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餓鬼2



それは見覚えのある自転車だった。
コンビニの前を通りかかった正治はゆっくりと立ち止まり、コンビニの駐車場に屯している学生服姿の少年達をソッと見た。
髪を金髪に染めた少年が、スタンドを立てた自転車に跨がりながら仲間の話を聞いていた。突然、キャハハハハと馬鹿笑いしたその少年が不意に自転車のペダルを空漕ぎすると、少年の腰にぶら下がっていたチェーンがチャラチャラと音を立てて揺れた。
その少年が跨がっている自転車は、明らかに正治の母親の自転車だった。

正治の母親は、正治が小学四年生の時、肺ガンでこの世を去った。
母親が死んでから、その自転車は誰にも使われず、最後に母親が買い物に行った時の状態のままで駐輪場に放置されていた。
いつも学校から帰って来た正治は、駐輪場のその自転車を見つめながら、これは夢なんだこれは夢なんだ、と、心の中で何度も念じてはアパートの階段を上った。そして、夢よ覚めろとばかりにアパートのドアをバッ!と開けるが、しかしそこには優しいお母さんの姿はなく、荒れ果てた部屋の中で飲んだくれるオヤジがポツンといるだけだった。

そんなお母さんの自転車に、今、どこかの不良中学生が跨がっていた。
自転車の前車輪に付いていた鍵は激しく蹴飛ばされ、ぐにゃりと斜めに曲がっていた。それを見た瞬間、棺桶の中で眠るお母さんの顔が蹴飛ばされたような気がして、正治の胸に熱いものがムラッと込み上げて来た。
「なんだよ」
コンビニのベンチの上でウンコ座りしていた少年が、こっちをジッと見ている正治に気付き、いきなり鋭い視線を向けて来た。
少年達が一斉に正治に振り向く。
「なんか用かガキ」
お母さんの自転車に跨がる少年が、口に銜えていたアイスキャンディーの棒を正治に投げつけながら凄んだ。その少年の鼻と唇には、銀色に輝くピアスが無数にぶら下がっていた。
込み上げて来る熱いものを必死に押し殺していた正治の喉がヒクヒクと鳴り出し、自然に目からジワっと涙が溢れた。
「なんだこいつ……」
ベンチでウンコ座りしていた少年がニヤニヤと笑いながら立ち上がった。歩道に突っ立ったままいきなり泣き出した正治を見つめる少年達のその目は、暇つぶしにはもってこいの玩具を見つけたといった具合に、ギラギラと輝いていた。
正治はそのまま一直線の歩道を走り出した。走り出したと同時に「わっ」という声が洩れ、一気に涙が溢れ出した。
背後から「知能遅れだろ」っという少年の声と、下品な笑い声が聞こえて来た。
号泣しながら一目散に走る正治は、絶対にあの自転車は取り返してやる、そしてあの金髪野郎をぶっ殺してやると心の中で何度も叫び、狂ったように鳴り響く警報機を無視して踏切を駆け抜けたのだった。



そこは町外れにあるボウリング場の跡地だった。
十年以上前に閉鎖されたこのボウリング場は、解体される事も無くそのまま不気味に放置されていた。今では周囲を鉄パイプの柵とベニヤ板にぐるりと囲まれ、完全に廃墟と化していた。
そんなボウリング場の廃墟が哲雄達の秘密のアジトだった。
一階の駐車場には数人のホームレスが暮らしている為、哲雄達は非常階段のガラスを破り、ボウリング場の建物の中に不法侵入してはそこにアジトを作っていた。
しかし最近は、建物の中にまでホームレスが侵入して来ているらしく、その形跡が所々で見つかっていた。

「あいつら、便所の水、流してねぇし……」
鼻を摘みながらトイレの個室をひとつひとつ覗いて回るミツオが、黒柳徹子のような鼻声でそう呟いた。
「あたりめぇだろ、ここは水道が使えねぇんだから」
そうケラケラと笑いながら、正治が黄色く乾いた小便器に小便をする。
「でも、この糞の量からすると結構な人数が入り込んでるみたいだな……」
鼻を摘む哲雄が、やはり黒柳徹子のような鼻声でそう呟きながら個室の便器をソッと覗き込むと、一番奥の個室から「こりゃコキたてのほやほやだ……」と笑うミツオの声が埃まみれのトイレに響いた。

そんなボウリング場の奥には、二階へと繋がる階段があった。
その階段は頑丈な防火扉で閉鎖されていたが、鍵は掛かっていなかった。
携帯の照明で足下を照らしながら階段を上がって行くと六畳ほどの小さな部屋に辿り着いた。
そこはボウリング場を照らす照明のコントロール室で、その部屋の正面にある大きな窓ガラスからは巨大なボウリング場を一望に見下ろす事が出来た。

