを堪えながら座敷の前に揃えてあった大きな長靴を慌てて履いた。
『いったい湾岸署はどうなってるんだ!』と柳葉の怒鳴り声を背後に、サイズの合わない長靴を履いた敏光がカポカポと音を立てながらやって来た。
「来る?」
敏光は嬉しさと不安が入り交じった複雑な表情で哲雄の顔を見ながら、奥の座敷をソッと指差した。
哲雄が戸惑った視線をおばさんにチラッと向けると、おばさんも複雑な表情をしながら「あがっておいきよ」と黒いビニールエプロンの前に垂れ下がっているヒモをモジモジと弄った。
そんなおばさんのビニールエプロンと黒い長靴が繋がっていた事に驚きながらも、「……じゃあちょっとだけ」と、呟くと、敏光とおばさんは同時に太陽のような顔で微笑んだのだった。

敏光の後ろに付いて店の奥へ進むと、そこに潜んでいた大量の蝿が一斉に飛び立った。
狂喜乱舞する大量の蝿が顔に体当たりし、それを必死に払いながら居間へ上がると、そこは魑魅魍魎とした臭いがムンムンと漂っていた。
この臭いは、つい最近、哲雄の家の近所にできた巨大スーパー『マルソー』の裏に大量廃棄されている、魚用の発泡スチロール箱と同じ悪臭だと思い、おもわず顔を顰めてしまった。
店と繋がった居間の奥にもうひとつ座敷があった。少しだけ開いた襖の隙間から、敷きっぱなしの布団が二つ並んでいるのが見えた。
ふと、この悪臭漂う寝室で、ひっそりと覚醒剤を打っている敏光のお父さんの姿が浮かび、唯ならぬ不気味さを感じた哲雄はおもわず唇を噛んでいた。

居間の横の階段から敏光の部屋へ向かった。ギシギシと音を立てる階段は、まるで時代劇に出て来るような狭くて急な階段だった。
部屋に入るなり、敏光は「やる?」と首を傾げながら携帯型ゲームを哲雄に差し出した。哲雄は別にやりたくなかったが、「うん」と受け取り、ベッドの上に腰掛けながら黙々とゲームをした。
そうやって時間が過ぎて行った。敏光は、ゲームをしている哲雄をただ嬉しそうにニヤニヤと見つめているだけだった。

ふと気が付くと、三十分もゲームをしていた。
哲雄が「そろそろ帰るよ」と携帯型ゲームの電源を切ると、ちょうどそこにおばさんがジュースを持って現れた。
「母ちゃん遅いよぉ、もうてっちゃん帰るって言ってるじゃないかぁ」
ミツオが唇を尖らせながらおばさんを責めると、おばさんは絆創膏だらけの顔をニヤニヤさせながら、「ごめんごめんお客さんが来てたからついつい話し込んじまって」と、妙に古臭いバヤリースオレンジの瓶を床に二つ並べた。

そんなバヤリースオレンジの瓶には直接ストローが刺さっていた。敏光とおばさんが哲雄をジッと見ていた。二人に見つめられながらストローを吸った。今時珍しい強烈な甘さが口の中に広がった。
沈黙の中、ひたすらストローを吸っていると、ふとおばさんが「夕飯食べておいきよ」と呟いた。
伏せていた目を「えっ?」と上げると、敏光とおばさんは真剣な表情で哲雄を見つめていた。
「……いえ、ウチでお母さんが用意してますから……」
哲雄の言葉に、敏光とおばさんは同時に小さな溜息を吐くと、残念そうに小さく微笑んだのだった。

ギシギシと音を立てながら階段を下りた。
再び生臭い店に出ると、もう『踊る大捜査線』は終わっていた。
コンクリートの床をデッキブラシでゴシゴシと擦っていたおばさんが、哲雄を見るなり長靴をカポカポさせながらやってきた。
「これ、みんなで食べて」とビニール袋を突き出した。ビニール袋の中には真っ黒なシジミがぎっしりと詰まっていた。
すると敏光も、「これもね!」と白いビニール袋を突き出した。中にはアジの干物が四匹入っていた。
そんな二つのビニール袋を右手にぶら下げながら店を出ようとすると、いきなりおばさんが哲雄の手をがっしりと握った。
「また遊びに来てね」
おばさんは祈るようにして呟いた。おばさんの手は水で湿っていたが、しかし哲雄には妙に温かく感じた。

