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えんとつ13

2012/05/30 Wed 22:08

タイトル13



―13―

 時計を持たない松沢には、いったいどれだけ時間が経ったのか全く予想がつかなかった。
 男が去ってからまだ五分も経っていないような気がしたし、一週間経っているようにも思えた。
 しかし、地下水が滲みたズボンの尻が、まるで死体のように冷たくなっている事を考えると、一週間とまでは行かないにしろ、かなりの時間が経っているように思えた。

 自分をここに閉じ込めた男に心当たりがあった。
 埋蔵金が唸る千両箱の上に腰掛けながら、松沢はリサイクルショップ三松の親父の顔を思い出していた。
 あの親父ならやりかねなかった。三松と言う男は、夜逃げした家から、その家族の写真がびっしりと貼られているアルバムまで差し押さえてきては、それを平気で店頭に並べるほどの銭ゲバだった。
 大黒乃湯の埋蔵金が手に入るのなら、人間の一人や二人、平気で殺すくらいの強欲な男なのだ。

(あのクソ野郎、俺の後を付けてたんだ……)

 松沢はそう思いながら、自分の危機管理の弱さにがっくりと項垂れた。
 確かに、穴を掘っている最中、誰かにジッと見られているような気配を何度も感じた。その度に松沢は、もしかしたら大黒乃湯の先代の怨念なのではないかと脅え、早々と作業を切り上げていた。
 あの時の視線が三松のモノだったとは、その時の松沢は全く想像もしていなかったのだった。

 ガクリと項垂れたままゆっくりと立ち上がると、もう一度穴を見上げた。両手を広げ、両方の壁に指を触れさせようと必死に腕を伸ばした。
 それは、古い洋画の中で、マンホールに閉じ込められたスティーブ・マックイーンが両手両脚を穴の壁に突っ張らせてはピョンピョンと上がっていったワンシーンを思い出したからだった。
 しかしこの穴は、おもいきり両手を伸ばしても、指先が触れるのがやっとだった。スティーブ・マックイーンのようにピョンピョンと突っ張りながら上って行くのは絶対に不可能だった。

 しかし、それで絶望するわけにはいかなかった。埋蔵金が奪い取られるだけならまだしも、今は生命を奪われようとしているのだ。
 携帯も食料も何も無いこの状態で、それでもなんとしてでも生き延びてやると思った松沢は、最後まで諦めるものかと、あの手この手で穴を抜け出そうとした。が、しかしそれは、オロナミンCの中に閉じ込められたムカデが、必死にもがきながら瓶から這い出そうとしているのと、何ら変わりはなかった。

 全身を泥だらけにした松沢は、遂に力尽きては水溜まりの中に尻餅を付いた。
 このまま穴を掘り続け、みるみると溜っていく水に浮かびながら脱出できないかと考えたが、しかし、手で掘った所で何の意味もなく、結局、底の泥を悪戯に掻き回しただけで力尽きてしまったのだった。

 大きな溜息をつきながら泥水を見つめていると、不意に、泥の中に埋まっていたオロナミンCの瓶がポカリと水面に浮いた。
 蓋のティッシュは水でふやけてボロボロになっていた。水の溜った瓶の中を懐中電灯で透かしてみると、まるで理科室に置いてあるホルマリン漬けの標本のように、死んだムカデが水の中に浮かんでいた。

(もうすぐ俺もこうなるんだな……)

 そう溜息をつきながら「ごめんよ」と呟くと、瓶を水の中に投げ捨てた。ポチャンっと音を立てた瓶はそのまま沈み、泥水の底から丸い空気がブクブクと泡立った。それはまるで、喫茶店で暇つぶしをしている時によくやる、ストローでアイスコーヒーをブクブクとさせるアレみたいだった。

 随分と時が経った。例え時刻がわからなくても、ジワジワと増えて来る水を見れば、確実に二日は過ぎている事がわかった。
 不思議と空腹は感じなかった。穴の中のムシッとした暑さも、ヘソまで沈んだ地下水の冷たさも、見事に何も感じなくなっていた。
 人間はこうやって死んで行くのか、と思った。死の直前に『無』の状態にしてくれるなんて、これがいわゆる『神の御慈悲』というものなのか、と、結婚前に妻とよく行った教会の神父の言葉をふと思い出した。

 身体が痺れてきた。地下水に沈んだままの下半身にはもはや神経は無くなっていた。
 千両箱の中から小判を摘み出し、それを一枚一枚泥水の中に投げ捨てていると、いつしか泥水が黄金水に変わっていた。
 そんな輝く小判を見つめながら、ふと、大山さんの事を思い出した。