そんな窓際に照明のコントロールスイッチがズラリと並んでいた。
その照明ブースは既に何者かによって破壊され、無惨な廃棄物と化していたが、しかしそこをアジトとする哲雄達にとっては、そこは重要な場所でもあった。
「ミサイル発射!」
正治がそう叫びながら壊れたスイッチを押すと、ミツオが窓からボウリングの球を投げ落とした。
天井がやたらと高いボウリング場の二階は、一般のビルの四階ほどの高さがあり、そこから落とされるボウリングの球は床のレーンを粉々に砕いてしまう凄まじい破壊力を発した。
だからそのコントロール室には、いつ外敵が攻めて来てもいいようにと大量のボウリング球が運び込まれていたのだった。

「ナパーム弾投下!アメリカを焼き尽くせ!」
壊れたスイッチを連打しながら正治がそう叫ぶと、ミツオが次々にボウリングの球を投げ捨てた。
ボウリングの球が床に激突する度に凄まじい破壊音が轟き、それは静まり返った場内にゴワーン、ゴワーンっと響いては、しばらく鳴り止まなかった。
ボウリングの球を抱えながら額に汗をじっとりと浮かべていたミツオが「俺にもやらせてくれよ」と唇を尖らせ、面倒臭そうにボウリングの球を窓の下に投げ捨てた。
「うるせぇ三等兵、早く次の爆弾を投下しろ! ほらほら連続投下だ!」
興奮した正治はカチカチカチカチと壊れたスイッチを連打する。
「もうイヤだ」っと、拗ねたミツオがその場にしゃがみ込むと、そこでやっとその激しい破壊音は止まった。

「おい、そんな事より、これ見てみろよ……」
照明ブースの後のソファーで、せっせと金を数えていた哲雄が、味付け海苔の缶をポンポンと鳴らしながら声を震わせた。
「なんだなんだ」
正治が後のソファーに飛び移ると、拗ねてしゃがんでいたミツオもノソノソとやって来た。

「今まで溜めた十二万と昨日の三十万を足して四十二万円だ!」

哲雄が嬉しそうに叫びながら一万円札の束を二人の前に突き出し、それを扇子のように広げながらパラパラと振った。
正治が「おおおお!」と奇声をあげながらそれを奪い取り、いきなりソファーの上に立ち上がると、なにやらデタラメなメロディーを口ずさみながら一万円の扇子をパタパタと振り、矢鱈滅多らと腰をクネクネ振りながら踊り出した。それは、テレビでよく見るバブル全盛期のディスコのマネだった。
すかさず「俺にもやらせてくれよ!」っとミツオがソファーの上の正治にしがみついた。
「うっせぇなぁ!おまえ、何で俺のマネばっかすんだよ!」
正治がそう怒鳴りながらミツオの鼻に膝蹴りを喰らわせた。
「うぶっ!」と唸り声をあげながら大袈裟にひっくり返ったミツオは、剥き出しのコンクリート壁におもいきり後頭部を打ち付けた。鼻よりも後頭部の方が痛かったのか、頭を抱えたまま踞ってしまった。
「ワザとらしいリアクションすっからバチが当たったんだ」
踞るミツオの後頭部に正治がそう吐き捨てると、ミツオは頭を抱えたまま、「なんでもかんでもショウちゃんばっかり卑怯だよ!」と意味不明な言葉を叫び、鼻と唇をグビグビと音立てながら泣き出したのだった。

そんな二人を呆れて見ていた哲雄が小さな溜息を付いた。
「そんな事より、次の作戦をそろそろ考えようぜ」
そんな哲雄の溜め息混じりの言葉に、正治はコクンと頷きながらソファーに腰掛けると、「やっぱターゲットはヤクザだな」と独り言のように呟いた。
「でも、どうやってヤクザを見つけ出すんだよ。それに、たとえ見つけたとしてもそいつが金を沢山持ってるかどうかなんてわかんねぇし……」
哲雄はそう言いながら、テーブルの上に置いてあるセブンスターの箱から煙草を一本抜き取った。そしてそれを唇の端に銜えながら、「ヤクザの財布を死に物狂いで奪って、そんで財布ん中が空っぽだったなんて最悪だぜ」と呟き、百円ライターをシュポっと擦った。

