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餓鬼5




不意に肩を突かれ、哲雄はソッと目を正治に向けた。
正治が無言で(行くぞ)と頷いた。
哲雄は返事をしなかった。いや、できなかった。シャブを買った自転車の男が敏光の父親だった事に激しく動転していた。

突然弱気になってしまった哲雄に、正治は「ちっ」と舌を鳴らした。
哲雄の全身は、まるで寒さに凍えるようにガタガタと震え始めていた。震える手で正治の腕を掴み、黒い覆面にギョロリと浮かぶ正治の目に向かって(今夜はやめよう)と必死に訴えかけた。
土手の売人が不意に「ふあぁ〜あ」と大きなあくびをすると、それだけで哲雄の体がビクンっと反応した。
そんな弱気な哲雄に向かって、いきなり正治が叫んだ。
「三百万! 三百万貯めるまで頑張るんだろ!」
その瞬間、土手の上の売人のあくびが不自然にピタッと止まった。
おもわず叫んでしまった正治が、はっ!と気付き土手を見上げた。
あくびの途中で硬直したままの売人が、三人が潜む薮の中をジッと見ている。次第にガクガクと震え始めた売人の目と、覆面から覗く正治の目がぴたりと合った。

「うわっ!」
一瞬怯んだ売人が叫んだ。
正治はミツオに「撃て!」と叫ぶと、金属バットを握りしめながら土手に飛び出した。
「パシュ!パシュ!パシュ!パシュ!パシュ!」
暗闇から連射されたプラスチックの弾は、見事に売人の顔面に食い込んだ。売人は「わあっ!」と叫びながら顔を伏せ、慌てて後に飛び退く。
凄まじい乱射に、「わあっ! わあっ!」と叫びまくる売人は、両手で顔を伏せたまま「誰や!」と叫んだ。
土手に飛び出した正治は、売人の膝目掛けて金属バットを振りあげた。一発で仕留めないとヤバいぞ! と自分に言い聞かせながら、売人のその軟弱な膝に向けておもいきり金属バットを振り下ろした。
ブン! と金属バットの振り下ろされる音に驚いた売人が、瞬間的に「ひっ!」と足を曲げた。
「ガッ!」と鈍い音が闇に轟いた。
振り下ろした金属バットは、売人の膝ではなく車のボディーを激しく擦っていたのだった。

体勢を崩してよろめいた正治の金属バットは、そのままアスファルトの地面を激しく叩き付けた。
強烈な振動を両手に受けた正治はおもわずバットから手を離してしまった。
まるで甲子園でヒットを打ったときのような「カキーン!」という金属音を響かせながら、金属バットは真っ暗な土手へと飛んでいった。

金属バットが消えた両手を見つめながら呆然と立ちすくんでいた正治に、慌てて体勢を立て直した売人が「こんガキゃ!」と叫びながら襲い掛かって来た。
背中に体当たりされた正治は、積み木を崩すかのようにいとも簡単に地面に倒れ、頬を地面に擦り付けた。
慌てて立ち上がろうと四つん這いになった正治の腹を、売人は尖った革靴の先でおもいきり蹴り上げた。
「ドスっ!」という鈍い音共に、正治の体がまるでサッカーボールのように一瞬ふわっと宙に浮いた。
ドサッと地面に叩き付けられた正治は、虫垂炎に悶え苦しむ少年のように腹を押えながら海老のように踞ってしまった。

そのシーンを目の当りにした哲雄は、「ひっ」と喉を引き攣らせながら肩を窄めた。
逃げなければと咄嗟に思った。早くこの場から逃げなければ次は自分がサッカーボールのように蹴り飛ばされる。
自然に体がガタガタと震えて来た。このままこの土手を転がり暗闇に紛れてしまえば助かるだろう。そう思った瞬間、鷲掴みにしていた雑草が手の中でブツっと千切れた。
土手の上でドスドスと鈍い音が続いていた。海老のように踞った正治の背中や太ももに、革靴の踵や尖った先が容赦なく食い込んでいる。
正治が死ぬ。このままでは正治が殺される。警察だ。警察に通報するんだ。国道沿いのコンビニまで全力で走って警察を呼んでもらうんだ。
そう思いながら土手の坂をズズズッと後退りすると、中腰になって必死にエアガンを撃ちまくっているミツオの尻が見えた。ジーンズの半ズボンの尻には小便のシミが丸く浮かんでいた。
それまでパシュ! パシュ! と連射されていたエアガンだったが、遂に弾が切れ、シュプ! シュプ! という空しい空気音に変わった。
「ミツオ逃げろ!」
小便を洩らした尻にそう叫ぶと、ミツオはゆっくりと振り向きながら「足が動かん!」と叫んだ。