 大山というのは、松沢が居酒屋チェーンを始めた頃、何かと松沢の力になってくれたオヤジ的存在の人だった。
 田舎の小さなパチンコ店から始めた大山は、わずか五十才という若さで、全国105店舗、業界ナンバーワンの売上げを誇る大手パチンコグループの会長にまで伸し上がった。
 しかし、そんな大山が五十五才の時、食道癌が発見された。しかもそれは末期だった。
 松沢が見舞いに行くと、大山は広い特別室で一人ポツンとテレビを見ていた。

「つまらん。実につまらん。今まで俺は、何の為に、死に物狂いで百億以上の金を溜めてきたんだ……。俺はもうすぐ死ぬんだ。せっかく貯めた金を使う事も出来ず惨めに死んで行くんだ。バカだよ。俺は本当にバカだよ。自分は絶対に死なないと思ってたんだ、こんな事になるのなら、元気なうちに百億全部パーッと使いまくってやるんだったよ、な、な、そう思うだろ松沢」

 そうブツブツと呟く大山の精神状態は、明らかに正常ではなかった。
 同じ事を何度も呟く大山は、『死』という言葉を口に出す度に、足の親指の爪をおもいきり毟っていた。しかし、そんな大山の足の親指には既に爪はなく、毟っているのは痛々しいカサブタだった。

「だからよ、この間、『ジャパネットたかた』がテレビで売ってた掃除機を十台まとめて買ってやったよ。どうせ死ぬんだしよ、貯めた金を使わなきゃ損だろ。な、な。だから、次も買ってやろうと思ってんだ。もうすぐ三時だから『ジャパネットたかた』が始まるんだよ。あいつ、何かと言うとすぐに『百台限定』とか言うだろ。あんなの嘘に決まってるよな、あんなモノをたった百台売った所でテレビのCM代にもならねぇっつーの。バカめ。だからよ、一番に電話してさ、『百台全部くれ』って言ってやろうと思ってんだ。あの野郎にド肝を抜かしてやるんだよ……」

 大山は挑戦的な目をギラギラさせながらテレビを見つめていた。ジャパネットのおっさんのド肝を抜く事に何の意味があるのかと尋ねたかったが、しかし松沢はそれを尋ねなかった。今まで過酷な勝負の世界で生きてきた男には、きっと凡人にはわからない何か意味があるんだろう、と、そう思ったからだ。

 しかし、そんな大山の死はあっけなかった。彼は癌に殺される前に、特別室の窓から飛び降り自らの命を絶ったのだ。
 勝負に生きた男らしい、潔い死に方だと松沢は思った。
 そんな大山の病室には、日本中のテレビショッピングから届けられた荷物が、まるで倉庫のように積み重ねられていたのだった。

 そんな大山の無念が、今、松沢にひしひしと伝わってきた。
 目の前に時価六億円の財宝があるというのに、この穴の中では手も足も出ないこの苦しみ。きっとあの時の大山さんはこんな気持ちだったんだろうな、と思うと、いつの間にか松沢の頬には、生温かい涙が溢れていたのだった。

 下半身を泥水に埋めながら、穴を塞ぐ鉄蓋をゆっくりと仰いだ。
 真っ暗だった。鉄蓋も土壁も何も見えなかった。
 つけっぱなしだった懐中電灯は弱々しくなってきたため途中で消していた。この絶体絶命の状態で懐中電灯の電池を節約する意味がどこにあるのかと思いながらも、それでも何かを期待して懐中電灯の電池を残しておいた。

 真っ暗闇の中にいると、どっちが上でどっちが下なのかわからなくなってきた。だから定期的に顔を上に向け、両手を高く掲げながらバンザイした。
 そんな事を何度も何度も繰り返していた。そうでもしないと頭が狂ってしまうのだ。
 そんな暗闇に包まれながら、恨んでいた妻の事も、騙した友人の事も、裏切った社員も、バカにした刑事も、嫌な事は全て頭の中から消えてしまった。
 唯一、そこに浮かんで来るのは息子の顔だけだった。暗闇の中でぼんやりと浮かぶ息子の顔は、嬉しそうにニヤニヤと笑っていた。父親が死ぬというのに何がそんなに可笑しいんだ、と息子に尋ねながら松沢もつられて笑った。
 そんな自分の笑い声と息子の笑い声が暗い穴の中で不気味に谺していた。笑い声を止めても、エコーのように谺す笑い声は消えなかった。
 息子の笑い声を聞きながら死ねるなんて幸せだよな、と呟くと、不意に口内に冷たい泥水が入ってきた。
 口の中に水が入ってきたという事は、きっと今の自分は逆さまになっているのだろう。
 暗闇の中、またしてもどっちが上でどっちが下なのかわからなくなってしまった。
 口内に溜る砂利を舌に感じる松沢は、暗闇の中でニヤニヤと笑う息子を幸せそうに見つめながら、もうどっちだっていいや、とゆっくり目を閉じたのだった。

(つづく)

《←目次に戻る》《14話へ続く→》



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