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餓鬼ページタイトル4





もう二度と哲雄と正治とは遊ばないぞと心に誓ったミツオは、小さな木造家屋が建ち並ぶ家と家との隙間の路地をくねくねと通り抜けていた。
その家と家との隙間の路地には、汲み取り便所の蓋から糞尿臭がムンムンと漂い、春先にもなると、湿気でジメジメとしたその通路には得体の知れない蟲がウヨウヨと湧き出した。
学校からの帰り道は、いつもその狭い通路を通った。そこを走り抜けると、そこに潜んでいた得体の知れない蟲達がワッと一斉に飛び跳ね、そのうちの何匹かがミツオの口の中に迷い込んで来たのだった。

その入り組んだ通路を通ると、かなりの遠回りになるのだが、しかしミツオはその通路をあえて『近道』と呼び、いつも好んでその遠回りな近道を通って帰った。
人様の家の中庭に堂々と侵入し、縁側で寝ていた三毛猫の背を優しく三回撫で、その奥の座敷に潜んでいる寝たきりの婆さんに「おすっ!」と挨拶をし、時には物干し竿から落ちた洗濯物を拾ったてやったりもした。
我が物顔で他人の中庭を横切って行くそんな縦横無尽なミツオだったが、しかし近所の人達は誰一人としてそんなミツオを咎めるものはいなかった。それは、ミツオが近所の人達から『頭の弱い子』と哀れまれていたからだった。

実際、ミツオは三年生から五年生まで、特別支援学級と呼ばれる心身に故障のある児童達が集められた学級に入っていた。
しかし何故か突然、六年生になってから一般学級に戻された。ミツオは「俺は頭が良くなったんだ」と得意気に自慢していたが、しかし実際は何も変わっていなかった。
本当にミツオが知恵おくれなのかどうかは定かではないが、しかし客観的に見るぶんには、ミツオの行動は明らかに異常であり、そのままミツオがその学級に入っていたとしてもなんら違和感はなかった。

狭い通路をすり抜けて、やっと隣りの家の裏の路地にまでやって来たミツオは、自分の家がすぐ目の前にあるというのに、わざわざ隣家の庭の隅にある汲み取り便所の蓋を押し開け、その中にドボドボと小便をし始めた。
その音を聞き、隣家のおばさんが台所の窓からヌッと顔を出した。
「みっちゃん、おうちに帰ってオシッコしなさいよ」とおばさんが顔を顰めると、ミツオは小便が飛び出すチンポをおばさんに向けながら「すまんすまん」と嬉しそうに笑うのだった。

この、今にも潰れそうな木造長屋に住む人々は、そのほとんどが在日朝鮮人だった。
そんなミツオも在日で、本名を朴光男といった。
「ただいま!」と裏の勝手口から戸を開けると、台所のガス台の上で、強烈なニンニクの香りを発した鍋が湯気を立てていた。鍋の中を覗くと、唐辛子で真っ赤に染まった牛スジと大根が、まるで火山口のマグマのようにグツグツと煮えたぎっている。
ミツオは迷う事なくそのマグマの中に指を突っ込むと、ゼラチン状の牛スジをひと摘みし、それを口に放り込んではハフハフとさせ、ニンニク臭い息を鼻と口から噴き出した。

「それじゃあ困るんだって! こっちだって慈善事業じゃないんですよ、わかるでしょ!」

玄関から野太い男の声が聞こえて来た。
ミツオはまだハフハフしながら台所の暖簾をそっと掻き分け、ソッと玄関を覗き込む。
「来月には必ずなんとかしますので、今月は何卒・・・」
さっき見た縁側の三毛猫のように小さくなった母親が、玄関で仁王立ちする男に何度も何度も頭を下げていた。
ミツオは、まだハフハフしながらそんな母親の後を素早くすり抜けると、階段を一気に駆け上がった。
階段を駆け上がるミツオの背中に、「来月は警告無しで電気止めるからね!」という男の言葉が突き刺さった。
部屋に飛び込んだミツオは、敷きっぱなしの布団の中に潜り込むと、布団の中でもがきながらズボンとパンツを同時に脱いだ。

そんなミツオの勃起したちんぽの先はヌルヌルに濡れていた。
ミツオは階下から聞こえて来る男の小言を聞きながら、ヌルヌルした汁をちんぽの先に満遍なく塗り込んだ。
ビリヤード場のビップルームでパンツを脱がされていた女を思い出した。女の股間を這い回る男の指の動きを鮮明に思い出しながら、俺もいつかはあんな事をしてみたいもんだ、と妄想し、そして激しくちんぽをシゴいた。
「来月払ってくれなかったら、ホントに電気止めるからね」
念を押す男の声を聞きながらチンポをシゴいていると、不意にミツオの頭の中で白い花がパッと咲いた。布団にしがみつきながら悶えるミツオは、未だ牛スジをくちゃくちゃと咀嚼していたのだった。




夜の佐古多橋は、その両サイドに小さな水銀灯の街灯がポツンと灯っているだけで、その周辺は漆黒の闇に包まれていた。
金属バットを手にした三人は、川辺の薮の中に身を潜めながら、土手の上でボンヤリと灯っている車のスモールランプの灯りをジッと見つめていた。

この薮の中に潜んでかれこれ三時間が経過しようとしていた。その間にも、土手の上の車に近付いて来た者は既に九人いた。その客と思われる九人は、自転車でやって来る者や徒歩でやって来る者、又は、随分と離れた場所に車を止めてこっそりと近付いて来る者など、様々だった。

