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コブラ17




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 ガシャン!と閉められた鉄格子は、その激しい振動の余韻をゴワンゴワンゴワンとコンクリートの狭い部屋に谺していた。ソッと後を振り向くと、床に開いた便所の穴の隅で一匹の巨大カマドウマが長い触覚を機械的に動かしながらジッと僕の様子を伺っていた。


 渋谷のビルの屋上で情愛病院の職員達の手により保護された僕とあずみちゃんは、そのまま情愛病院へと連行された。
 病院に着きさっそく院長室に呼び出された僕は、「キミには失望したよ・・・」っと院長に呟かれながら解雇処分の決定書類をおもむろに突き付けられた。
 院長は、項垂れる僕に向かって「本来ならば刑事事件として処理されるところだが、被害者がまだ未成年だという事と病院の信用等を考慮し、警察への届けはしなかったからありがたいと思いなさい」と訓示しながら、とっととこの病院を出て行けと言わんばかりに僕の目をギッと睨んだ。

 僕はそんな院長の怒りの籠った目に睨まれながら、「解雇されるのは当然の事なんですが・・・」と、前置きをしながらも、ポツリポツリとこの病院の地下の特別病棟で起きている悲惨な現状を訴えた。
 それはもちろん、僕がこれまで特Bの患者に対して行なって来た破廉恥行為の数々も全て素直に白状し、そしてその特別病棟のボスである中村の悪事も洗いざらい全て告白した。

「このままではあの少女は中村に殺されます!ですからあの中村という男を今すぐ刑務所に送って下さい!」

 僕が必死にそう訴えると、驚きを通り越した恐怖の表情を浮かべた院長は、「まさか自分の病院でそんな恐ろしい事が・・・」と言わんばかりにブルブルと身体を震わせながら隣にいた副院長を見た。

 院長と目が合った副院長は、その瞬間「ふっ」と笑った。そして副院長はゆっくりと僕の隣にやって来ると、僕の肩にソッと腕を回しながら院長を見た。

「やはり、彼は精神検査をしたほうがよろしいようですね・・・」

 副院長がそう笑うと、院長は引き攣った顔のまま「うむ」っと頷いた。
「ちょっと待って下さい!これは本当なんです!他の看護士にも聞いてみて下さい!いや患者達だってみんな同じ証言をするはずです!」
「うんうんわかった。キミのその妄想は後で私がゆっくりと聞いてあげるから・・・・」
 副院長はそう言いながら僕を院長室から追い出そうとする。
 そんな副院長は恐らくこの事実を知っているのだろう。しかし、特別病棟がこの副院長の管轄であるがために、それを院長に知られたくないとこの事実を揉み消そうとしているに違いない。

「院長!本当なんです!信じて下さい!」

 そう叫ぶ僕を院長はジッと見つめながら、ゆっくりと副院長に目を向けると「早く連れて行きなさい」とばかりにゆっくりと首を横に振った。

「さっ、行こう」
 僕の両サイドに屈強な看護士が並び、2人は僕の腕をガシッと握った。

「わかりました。わかりましたから手を離して下さい」
 僕はそう言いながら落ち着いた面持ちで看護士に握られる両腕を振り解いた。

「いいでしょう。素直に精神検査を受けます。そのかわり、その前に電話を掛けさせて下さい・・・」
 僕はそう言いながらポケットから携帯電話を取り出した。

「どこに電話をするんだ・・・」
 副院長が携帯を握る僕の腕を掴んだ。

「離して下さい・・・僕はこの事実を全て警察とマスコミに告白します。だから僕が精神検査を受ける前に・・・」と、言った瞬間、副院長は素早く僕の手から携帯電話を奪い取った。

「こいつを今すぐ特別病棟に隔離しろ!精神検査などしなくていい!こいつは間違いなく妄想に狂った分裂病者だ!副院長の私が言うんだから間違いない!」
 
副院長のその鶴の一声で、僕は事実上精神異常者としての確定をされた。
 確定された以上、もう何を言ってもどうあがいても無駄だ。副院長が僕をそう確定した以上、もう僕のその声はいち精神異常者の妄想としか受け取られなくなり、警察もマスコミも誰も僕を相手にしてくれないだろう・・・・


 21167番。これが情愛病院第三特別A病棟に隔離された僕の新しい名前だ。
 僕はこの名前で、この地獄のような特Aの穴蔵の中で、いつ解放されるかも未定のまま何年間も隔離されるのだ。