エアガンの弾が止まると、それまで両手で顔を伏せていた売人はまるで水を得た魚のように息を吹き返した。
「どこのガキじゃボケェ! 舐めとったらあかんどぉコラぁ!」
売人が薮の中に潜む哲雄たちに向かって吠えた。月夜に浮かんだ売人のその顔は、危険な病気で頭が狂ってしまったオオカミのような、そんな凶暴な顔をしていたのだった。

怒り狂う売人は、薮の中に怒鳴りながらも車の後部座席のドアを開けた。地面に踞る正治の背骨を革靴の踵で蹴りつけ、「ぐっ!」と逆海老に反った正治のシャツを鷲掴みにすると、「ホンマにぶっ殺したる……」と唸りながら開いた後部座席に正治を引きずった。

「て、てっちゃん!」
ブルブルと震える指で必死にガンフォルダーに弾を込めようとしているミツオが、その弾を全てボロボロと草むらの中に落としながら叫んだ。
そんなミツオに「早く逃げろ!」と叫びながら土手を駆け降りようとした瞬間、土手の上から「お母さん」と唸る正治の声が聞こえた。
その瞬間、コタツで作られた祭壇に掲げられた正治のお母さんの写真が、哲雄の頭にパッと浮かんだ。その祭壇の脇で酒をガブガブと飲みながら、焼香に来た近所の人達に悪態をついている正治のお父さんの姿も浮かんできた。あの時正治は泣いていなかった。むしろ照れくさそうに笑いながら、「うぜぇババァがいなくなってせいせいしたよ」と哲雄たちに強がりを言っていた。でもやっぱりあの時、正治は泣きたかったんだと、哲雄は今、その声を聞いてはっきりと確信した。

「誰に頼まれた、なんでワシを狙った、正直に答えんかいガキ!」
正治の小さな体が引きずられ、小砂がズリズリと音を鳴らしていた。
大泣きしながら必死にガンホルダーに弾を詰め込もうとしているミツオが、「殺されるぅ、殺されるぅ」と唸りながら土手を見上げた。
カスタネットのように震えていたアゴが一瞬止まり、ミツオは「えっ!」と絶句した。
いつの間にか土手の上には哲雄が立っていた。正治を車に引きずり込もうとしている売人の真後ろで、スイカ割りをするかのように金属バットを大きく振りかざしていた。
「てっちゃん!」
ミツオが叫んだ瞬間、月の灯りで青白く輝く金属バットが空を切った。
「ゴッ!」
モノクロの世界に鈍い音が響いた。
振り下ろした金属バットは売人の脳天を直撃し、一瞬、ドス黒い液体が水鉄砲のようにシュッと噴き出した。
売人はヨロヨロっとよろめきながらも体勢を保ち、必死に立ちすくんだままゆっくりと空を見上げ、そしてロボットがスイッチを切られたかのようにピタリと止まった。
返り血を顔面に浴びた哲雄は、強烈な生臭さでハッと正気に戻った。頬に飛び散った血が夜風に吹かれながらみるみると乾いて行くのがわかった。
黒い液体を脳天からダラダラと流す売人が、足をモタモタと動かしながらゆっくりと哲雄に振り向いた。
闇に浮かんだ真っ白な目玉がブルブルと震えながら哲雄を睨んでいた。

哲雄の股間に生温かい小便がジワッと広がった。そこで始めて金属バットを握る手がブルブルと震え、奥歯がガチガチと鳴り始めた。
薮の中のミツオが「あわわわわ」と唸った。生温かい夜風が雑草を揺らし、コオロギが鳴き、遠くの方から走り屋らしき車のエンジン音が聞こえて来た。
そんな音を聞きながら、哲雄はいつこの売人が正気に戻って反撃して来るかと身構えた。
しかし、震える手はまともに金属バットを握れてはいなかった。