そんな哲雄を見つめていた正治がニヤリと笑った。
「それがよ、うってつけのカモを知ってんだよ俺……」
「カモ?……誰だよそれ……」
哲雄は口の中にジワっと広がるニコチンの苦味に顔を顰めつつ、咽せそうになるのを必死に堪えながら慌ててフーフーっと煙を吐き出し、聞いた。
「シャブの売人だ」
「……シャブ?」
「ああ。いつも決まって金曜の夜になると佐古多橋の入口の路地に車止めてる奴がいるんだ。そいつシャブの売人らしくてさぁ、毎晩すげぇ荒稼ぎしてるらしいんだよ」
「……誰が言ったんだよそんな事」
「板金屋の康介さんだよ。この間さぁ、康介さんと銭湯で一緒だったんだ。その帰り道にね、その売人が客にシャブを渡してるとこ俺たち見ちゃったんだよ」
興奮気味の正治は哲雄の手から煙草を奪い取ると、それを一気にスパスパと吸った。そして正治もやっぱり哲雄と同じように口内に広がる苦味に顔を顰めると、床にブチュっと唾を垂らしては「苦っ」と呟き、話しを続けた。
「康介さんが言うにはよ、そいつは関西からやって来た暴力団らしいんだ。松木組に佐古多橋の縄張りを借りてシャブを売ってんだってよ」

正治が言う松木組とは、この町で知らない者はいないという有名な暴力団だった。二年前、この町の繁華街の路上で組員同士が拳銃を撃ち合うという西部劇さながらの事件があった。その時、たまたま通りかかったスナックの女が流れ弾に当たって怪我をし、それをテレビのニュースで知った哲雄達は、子供ながらに松木組のその凶暴さに震え上がったものだった。
当然、哲雄達だけでなくこの町の者ならば、その名前を聞けば大人から子供まで揃って背筋をブルっと震わせるくらい、松木組というのは悪名を轟かせている暴力団だった。

「松木組はヤバくないか……」
哲雄はゴクリと唾を飲み込みながらそう呟いたが、しかしすぐにその唾を吐き出した。哲雄の喉は煙草と埃でイガイガし、せっかく飲み込んだ唾をすぐに吐かずにいられなかったのだ。
「確かに松木組はヤバいけど、でもそいつは松木組じゃなくて関西のヤクザだって康介さんが言ってたからさ、大丈夫じゃね?」

板金屋の康介さんというのは、地元の小さな暴走族の元リーダーだった人だ。
暴走族を卒業後、先輩に誘われて松木組に入ったらしいが、しかし半年もしないうちに組から逃げ出し、必死に北海道まで逃げてそこで知り合った女と結婚したものの、すぐに離婚してまたこの町に舞い戻って来たという変な人だった。今は松木組に襲われないよう警察に保護されながら家の板金屋で働いていた。
そんな事情通の康介さんが言うのだから間違いないと哲雄も思うが、しかし『松木組』と『シャブの売人』というキーワードが、幼い哲雄の心を酷く脅かせていた。

「でも……そんな売人からどうやって金を奪うんだよ……捕まったら殺されちゃうよきっと……」
まるで叱られた後の子犬のような脅えた目で、正治の顔をソッと覗き込みながら聞いた。火がついたまま床に転がっている煙草は、まるで線香のように一本の煙を天井に昇らせている。
「それがさ、そいつヨボヨボの爺さんなんだよ。背も低くてガリガリに痩せてんだ。だからそんな奴、金属バットでぶん殴ればイチコロさ」
正治はブンッ! とバットを振るジェスチャーをしながら不敵に笑った。
「バットなんかで殴って怪我したらどうすんだよ、俺たち警察に捕まっちまうぜ」
「大丈夫だって。そいつはシャブの売人なんだぜ。怪我したって警察なんかに言えねぇよ」
そう正治がヒヒヒヒヒっと不敵に笑い出すと、さっきから部屋の隅で、一万円の扇子を振りながらジュリアナダンスを踊っていたミツオが、いきなり動きを止めては「あっ!」と小声で叫んだ。
哲雄と正治がサッ!とミツオに振り向いた。
ミツオは窓の外を指差しながら「誰か来た!」と細い目をおもいきり見開き、慌てて腰を屈めたのだった。

三人は一斉に息を止め、耳を澄ました。
たちまち不気味な静けさに包まれた。
階下のボウリング場から、ジャリッ、ジャリッ、と砂を踏みしめる足音が聞こえて来た。
哲雄と正治がアイコンタクトを取るように無言で見つめ合った。その瞬間、しゃがんでいたミツオの尻からパスっとガスが漏れ、すかさずミツオが「悪りぃ」と呟いた。
そんなミツオの屁は、あつあつの石焼き芋を半分に割った時のような、そんな甘い香りがしたのだった。

(つづく)

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