 僕をこの特Aの保護房に連行した看護士は、渋谷の屋上であずみちゃんをレイプしていたうちの1人だった。
 そいつは皮手錠を嵌められた僕をサッカーボールのようにドリブルしながら廊下を進み、そして、「おまえの入院は確実に十年以上だろうな」とヘラヘラと笑った。そんな看護士に僕が「弁護士を呼んでくれ!」と叫ぶと、看護士は更にヘラヘラと笑いながら僕の尻をバシバシと蹴り上げ、「おまえのような精神異常者の話しをまともに聞いてくれる弁護士なんていねぇよ!」とそのまま僕を突き飛ばした。

 皮手錠を掛けられたまま廊下の床に倒れた僕は床に額を激突させた。一瞬目の前が真っ暗になり、廊下の床の冷たさだけがひんやりと頬に伝わって来た。
「うぅぅ・・・」と起き上がろうとすると、右側の居室の中に電線だらけのヘッドギアを付けた松川さんがボンヤリと天井を眺めているのが見えた。
 松川さんのその姿は紛れもなく数年後の僕の姿だろう。

 ラグビーのボールのように保護房に投げ込まれた僕は、今まで聞いていた鉄扉が閉まる音を違う立場で聞いていた。足下をピョンピョンと飛び跳ねる巨大なカマドウマと、壁にウンコで殴り書きされた「おまえ死ぬぞ」という不気味なラクガキ。そんないつもの何でもなかった光景が、立場が逆転した今は実に恐ろしくそして吐き気がした。
 皮手錠を嵌められたままの僕はまるでアザラシのように床を這いながら壁の隅に敷いてあるスノコへと移動した。
 コンクリート剥き出しの床は、何十年にも渡る狂人達の血と汗と垂れ流しの糞と小便にまみれ、まるで屠殺場の床のように黒ずんでいた。
 恐ろしく臭い。そして異様に寒い。ズルズルと身体を這わす度に部屋中に潜んでいた大量のカマドウマたちが慌て驚き、狂ったように部屋中をピョンピョンと飛びまくっていたのだった。

 長い時間を掛けてやっとの思いでスノコの上に這い上がると、鉄格子のドアの前にフッと看護士が現れた。
 カマドウマの群れの中でアザラシのように横たわる僕を見下ろしていたのは、やはり渋谷の屋上であずみちゃんを犯していた胸毛だらけのデブ男だった。
 そんな胸毛男は、僕をジッと見下ろしながら黙ったまま僕を睨み、そしておもむろにドアの横の小窓をスっと開けると、「おい、メシだ。喰え」と、その小窓からしゃばしゃばになったお粥をドス黒く汚れたコンクリート床にビシャ!と撒いた。

 悪臭漂うコンクリート床に撒き散らかれたお粥は、一瞬ホワっと湯気を上げたがすぐに冷たい残飯と化した。いや、それは残飯などと呼べる物ではなく、もはやそれはポリバケツの底で汚水にプカプカと浮いている米粒のような物である。そんな床に撒き散らされた汚水米粒に、触覚をピーンと伸ばしたカマドウマ達が警戒しながらジワリジワリと寄っていた。
 そんな奇妙に動くカマドウマの触覚をボンヤリと見つめていた僕に、胸毛男が小窓からソッと話し掛けた。

「あの娘よぅ、屋上でマジでイッてたぜ・・・へへへ、ありゃあとんでもねぇスキモノだよな・・・やっぱおまえの時も潮吹いた?」

「・・・・・・・・・」

 僕は胸に込み上げて来るものをグッと堪えながらカマドウマの触覚を見つめていた。

「クリトリスでけぇよな・・・あれ、どー見てもオナニーのしすぎだよな・・・そう思わね?」

「・・・・・・・・・」

 僕は怒りを通り越して悲しくなって来た。僕の頬に涙が垂れる。しかし皮手錠を嵌められアザラシのように床にゴロリと寝転がる僕には頬の涙を拭う事すら今はできなかった。


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 そんな地獄の保護房生活から一週間が過ぎた。
 特Aも特Bと同じで、新入一週間は問答無用で保護房に入れられ、その一週間を過ぎると一般房へ移される。当然、一般房のほうがベッドもあるしトイレもあり劣悪な保護房に比べたら遥かに生活しやすい為、一週間の保護房終了時にはどんなツワモノもホッと肩をなで下ろすものだが、しかし僕の場合は違った。
 僕の場合、逆にこの本棟の監視カメラで監視されていた保護房は絶対の安全地帯であり、ここを出て一般房に移されれば地獄なのである。そう、特Aの一般房は中村の支配下なのだ・・・・