ここ二週間ほど毎週金曜の夜になると、この川辺の薮の中に潜り込んでは内偵捜査していた哲雄達は、既に色々な情報を手に入れていた。
シャブの売人が一人であるという事や、その男がまるでミイラのようにガリガリに痩せた老人である事。又、この売人以外に仲間はいないかなど、この二週間、徹底的に調査したが、それらしき者は全く見当たらなかった。
これならイケる。
そう判断した哲雄たちは、三週目の金曜の夜、それぞれ武器を手にして薮の中に潜り込んだのだった。

「そろそろ行くか?……」
緊張のせいかやたらとガムばかり噛んでいる正治が、金属バットを強く握りしめながら哲雄の顔を見た。
「いや、まだ一一時までには一時間もある。もう少し客が来るのを待とう」
哲雄はそう答えながら金属バットをスリスリと擦り、乾いた金属音を不気味に響かせた。
先週の客は一五人で、その前の週は十人だった。
哲雄は携帯の時計を見つめながら、客はまだ来ると自分に言い聞かせた。客が一人でも多ければ多いほど哲雄達は儲かる。中途半端に飛び出し、襲撃している最中に客が現れるという最悪な状態も考えられるのだ。だから哲雄は、薮の中から飛び出すタイミングを慎重に見計らっていたのだった。

「いいか、もう一度おさらいするぞ……」
哲雄は、エアガンを握るミツオと、くちゃくちゃとガムを噛んでいる正治を交互に見つめながら言った。
「俺がヤツの正面から出て、正治が後から出る。二人で同時に『おい!』とヤツに声を掛け、ヤツが驚いた所をミツオがここからエアガンで撃つ。いいな?」
哲雄がそう言うと、ミツオがコクンと頷き、正治がプワっとガムを膨らませた。
「で、恐らくあいつは車に逃げ込もうとするから、ダッシュした俺と正治は金属バットで襲撃する」
正治が面倒臭そうに頷きながら哲雄の言葉に割り込み、「俺が足を狙って、哲雄が肩を狙うんだろ。それはもう何回も聞いたよ」とウンザリした表情をする。
「そうだ。但し、くどいようだけど絶対に頭は狙うなよ」
哲雄は正治の顔を見つめながら念押した。正治の性質上、興奮のあまりヤツの頭を叩き割る可能性は非常に高いのだ。
「わかってるって、大丈夫だって。だから、もう行こうぜ」
痺れを切らした正治が、巾着袋を改造した覆面をガバッと頭からかぶるとゆっくりと立ち上がった。哲雄はまだ客が来る可能性があると思いながらも、しかし既に薮から立ち上がってしまった正治に従うしか無く、自分も慌てて覆面を装着したのだった。

先頭の正治が無謀にもガサガサと音を立てながら薮の中を進み出した。
哲雄はその音にヒヤヒヤしながら、何度も何度も土手を見上げながら進んだ。
土手の上では、車のドアに凭れながらぼんやりと立つ売人の男が携帯電話をカチカチと弄っていた。その携帯電話の灯りが男の顔を照らし、まるで『ムンクの叫び』のように痩せ細った男の顔が暗闇の土手に不気味に浮かび上がっていた。

先頭の正治が静かに土手の斜面に身を伏せると、哲雄とミツオもそれに従って身を伏せた。
そこは、売人のアゴにポツポツと生える無精髭が確認できる程の至近距離だった。
「夏子の糞ガキ、なめとんのか……」
売人が携帯を見つめながら独り言を呟いた。その声の近さに三人は背筋をゾッとさせたが、しかしここまで来てしまったらもう行くしかない。
三人は土手の雑草に伏せながら見つめ合うと、無言で「うん」と頷いた。そして三人が同時にゆっくりと顔を上げようとすると、突然、売人がサッと左に向いた。

売人が見つめる先から、無灯火の自転車が走って来るのが見えた。
三人は慌てて頭を下げた。
車輪の音は土手に身を伏せている哲雄達にみるみると近付いて来た。そして、三人のすぐ頭上でキキキっという短いブレーキの音を軋ませると、タイヤに砂利をバチバチと跳ね返らせながら自転車は止まったのだった。

「毎度ぉ〜」
関西訛りの売人の声が暗闇に短く響いた。
自転車に乗っているのは中年の男だった。年期の入った角刈りが月夜に照らされ、角張ったシルエットが浮かび上がっている。
自転車の男は無言のままポケットから金を出すと、それを売人に突き出した。
もしここで客や売人に見つかったら強行突破するしかないと思った哲雄は、汗でグッショリと湿る金属バットのクリップを握り直した。

「いつもより遅いんちゃいますか? もう誰も来ぉへんやろ思て、帰ろしてたとこですねん」
売人はそう微笑みながら助手席の窓から車内に手を入れ、何やらガサゴソと音を立てた。そして中から切手サイズの小さなビニール袋を摘み出すと、「ギリギリセーフでしたわ」とニヤリと笑った。
売人のその口調に、哲雄はふと土曜の昼にやっている吉本新喜劇を思い出した。しかし、その明るい口調とこの暗い行為のギャップが余計不気味に感じられ、哲雄は一刻も早くこの場から去りたいと思った。

覚醒剤らしき物を受け取った自転車の男は、それを素早くポケットの中に押し込んだ。
売人から顔を背けるようにして、「じゃあ」と短く呟きながらペダルに足を掛けたその時、月明かりに照らされた男の顔が哲雄の目にはっきりと映った。

その男の顔を見た瞬間、哲雄は豪速球のドッヂボールを胸で受け止めたような強い衝撃を受けた。
「おおきにぃ〜」と明るく笑う売人の声と共に自転車は闇の中へと消えて行った。ジャリジャリと砂を踏みしめる車輪の音が遠離って行くのを聞きながら、哲雄は、嘘だろ……、と心の中で呟いた。

自転車のその男は、紛れもなく、魚屋の倅、敏光のお父さんだった。

(つづく)

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