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コブラ11



               29


「あれ?どうしたの?」
 管理室で夕食後のクスリの配分をしていた前園さんは、夜勤日でもない僕がいきなり夜の特Bにやってきたのを驚いて見た。

「いえ、ちょっと近くまで来たものですから差し入れをと思いまして・・・・」

 僕はわざとらしくそう言うと、右手にぶら下げていたタコヤキを管理室の事務机の上にソッと置いた。
「ふふふふ・・・とかなんとか言いながら、あの女子高生と中村のアレが見たいんでしょう」
 前園さんはそう笑いながら、机の上に並べてあるピルケースの中に患者達のクスリをひとつひとつ入れ始めたのだった。

 いつも中村が特Bにやってくるのは、院内の機能が停止した消灯後だった。
 そんな消灯まで1時間を切っていた。僕は焦る気持ちを抑えながら、それを前園さんに悟られないようにいつもの口調で、前園さんに聞いた。

「彼女にはどれくらいの催眠剤を飲ませるんですか?」

 すると前園さんは、少し表情を暗くさせながら「うん・・・」っと頷いた。
「さっき中村の部屋に行ったんだけどね、中村のヤツ、異様に興奮しているんですよね・・・彼女が自分の娘と同じ女子高生って事でね・・・・」
 僕はそう話す前園さんの顔を、唾をゴクリとの飲みながら聞いた。
「多分、いつもよりも荒れるんじゃないかなぁ・・・いや荒れますよ、だって一番強力なスタンガンを用意しておけ、なんて私に言ってたぐらいですから・・・・」
 前園さんはそう言いながら事務机の引き出しをソッと開けた。そしてその中から注射液瓶をひとつ取り出しそれを机の上にコツンっと置いた。

「超強力な麻酔薬です。これ打っちゃえばスタンガンあてられても絶対に目を覚ましませんから・・・」

 前園さんはそう言いながら僕を見た。
「これを彼女に?・・・・」
「そう。眠ってれば、苦痛を味わなくて済むでしょ・・・・」
 前園さんは、悲しげで優しげなそんな複雑な笑顔で静かに笑うと、机の引き出しの中から使い捨ての注射器を取り出したのだった。

 前園さんは、駅弁売りが首から下げているような大きな板箱を首に吊るすと、その上に患者達のクスリを置き始めた。そして「二号室」と表示されているあずみちゃんのピルケースの中に超強力な麻酔薬の瓶と注射器を置いた。

「注射、僕が打ってきましょうか?」

 僕がそう言うと、前園さんは「ホント!」と明るい表情で振り向いた。

 そんな前園さんは「・・・いやね、約束の時間にちょっとでも送れると中村のヤツ凄く怒るんですよね・・・だから凄く助かります」っと何の疑いもせずにそう喜びながら僕にその麻酔薬と注射器を渡した。
 そんな前園さんが病棟の廊下を進み、三号室の小窓に向かって「お薬ですよ~」と声を掛けるのを横目で確認すると、僕はあずみちゃんのいる二号室の扉の鍵を開けた。
 二号室の扉を開けると、あずみちゃんはベッドの上でまたしても奇怪なヨガをやっていた。

「あれ?今日はお休みじゃないの?」
 
あずみちゃんはそう僕に言いながら、首に絡まっていた手と足をゆっくりと解いた。
「いいかい。黙って僕の言う通りにするんだ・・・」
 僕はあずみちゃんにそう告げると、急いで注射液瓶の中に注射針をプスッと挿した。
「注射?ヤダヤダ・・・・」
 あずみちゃんは大袈裟にそう言いながら布団の中に潜り込んだ。そんな布団からは、薄いピンクのパンツを履いたあずみちゃんの尻がプルンと突き出していた。
 僕はそんなあずみちゃんの布団をおもいきり剥いだ。そして布団の中で子猫のように丸まっていたあずみちゃんを抱き起こすと、「いいかい、よく聞くんだよ」と、僕は作戦を説明し始めた。そんな僕の必死な説明を聞きながらも、しかしあずみちゃんは、「痛いのはイヤなの」とひたすら呟いていたのだった。