 そんな僕は12号室に転房させられた。
 コンクリートの壁に囲まれた部屋は、長年この部屋で苦しんできた精神異常者たちの怨念が染み込んでいるかのような泥沼的なパワーに貪よりと満ち溢れていた。

 そんな一般房に転房されても僕だけ拘束具は外されなかった。腹に巻かれた針金入りの皮バンドに後手に組まれた両手をガッチリと固定され、おまけに両足首にも皮パッキンと呼ばれる足枷が嵌められていた。
 僕は昼の正看護士に「なぜですか?」と拘束具が外されない理由を聞いてみた。
 すると昼の正看護士はそんな僕からソッと目を反らし「上からの指示だから・・・」と、これ以上は聞かないでくれとばかりにそそくさと部屋を出て行ったのだった。

 そんな昼勤務の正看護士たちが帰り支度を始め、夜の無資格看護士たちと交代を迎えると、いよいよ第三特別A病棟の本当の姿が現れた。

 病棟のスピーカーからは狂ったような洋楽のハードロックが流れ始め、廊下には解放された患者達が煙草やウィスキーの瓶を片手に歩き回り、そこらじゅぅから患者達の叫び声や殴り合う怒声が聞こえて来た。
 そんな患者達は次々に僕の部屋をもの珍しそうに覗きにやってきた。

「こいつだろ特Bのガキを誘拐してレイプしたって野郎は・・・」

 そう言いながら窓を覗く患者達は、僕が特Bの看護士だった事やあずみちゃんを病棟から連れ出した事件を知っているらしく、口々に「ざまあみろ」や「罰が当たったんだべ」という捨て台詞を残しては去って行った。酷いヤツになると床に寝転ぶ僕に火の付いた煙草を投げつけたり唾を吐きかけるヤツまでいる。そんな悪意の籠ったヤツラというのは全員が中村の手下の者だった。
 そんな患者達に部屋を覗かれながらもただひたすらベッドに寝転がっているだけの僕は、この悲惨な状況にふいに「エレファントマン」という古い洋画を思い出した。

 すると、そんな部屋を覗き込んでいた患者達が一斉にドヤドヤと僕の部屋の前から蜘蛛の子を散らすかのように離れ出した。慌ててドアから離れるそんな患者達の様子を見て、僕は「いよいよか・・・」と、金玉をキュッと縮まらせる。

 ヤツの足音がペシャリペシャリと僕の部屋に近付いてくるのが聞こえた。静まり返った廊下に「♪北ぁのぉ~♪酒場通りにわぁ~♪」というドスの利いたダミゴエがジワリジワリとフェードインしてくる。そんな同じフレーズばかりの「北酒場」と共に、僕の頭の中ではフランシス・フォード・コッポラの「地獄の黙示録」のテーマ曲がじんわりと流れ始めた。
 そんな僕は今、死刑執行の看守の足音に脅えては奥歯をガチガチと鳴らして脅える死刑囚そのものだった。

「よっ!」

 同じフレーズばかりの北酒場とペシャリペシャリというスリッパの音が止まったと同時に、その声が僕の部屋のドアから聞こえた。
 僕はアザラシのように寝転がったまま薄目を開けながら恐る恐るドアを見る。
 中村がいた。
 潰れた片目に、まるで明日のジョーの丹下段平のような黒皮のアイパッチを付けた中村が僕の部屋をジッと覗いていた。僕の頭の中に響くフランシス・フォード・コッポラの「地獄の黙示録」のテーマ曲が最高潮に盛上がる。

「元気だったか坊や・・・・」

 中村は唇を緩ませながら低い声でそう呟くと、ガタガタと震える僕を見つめながらゆっくりとニヤーッと大きく顔を綻ばせた。そしてしばらくの間その笑顔で震える僕をジッと見つめ、瞬間、いきなり素早くギッ!と恐ろしい形相に変貌したかと思うと、ドアに向かって「開けろーっ!」と怒鳴った。
 中村のその怒号は、まるでサムライが出陣する時に鳴らす太鼓の音のように僕の腹にずっしりと重く響いてきたのであった。


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 中村を先頭に、特Aの不良看護士たちに抱えられながら廊下を進む僕は、特Bへ続く鉄扉のゲートを潜ろうとしていた。

