夏休み子供劇場16・おんぼろ長屋
2012/05/31 Thu 00:13
薄らと明けかかった空は、紺色と水色のツートンカラーだった。
それは夕暮れの空に似ていたが、しかし、透き通った空気と静まり返った町並は、明らかに夜明け前だった。
僕と敏光は盗んだプラモデルの箱を抱えながら、霧が立ち込める薄暗い町をトボトボと歩いていた。
おっちゃんが敏光のお母さんを見送ろうと勝手口に行った隙に、僕達は押入れを抜け出し、窓から脱出したのだった。
小さなドブ川に掛かる神明橋を渡ろうとした時、向こう岸からタクシーが走って来るのが見えた。
僕と敏光は、橋の入口にある白い家のガレージの中に咄嗟に身を隠した。
こんな時間に、小学生が大きなプラモデルを抱えてトボトボと歩いていれば、瞬く間に通報されてしまうと思ったからだ。
僕達は白い車の陰に隠れながら、タクシーが通り過ぎるのをジッと待った。
しかし、タクシーが通り過ぎて行っても敏光はそこにしゃがんだまま立とうとはしなかった。
「俺、もう家には帰りたくないよ……」
敏光がそう呟いたのは、新聞配達のオートバイが橋を渡ってすぐのだった。
敏光はズック靴の破れた部分を指でほじくりながら、グスンっと鼻を啜っている。
「今まで黙ってたけど……」
そう呟きながら、僕は敏光の前にソッとしゃがんだ。
僕のその言葉に、敏光は鼻をズズッと啜りながら静かに顔をあげた。
「実は、僕の姉ちゃんもおっちゃんとエッチな事をしてたんだ……」
ポツリとそう呟いた僕に、敏光が「えっ?」と驚きながら目を見開いた。
「僕、見ちゃったんだ……姉ちゃんがおっちゃんに裸にされてビデオで撮影されてるとこを……」
全く悲しくはなかったが、しかし僕の目には自然に涙がウルウルと溜って来た。
敏光は、そんな僕を見て何かが吹っ切れたようだった。
僕の肩をポンッと叩きながら「俺達、一緒だな」と同調を求める敏光は、涙でグシャグシャになった顔をニヤリと笑わせると、ゆっくりと立ち上がったのだった。
翌日、古瀬文具店は大変な騒ぎになっていた。
ザワザワと集まる近所の人達に囲まれたおまわりさんが、「これは子供の犯行だなぁ」と腕を組むのを、電信柱の影から見ていた僕は、乾いた喉にゴクリと唾を飲み込んだ。
プール帰りの小学生達が、続々と文具店の前に集まって来た。
おっちゃんはそんな小学生達ひとりひとりに「犯人はおまえだろ!」と怒鳴って回り、おまわりさんに引き止められていた。
僕は一刻も早く敏光に知らせなくてはと、急いで敏光の家に向かったのだった。
糞尿の匂いが漂う長屋の裏を駆け抜け、毛玉だらけの雑種犬に吠えられながら、敏光の家の勝手口に飛び込んだ。
「敏光くーん!」と叫びながら、狭い台所の床に倒れ込むと、台所で洗い物をしていたおばちゃんが「あらっ」と、微笑みながら僕を見下ろした。
瞬間、水風船のような乳とパックリと開いた毛もじゃらの穴、そして(もっとズボズボして!)と叫ぶおばさんの声が頭の中に甦った。
慌ててガバッ! と起き上がった僕は、そんなおばさんの顔をみれないまま「敏光君は……」とモジモジした。
僕のすぐ後を電車が熱風を撒き散らしながら通り過ぎて行った。
電車の音が静まると、おばちゃんはエプロンで手を拭きながら「今ね、お婆ちゃんちにスイカを貰いに行った所なのよ」と笑った。
そして、すぐ来るから入って待ってて、と、僕を奥へ招き入れた。
海の家に敷いてあるような『緑のムシロ』の上に、古びた卓袱台がポツンと置いてあった。
窓には青いビニール簾がぶら下がっているせいか、部屋は全体的に青かった。
チリリン、チリリン、っと忙しなく鳴る風鈴の音を聞きながら卓袱台にポツンと座っていると、麦茶を持ったおばさんがムシロをスリスリと音立てながらやってきた。
「今,スイカが来るからね、それまで麦茶で我慢しててね」
おばさんはそう言いながら、夏目雅子のような優しい顔で微笑んだ。
その顔からは、昨夜見たあの壮絶な表情は想像もできなかった。
おばさんはクルッと僕に背を向けると、押入れの襖をズズズッと開けた。
押入れの二段目に小さなテレビがポツンと置いてあるのが見えた。
「敏光が帰って来るまでテレビでも見ててね」
そう言いながらおばさんがテレビのスイッチを入れると、いきなり『メルモちゃん』のエンディング曲が流れ出した。
それは『おはよう子供劇場』だった。
この後は『魔法使いサリー』が始まる。
僕はこっちの番組よりも、裏番組の『夏休み子供劇場』のほうが好きだった。
『おはよう子供劇場』はどちらかというと女の子向けで、『夏休み子供劇場』は『妖怪人間ベム』や『ジャングル大帝』といった男の子向けの番組が多かったからだが、しかしチャンネルを返る勇気はなかった。
僕はテレビを見るフリをして、台所に立つおばさんの細い背中を見つめていた。
そんな僕のチンコは、半ズボンの中で汗まみれになりながらも固くなっていたのだった。
(つづく)
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