               30


「前園さん・・・・」
 僕は、六号室の小窓を覗いていた前園さんの背後に近付きながら、前園さんの背中に向かってソッと声を掛けた。

 前園さんは六号室のハイヒールモモコによく似た患者となにやら下品な話しで盛上がっていた。
「どうしました?」
 前園さんは六号室の小窓の台に両手を付いたままサッと僕に振り返った。
「二号室、注射終わりました」
 僕がそう告げながら足を止めると、前園さんは「助かりました」とペコリと頭を下げた。僕は、右手に持っていた麻酔薬入りの注射器を前園さんに見つからないようにソッと後に隠すと、「いえいえ」と笑う。
 前園さんはそんな僕をチラッと見たまま、また六号室の小窓にゆっくりと顔を向けた。
「だからさ、俺、ハッキリ言ってやったんだよそのキャバスケに、金も学歴もねぇけどチンポのデカさだったらそいつにゃ負けネェゾってね」
 そう笑う前園さんの背後に立っていた僕は、静かに前園さんの首元を覗き込む。モモコ患者と向かい合ったままゲラゲラと笑っている前園さんの喉仏がヒクヒクと上下に動いているのが見えた。
 前園さんの首元を恐る恐る覗いていた僕を、ふいに六号室のモモコ患者が不審な目付きでジロッと見た。
 そんなモモコ患者の視線に気付いた前園さんが「ん?」と僕に振り返る。
「・・・どうかしましたか?」
 前園さんは、自分の首元を覗き込んでいた僕を不思議そうに見上げた。

「いえ・・・前園さんのそこ・・・ほら、その首の所、なんか血が出てませんか?・・・」
 
僕がそう言うと、前園さんは「えっ?うそ?」と言いながら慌てて自分の首に手をやった。
「違いますよ、そこじゃありません、ここですよここ・・・」
 僕はそう言いながら左手を前園さんの首にあてた。前園さんは「どこですか?」と言いながら、僕に首を見せるようにアゴを上に向け、そしてジッと動かないまま天井を見上げた。
「ここですよ・・・・」
 僕はそういいながら前園さんの鎖骨のくぼみに素早く注射針を刺した。

「あっ!」

 一瞬、前園さんの指が肌と針の結合部分を弄った。僕は「ごめんなさい」と呟きながら、一瞬にして麻酔薬を前園さんの体内に注入する。
 素早くスポっと針を抜くと、僕の右手に握られていた注射器を目にした前園さんが「えっ?」と驚いた。そして前園さんは、何が何だかわからない表情のまま、無言で僕の顔と注射器を何度も何度も交互に見つめている。
 そしてようやく僕が持っていたその注射が二号室の少女に打つ為の麻酔薬だとやっと気付いたのか、「どうして?・・・」と、ブクっと血玉が膨れる自分の鎖骨を触りながら呟いた。

 しかし、僕がその説明をするまでもなく、前園さんの顔はみるみると青くなり、その狭い額にはまるでバケツの水をぶっかけられたような汗がダラダラと流れ始めた。前園さんはフラフラと振らつきながら、ゆっくりとその場にしゃがんだ。そして、ユラユラと体を揺らしながら自分の爪先をジッと見つめ、まるでイジけた子供の独り言のように「絶対にヤバいよ・・・・」と呟くと、大量のヨダレをタラーっと垂らしながらドサッと廊下に崩れ落ちたのだった。

 僕は、思った以上に即効性のあるこの麻酔薬に驚いていた。もしかしたらこれは猟友会なんかが使っている獣用の麻酔薬なのではないかと焦り、慌ててもう一度ポケットの中から空瓶を取り出してはその成分を読み直す。

「あんた・・・いったい何をやらかすつもりだよ・・・・」

 手をブルブルと震わせながらも必死に瓶の成分を読んでいた僕に、六号室からこの一部始終を見ていたモモコ患者が、呆然と僕を見つめながら呟いた。
 僕はそんなモモコ患者に振り返りながら、「もうこれしか方法がないんです・・・」っと今にも泣き出しそうな声で答えたのだった。


               31


 静まり返った廊下を、前園さんの両足を引きずりながら僕は七号室へ向かった。
 この七号室は、先月、元特Bの看護士だった松川と言う男が患者を惨殺した部屋で、今は空室になっている。そんな七号室のドアを開けると、いきなり強烈な線香の匂いが僕を包み込んだ。
 部屋の突き当たりには線香立てと一緒に花や果物が供えられており、それらは前園さんが当直時に毎回この部屋に来ては供えている物だった。
 僕はその線香臭い部屋のベッドに、完全に意識不明になっている前園さん引きずり込んだ。