「約束通りおまえの両目を抉ってやるんだが・・・その前に、おまえにこの世の最後の見納めとして、とってもいいモノを見せてやるよ・・・・」

 ゲートを潜る僕の脳裏に、つい先程鉄の扉越しに中村が言ったそんな言葉が甦る。
 中村は何をしようとしているのか?それはさすがに鈍感な僕でもすぐにわかった。そう、中村は、僕の両目を潰す前に僕の目の前であずみちゃんを拷問しようとしているのだ。

 特Aと特Bとを結ぶ鉄扉のゲートが開かれると、そこには前園さんが待ち受けていた。
 前園さんは変わり果てた僕の姿を見て「ふっ」と鼻で笑うと、そのまま特Aの看護士から僕の身柄を預かったのだった。

 特Aの看護士が去って行くと、僕は前園さんに連行されながら特Bの廊下を進んだ。

「女の用意はできてるか?・・・」
 中村は廊下を進みながら前園さんにそう聞いた。
 しかし、前園さんは拘束具に縛られた僕の身体を連行しながらもそんな中村に返事をしない。
「おい!」
 中村が振り返って前園さんに怒鳴った。

「あっ?えっ?なんです?」

 前園さんは慌てて顔を中村に突き出しながら顔の右半分を中村に傾けた。
「だから、あのガキは計画通り準備できてるかって聞いてんだよ」
 中村が前園さんの右耳に向かってそう怒鳴ると、前園さんは「あぁ、はい、本日、保護房から一般房へ転房しました」と慌てて答えた。

 それを聞いた中村は急に足を止め、「ふふふふふ・・・」と不気味に笑いながら僕を見た。
 そして「おい小僧、見てみろよ前園の左耳をよ・・・」と、前園さんの肩に手をやり、強引に前園さんの体を移動させながら僕に前園さんの顔の左側を見せつけた。
 前園さんの左の耳には白いガーゼがペタリと張られていた。しかしよく見ると、ソコにあるはずの耳が跡形もなく消え、ものの見事にスッパリと切り取られていた。

「おまえがつまんねぇことすっからよ、可哀想に、こいつまでお仕置きされたんだぜ・・・」

 中村はそう呟きながら小指が欠けた手で前園さんの耳のカーゼを優しく撫でた。しかし前園さんはまったくの無表情でジッと廊下を見つめている。どうやら前園さんの左の耳は完全に聞こえなくなっているようだ。
 僕がそんな前園さんの聞こえない耳に向かって震えながら「ごめんなさい・・・」と呟くと、中村は片方の目を貪よりと重く輝かせながら「今さら遅せぇよ・・・」と僕を睨んだのだった。

 僕は全身に拘束具を付けられたままヨチヨチと廊下を連行された。途中、そんな僕を六号室の窓から見ていたモモコ患者が、僕と目が合うなり悔しそうに「ちっ」と舌打ちをした。五号室のナメクジ患者もドアのアクリルにへばりつきながらジロッと僕を見る。そして四号室の前を通りかかると、小窓からジッと僕を見つめていた茶髪患者が「ったく、ドシだなおまえは・・・」と呆れたように舌打ちすると、中村が「うるせぇポン中!」と怒鳴りながら四号室のドアを殴った。
「てめぇこそポン中じゃねぇかバッキャロー!」
 僕の背後で茶髪患者のそんな叫び声が響くが、そんな声は既に中村の耳には届いていなかった。

 二号室の前で中村が足を止めると、前園さんがそそくさとドアの前に駆け寄り急いで二号室の鍵を開け始めた。
「おうおう、ちゃんと起きてるじゃねぇか・・・」
 二号室を覗き込みながら中村が嬉しそうに笑う。
 そんな中村の後から僕がそっと二号室の中を覗くと、二号室のベッドの上ではあずみちゃんがデタラメなヨガのポーズを取りながら鍵が開けられるドアを不思議そうに見ていたのだった。


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 扉がガチャン!と開かれると、あずみちゃんは脅えるようにして慌ててベッドの隅へと逃げた。
 一週間ぶりに見たあずみちゃんのその瞳は妙に懐かしく、それを見たとたんに切なくなった僕の胸はこれから起きようとしている地獄に悲しくて悲しくて押し潰されそうになった。

「へへへへへ・・・・」

 そう笑いながら部屋に入る中村。その後から拘束具を付けられたままの僕が連行されると、あずみちゃんは僕の顔を見るなり「あっ!」と嬉しそうに笑い、急に表情をパッと明るくさせた。