すると、そこにいきなり「うひょひょひょひょ!」と奇声をあげながら一人のおっさんが店に飛び込んで来た。
一瞬、酔っぱらいが乱入して来たのかと哲雄は慌てて身構えたが、しかしよく見るとそれは敏光のお父さんだった。
「見ろ! 見ろ見ろ! 笑いが止まんねぇほど勝ちまくりだ!」
 そう叫ぶ敏光のお父さんは恐ろしくテンションが高く、数枚の一万円札を手に握りながら小躍りしている。
「俺ぁ、もしかしたらパチンコで喰ってけるかも知んねぇぞ、おい!」などと商店街に響き渡るような大声で叫び、挙げ句には敏光の両手を握りながら変なダンスまで踊り出す始末だった。
焦ったおばさんが顔を顰めながら敏光のお父さんの肩をポンポンと叩いた。敏光のお父さんが「あん?」と振り返ると、すかさずおばさんが「梶田さんとこのてっちゃんだよ。せっかく敏光んとこに遊びに来てくれたんだから変な事いわないでおくれよ」と顔を引き攣らせながら笑った。
「なに!」と叫ぶ敏光のお父さんのテンションは更に高くなった。
「おお、てっちゃんか! 大きくなったな、おい!」と嬉しそうに叫びながら、何の前触れもなくいきなり哲雄を抱きしめ、哲雄の耳元で「ありがとよ、ありがとよ」と二回繰り返した。

そんな敏光のお父さんの首筋付近からは、魚の生臭さとは違う何やら小便のようなアンモニア臭がモワッと漂い、きつく抱きしめられる哲雄はそこから慌てて顔を背けた。
「敏光は友達がいねぇから、仲良くしてやってくれよな、頼むぜ、てっちゃん」
哲雄を抱きしめながらそう言うと、敏光のお父さんはアジの干物のビニール袋の中にこっそり一万円札を押し込んだ。
「えっ?」
驚いた哲雄は、袋の中の一万円と敏光のお父さんの顔を交互に見た。
「いいんだ、いいんだ、とっとけ。てっちゃんにゃ、これからも敏光と仲良くしてもらいてぇからよ。だから、な、頼むから、ウチの敏光がクラスでイジメられてたら助けてやってくれよな。な、な、頼むぜてっちゃん」
アンモニアのような口臭を吐きながら、敏光のお父さんはニヤリと笑った。
「でも……」と哲雄が戸惑っていると、敏光のお父さんは更にニヤリと深く笑いながら、「いいんだって。男が男に頼むぞって気持ちを伝える時にゃよ、こうやって銭を渡すんだ。覚えとけ。だからおめぇも気持ち良く受け取れ」と、哲雄の尻をパン! と叩いた。

そんな父親の勢いに乗って、再び敏光が「てっちゃん、やっぱりメシ喰ってけよ!」と叫んだ。
すると敏光のお父さんもそれに便乗するように、「おお、喰ってけ! よし、俺がてっちゃんの為に最高のマグロを用意してやらぁ、な!」と声を張り上げ、さっそくおばさんにあれこれと準備をさせ始めた。

そんなマグロの刺身がズラリと食卓に並べられた。
相変わらずテンションの高いお父さんと、大きな声で笑ってばかりいるお母さんと、そして、そんな両親を自慢げに見ている敏光。
ほら、おまえの好きな中落ちだ、と、お父さんが敏光の皿にマグロの切り身を乗せた。ほらほらこんなにこぼして、と、お母さんが敏光の膝の上に落ちていた米粒を素早く拾う。
教室では、いつも一人で淋しそうにしている敏光だったが、しかしこの家では明らかに主役だった。

居間は相変わらず生臭さく、頭の上を無数の蝿がブンブンと飛び回っていた。哲雄はこの久しぶり感じる家族団欒に、ふと幼少の頃を思い出し、温かい気分に包まれた。
しかし、そんな温かい気持ちの中に、一点だけ寒々とした陰りがあった。
哲雄は、その一点に触れると背筋が凍った。
温かい家族団欒の風景を見つめながら、果たして敏光やおばさんはおじさんが覚醒剤を買っているのを知っているのだろうか、と考えると、箸で摘んだマグロの刺身が自然にブルブルと震えて来たのだった。

(つづく)

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