青い光りに浮かび上がる売人の唇から、唸り声と共にぶじゅぶじゅと白い泡が噴き出して来た。
白目を剥いた売人の肩がピクピクと痙攣し始め、いきなり魚が飛び跳ねるようにビクン! と体を跳ね上げては、身構える哲雄を飛び上がらせた。
売人は「あー……あー……」と、赤ちゃんの鳴き声のような声で呻きながらヨロヨロと土手を歩き出した。小砂を擦りながら歩く不気味な足音が暗闇に響く。
口をあんぐりと開けた売人は、哲雄の目の前で立ち止まった。
血と涎と泡が溜る口内で、必死に震える舌を動かしながら、「山下の三百七十円は……」と意味不明な言葉を呟くと、いきなりガクンっと地面に両膝を付いてはそのまま豪快にバサッと倒れたのだった。

「頭は禁止だって言ったじゃねぇか!」
不気味に静まり返った闇を正治の声が引き裂いた。
後部座席に押し込められていた正治は、「痛てててっ」と唸りながらゆっくりと身を起こすと、フロントガラスにぶら下がるバックミラーを覗き込んだ。
「最初から頭狙ってりゃこんな事にはならなかったんだよ! 見ろよコレ! どうしてくれんだよ! 俺の顔、アンパンマンみてぇになってるよ!」
そう叫ぶ正治に、慌てて金属バットを投げ捨てた哲雄が叫び返した。
「そ、そんな事より早く逃げよう!」
すると正治は、「よっこらしょ」と呟きながら、後部座席から運転席へと身を滑らせた。擦り傷だらけの手でハンドルを握り、それを無造作にグルグルと回し始めると、窓からジロリと哲雄を見つめ、「その前に金だよ」と、不敵に笑ったのだった。

薮から飛び出して来たミツオが、「こんにゃろぅ!」と叫びながら、地面でぐったりと横たえている売人に馬乗りになった。
「ミツオ! そいつのポケットから全部奪い取れ!」
そう叫ぶ正治はダッシュボードを開け、中をガサゴソと漁り始めた。
売人のポケットの中からしわくちゃの札をバサバサと取り出したミツオが「ヤッホぅ!」と叫んだ。
銭を取られた売人は、白目をピクピクさせながらあぐぅあぐぅと唸り、ピーンッと伸ばした右足を痙攣させていた。
そんな売人をゾッとしながら見下ろしていた哲雄は、こいつはこのまま死ぬのだろうか、と、ふと思った。そして、もしこいつがこのまま死ねば、自分は一生、この男のこの顔が忘れられなくなるだろうと思うと、不意に背筋がブルっと震えた。

「哲雄! 見ろ!」
運転席から正治が叫んだ。
振り向くと、口を開いたダッシュボードを指差しながら正治がニヤニヤと笑い、その中には、切手サイズのビニール袋に小分けされた大量の覚醒剤と注射器が詰まっていた。
助手席の足下に転がっていたコンビニの袋を摘まみ上げた正治は、その中身をシートの上にぶち撒いた。齧りかけのジャムパンとグリコのカフェオレの空と、半分残ったポテトサラダの容器がシートの上でゴロゴロとバウンドした。これがこの男の最後の夕食だったのかと思うと、哲雄は激しく胸を締め付けられた。
アンパンマンの歌を口ずさむ正治は、空になったコンビニの袋の中に、大量の覚醒剤と注射器を押し詰めながら、「これでいくらになるのかなぁ」と呟いた。
後部座席に潜り込んでいたミツオが、助手席の下を覗き込みながら「スゲぇぇぇ!」と叫んだ。
「どうしたミツオ」と正治が後部座席を覗くと、ミツオは慌てて助手席の下に手を突っ込みながら、「俺が最初に見つけたんだからね!」と叫びながらそれを引きずり出した。
ミツオの手に、不気味な黒光りが輝いた。
それは、今までミツオが撃ちまくっていたプラスチックのエアガンとは違う、ズシリと重い鉄の塊だった。

(つづく)

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