「あのねあのね、あずみまた新しいヨガのポーズを考えたのよ。見て見て・・・」

 空気の読めないあずみちゃんは、ハンニバルのレクター博士のような拘束具を付けられている僕に向かってそう微笑むと、いきなりベッドの上で「うんしょ・・・うんしょ・・・」と言いながらヘンテコリンなポーズを取り始めた。

 そんなあずみちゃんを淋しそうに見つめていると、僕は前園さんにベッドの横に椅子に座らされた。
 中村もそんなあずみちゃんのデタラメなヨガを見つめながらさっさとズボンを脱ぎ始めた。

「ほら、見て!凄いでしょ!これねあずみが考えたのよ!『たぬきの手足アツアツ病』って名前なの!」

 あずみちゃんがなにやらフン転がしがフンを転がすようなポーズを嬉しそうに僕に見せると、全裸になった中村が「手足アツアツ病ってなんだ」と低い声であずみちゃんに聞いた。
 あずみちゃんは小さな体を「よいしょっ・・・」と元に戻すと、「あのね、夜になると手とか足とかかが熱くなって眠れなくなるでしょ。そうすると寝相が悪くなってお布団を蹴飛ばしちゃうでしょ。それ」と、まったく理解不明な事を中村に説明した。
 自慢げにそう説明し終えたあずみちゃんは、そこで初めて全裸になった中村に気付いたかのように「ギョッ」としながら慌てて二度見し、そして「どうして裸の?」と驚きながら中村に聞いた。

「ふふふふふ・・・・」

 中村は不敵に笑いながらあずみちゃんのベッドにドシンっと腰を下ろした。そしてあずみちゃんをジッと見つめ、あずみちゃんのそのサラサラの髪の毛を優しく撫でながら「カワイイよなぁ・・・」っと呟くと、股間にぶら下がる巨大なペニスを握りながら、「こんな可愛い顔してるのに、お目目潰しちまうの勿体無いよなぁ・・・」とあずみちゃんの大きな左目の瞼を人差し指でゴリゴリと転がした。

「触んないでよ・・・やだぁ、この豚のおじさん臭いよぅ~」

 あずみちゃんが中村から体を避けながらそう僕に言った。

「豚?・・・俺は豚のおじさんか?・・・」

 中村が笑いを堪えながらあずみちゃんに聞く。

「そっ。豚のおじさん・・・・」

 あずみちゃんはそう言いながらゆっくりと頷いた。
「豚のおじさんか・・・」っと笑いながら、いきなり中村は自分の坊主頭に手をあてた。
 そして自分のこめかみ部分を僕に示しながら「ほら・・・ここ、見てみろ・・・丸い輪っかみてぇな傷があるだろ・・・」っと突然言い出した。

 確かに中村が示すそのこめかみには小さな丸い古傷が付いていた。

「これはな、昔、まだ俺がガキだった頃、初めてぶちこまれた八王子の精神病院でよ、ロボトミーされた時の傷だよ・・・」

「ロ、ロボトミー?・・・・」

 僕は聞き慣れないその言葉に、おもわず「おもちゃのトミー」のロボットを連想した。

「あぁ、ロボトミー。今じゃ禁止されてっからどこの精神病院でもロボトミーはやらなくなったけどよ、昔の精神病院では暴れる患者にゃみんなロボトミーで大人しくさせてたんだ・・・」
 中村はそう言いながら「別名を『豚の脳味噌』って言うんだ・・・」と笑った。

「頭蓋骨にドリルで穴開けてよ、脳の前頭葉ってトコにメスを入れてそこをグチャグチャに切っちゃうんだ・・・そうするとよ、今まで暴れてたヤツがボケーっと廃人みてぇになっちまうんだ。俺ぁ、15ん時にナイフでお袋をメッタ刺しにして殺してたからよ、八王子に送られるなりいきなりロボトミーよ、そんな凶悪なヤツはさっさと廃人にしちまえってな・・・へへへへ、おかげで俺の青春はよポッカリと開いた真っ暗な穴ん中でずーっと過ごしていたさ・・・・」

 そう語り始める中村を見つめながら、どうして中村がこんな話しを語り始めたのかが僕はわからなかった。あずみちゃんが中村の事を「豚のおじさん」と呼んだから別名「豚の脳味噌」と呼ばれるその残酷な治療方法を話したのだろうか?・・・・