 前園さんをベッドの上に乗せようとしていると、ふいに、何の前触れもなく僕の背筋がゾクっと震えた。
 この部屋は、つい先日猟奇殺人があったばかりの部屋だけあり、何やら目に見えぬ不気味な空気が漂っているように感じる。僕は一刻も早くこの不気味な部屋から脱出しようと、前園さんの体をセッセとベッドの上に持ち上げる。するといきなり僕の足首にヒヤッと冷たい空気が触れた。
 前園さんの体に布団を被せようとしていた僕の手がピタッと止まり、そのまま僕は息を殺しながらジッと耳を澄ました。

 それは確かに人の気配だった。何が聞こえたとか見えたとかではなく明らかに人の気配がするのだ。そう、例えば、呼吸をしているとか瞬きをしているとかそんな気配だ。

(間違いなくナニモノかがこのベッドの下に潜んでいる・・・)

 そう思った瞬間、僕の奥歯がガチガチと音を立てて鳴り始めた。
 僕は、そのナニモノかにもし足をギュッと掴まれたらどうしよう、などと気が狂いそうなくらいに焦りながらも、その反面、そんな事あるわけがないよ気のせいだろ、と必死で思い込んだ。しかし、だからと言ってソレを確かめようとこのベッドの下を覗き込む勇気はない。ソコを覗き込んだら、ドス黒い内臓をぶちまけた狂女がニヤッと笑っていたらどうするんだ!などという狂った想像が次から次へと僕の頭に湧いて出て来て、不気味な汗を大量に流す僕はいてもたってもいられなくなった。

 前園さんの顔にガバッ!と乱暴に敷布を被せ、そのままベッドから飛び上がるようにして入口に向かってジャンプした。今にも、ベッドの下の内臓飛び出し狂女がバタバタバタっと這い出して来ては足を掴まれそうな恐怖に駆られた僕は、そのままアホのようにピョンピョンと飛び跳ねながら七号室から脱出した。
 廊下に飛び出した僕は慌てて七号室のドアを閉めた。そしてガチガチと震える手で七号室の扉の鍵を慌てて閉めた。その時、確かに僕は誰かがベッドの下に隠れているのを見た。いや、それは髪の毛が見えたとか足が見えたとかそういう物体的なものではなく、何が見えたというわけではないが、絶対にそこに誰かが隠れているという直感がしたのだ。
 必死で鍵を閉めた僕は、汗だくになりながらフラフラと廊下を進んだ。
 すると、隣の六号室の扉に顔を押しあてていたモモコ患者とふと目が合った。

「隣、変なのがいたでしょ・・・」

 モモコ患者は、扉のアクリル板を息で曇らせながらニヤリと笑った。
「や、やっぱり、なんかいますよね・・・」
 僕は体をガタガタと震わせながら六号室の扉に寄りかかった。
「煙草・・・頂戴よ・・・」
 モモコ患者はここぞとばかりに僕にそう囁いたのだった。。

 僕は煙草を吸わないから自分の煙草を持っていないが、しかし、白衣の左のポケットには患者の御機嫌を窺う為の「エサ」としての煙草がいつも忍ばせてあった。
 ハァハァとまだ恐怖が覚めやらない僕が、箱ごとその煙草を六号室の小窓に投げ入れると、モモコ患者はまるでエサのバナナを檻の中に投げ入れられたチンパンジーのように、必死な形相で床に転がる煙草を拾いながら口を開いた。

「隣の患者はね、横浜で普通の主婦をしてた女だったんだ・・・酷い幻覚ばかり見る分裂症の女でさぁ、一日中騒ぎまくってたから、隣の私はうるさくてしょうがなかったわよ・・・・」