「二十歳になるまでの5年間、八王子の穴蔵でずっと廃人してたよ。そんな俺をある有名な医者が発見してくれてよ、すぐに俺の脳の手術をしてくれた。脳をいじったら取り返しがつかねえって言われてた時代だったけどよ、でもあの医者、名医だったんだろうなぁ、ヤツに手術してもらったおかげでよ、俺、時計が読めるようになったんだ、あとよ、テレビドラマなんかも理解して視れるようになったんだよ・・・あん時、初めて見た『寺内貫太郎一家』・・・楽しかったなぁ・・・みよちゃんが可愛くってよ・・・・」

 中村は寺内貫太郎一家のみよちゃんを思い出しているのか、嬉しそうに天井を見上げた。

「でな、その後、俺を救ってくれたその医者はよ、国から表彰されたんだよ。俺だけじゃなく沢山のロボトミー廃人を人間に戻したんだ、表彰されて当然だよな・・・・。でもな、俺ぁせっかく人間に戻してもらったってのに、そのあとヤクザになってよ、で、2人もバンバンっと殺しちまった。いや、俺だけじゃねぇ、ロボトミー廃人からその医者に助けられて人間に戻ったヤツぁ、みんな狂っちまったさ。ガーッと狂って包丁持って関係のない通行人をメッタ斬りに殺したヤツとかよ、学校に侵入して子供達にガソリンぶっかけて燃やしちゃったヤツもいたしよ、あと、電車ん中で乗客をひとりずつサバイバルナイフで殺していったツワモノもいたなぁ・・・そう考えたらよ、俺たちぁあのままロボトミーで廃人にされたままのほうが幸せだったんじゃねぇかなぁなんてな、今になって夜中にふと思ったりするわけよ・・・そう思わねぇか?」

 中村が僕の顔を覗き込んだ。
 当然だ。こいつがそのロボトミーとかいう治療で廃人のままだったら今のこの悲惨な状況はなかっただろう。そう思えば僕自身もこいつらを人間に戻したその医者を少なからず恨む。が、しかし、そんな事をここで中村に言えるはずがなかった。

「・・・だからよ・・・なまじっか中途半端な人間に戻してこんな地獄を味わうのならよ、いっそのこと人間としての感情のない豚のままでいたかったって話しだよ。わかるだろ?」

「・・・はぁ・・・」

「うん。わかってくれたか・・・。よし、じゃあ、そーいうわけで今から俺がオマエら2人にロボトミーしてやるからよ、ありがてぇと思えよ」

 中村はそうニヤニヤ笑いながら院内着からはみ出したあずみちゃんの太ももをスリスリと擦り、あずみちゃんから「触んないでって言ってるでしょ豚おじさん」と嫌がられた。

「で、でも、どうしてそれで僕達がロボトミーを・・・・」

「だからまだわかんねぇのかよオマエ・・・あのな、本当は俺はこの片目を潰された仕返しにオマエらの両目を潰してやろうと思ってたんだよな」
 中村はそう言いながら黒皮のアイパッチをグイッとズラし、そこにポッカリと穴の開いているグロテスクな傷を僕に見せつけた。

「・・・でもよ、俺、思ったんだよ。なまじっか両目が見えなくなるのって辛いだろうなぁってな。片目が見えなくなって特にそう感じたよ。うん。両目が見えなくなったらその名の通り人生真っ暗闇だもんな。だからよ、まだ若いお前らにそんな辛い人生を歩ませるくらいなら、いっその事お前らのその脳味噌をロボトミーでグチャグチャにしてよ人間としての思考や感情を完全に停止させてやった方がいいんじゃねぇかってな、思ったって話しだよ。うん。どうだ俺って男はなかなか優しいだろ?」

 とたんに僕の背筋がゾゾっと凍った。

「それならいっその事殺して下さい!でもその子は関係ありません!全部僕の責任です!ですから僕だけ殺して下さい!お願いします!」

 半狂乱になって僕がそう叫ぶと、中村はそんな僕を楽しそうに見つめながらあずみちゃんの院内着の中に手を入れた。そして暴れるあずみちゃんの胸を乱暴に揉みながら僕にこう言った。

「ダメだよ・・・死ってのはよ、俺たち精神病者にとったら幸福のゴールなんだから・・・そんな幸福をそう簡単にキミにあげるわけにはいかないなぁ・・・・」

(つづく)

《目次に戻る》 《第18話へ続く》



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