 モモコ患者はユラユラと煙草の煙をくゆらせながらポツリポツリと話し始める。

「なんたって真面目な主婦だからね、毎晩あいつらにあんなことされてちゃ、治る病気も治らないよ・・・」

 僕はやっと治まりかけて来た恐怖を拭い取るかのように、額をダラダラと濡らす汗を白衣の袖で拭い取りながら「あいつら?」と聞き直した。
「うん。あいつらさ・・・・」
 モモコ患者は苦々しい表情でそう言いながらキッと廊下の床を見つめた。
「あいつらって・・・隣の患者とデキてたのは看護士だった松川さんだけじゃなかったんですか?」
 僕がそう聞くと、モモコ患者は煙と同時に「ぷっ」と噴き出した。

「松ちゃんはそんな人じゃないよ。あの人はとっても優しい看護士でさぁ、患者に手を出すなんてそんな外道な事は絶対にしなかったよ」
 僕はその言葉に、ふと自分が責められているような気分になり、ソッとモモコ患者から目を反らした。

「隣の患者とデキてたのは前園だよ。そりゃあ仲の良い似合いのカップルだったよ2人は。でもね、そんな2人に嫉妬したんだろうね、中村のヤツ・・・・」

「えっ?・・・中村が・・・・」

 僕は慌てて視線をモモコ患者に戻した。

「そっ、中村。あいつはね、隣のケイちゃん、あ、隣の患者、恵子って名前だったんだけどね、そのケイちゃんを前園が非番の時を見計らってはこっそり拷問してたんだよ・・・・」
「・・・・・・・・・」
「あいつ、誰かに見られながらヤるのが好きな変態でしょ、だからいつもケイちゃんを拷問する所を中村は松ちゃんに見学させてたのよ、無理矢理に・・・。それである時、運悪くいつもよりもエスカレートしちゃったみたいでさ、それで中村がケイちゃんを包丁でズタズタに切り刻んで殺しちゃって・・・・」
 モモコ患者はソコまで言ってフーっと煙草の煙を吐き、そして僕の目をジッと見つめながら「それ全部、松ちゃんのせいにしちゃったってわけよ・・・・」と、信じられない言葉を呟いた。
「で、でも・・・そ、そんな事が実際に・・・・」
 僕はカラカラの喉に唾を押し込みながら必死で言葉を発した。

「できるわけがないってそう言いたいんでしょ・・・ふふふふ・・・あんた、まだココの事なんにも知らないんだね・・・ココはね、なんだってアリの世界なの。だって完全に社会から隔離された世界なんだもんココは。権力だけがものを言う、法律もなぁ~んにもない治外法権なのよココは。だから中村が松ちゃんを精神異常者に仕立て上げて殺人犯にすることなんて、朝飯前のことなのよ・・・」

 それを黙って聞いていた僕は、今から戦わなければならない相手のその偉大さに一瞬にして金玉が縮まった。そんな大悪党、そもそもこんな小悪党な僕が敵う相手ではないのだ。

「・・・可哀想にね、前園のヤツ、夜勤の時は毎晩隣の部屋で一晩中泣いてるよ・・・だからケイちゃんもね、前園がいつもそうやって来てくれるから成仏できずにまだ隣にいるんだろうね、きっと・・・」

 その言葉を聞いて再び僕の背筋にゾクゾクゾクっと寒気が走った。
 真っ青になりながらも、廊下から六号室のモモコ患者をジッと見ていた僕の視野には、隣の七号室の扉のアクリル板が微かに映っている。そんな視野の隅っこに映っている七号室の扉のアクリル板に何かがスっと動いた。
 その瞬間、「はっ!」と七号室に反射的に振り返ってしまった僕は、薄暗い部屋の中で扉のアクリル板に顔を押し付けてはニヤッと笑っている中年の女を見た。確かに見た。
 するとその瞬間、恐ろしい怒号が特Bの廊下に響き渡った。

「ごらぁー!前園ぉぉぉぉ!早く開けろぉぉぉぉ!」

 それは明らかに中村の声だった。中村はそう大声で叫びながら特Aと特Bを繋ぐ鉄の扉をガンガンと激しく叩きはじめたのだ。
 中村のその声に「はっ!」と我に返った僕は、今の自分の置かれている立場にやっと気付いた。
(こうしちゃられない。このままではあずみちゃんが・・・・)
 そう震えながらふと見ると、それまで七号室の扉に張り付いていた幽霊は、中村の怒声に脅えたのか既に消えていたのだった。

(つづく)

《目次に戻る》 《第12話へ続く》



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