えんとつ12
2012/05/30 Wed 22:09
―12―
鉄板を縁の下へ運び込むと、鉄板の表面に強力な両面テープを一面びっしり貼付けた。そしてそのテープの接着剤の上に砂をパラパラと捲いた。
それは、完全なカモフラージュだった。
鉄板だけだと、床から覗き込んだ金婆さんに見つかってしまう恐れがあるが、しかしこうして表面に砂をくっ付けておけば、鉄板と地面の見分けがつかず、金婆さんに発見される恐れはなかった。
続いて消音作業に取り掛かった。
実験のため、スイッチを入れたままのサイクロン・ジェッターを穴の中に投げ入れ、そのまま鉄の蓋をしてみた。地下から、ほんの微かにガリガリという音がから響いていたが、しかし、その音は床上の金婆さんの耳にまで届くような音ではなかった。これで採掘の騒音問題も無事に解決できた。
最後に酸素の問題だが、これは至って簡単だった。鉄の蓋をしたままの穴の端に小さな溝を作り、そこにスルスルとホースを通しただけで完了だった。
このホースというのは、所謂、シュノーケルの役目であり、穴を掘ってる最中に苦しくなれば、そのホースを口にくわえて酸素補給すればいいだけだった。これで鉄板の蓋をしていても簡単に酸素補給が出来るのだが、しかし、この酸素ホースを使用するようになってから問題が一つだけ出てきた。それは、その穴の中に蟻が入り込んで来る事があり、その蟻も酸素と一緒に吸い込んでしまう事だった。
何度も蟻を吸い込んでしまってはゲホゲホと咽せていた松沢は、今にコオロギやムカデまでも吸い込んでしまうのではないかと、ビビりながら酸素補給をしなければならなかったのだった。
これらのアイテムのおかげで、穴はどんどん深くなって行った。
しかし、穴が二メートルに達した時、バケツの土を手作業で組み上げるのはこれが限界だと思い、再びリサイクルショップ三松に走った。
そこで松沢は、今までよりも倍の深さのあるバケツと、滑車とロープを手に入れてきた。
滑車を長屋の床柱に取り付け、そこにバケツを吊るしたロープを通した。
井戸水を組み上げるように、ロープをガラガラと引っ張りながらバケツを上らせて行くと、床柱に突き当たったバケツがバタっと倒れ、掘り出した土を地上に出す事ができた。
但し、滑車を使って土を穴の外に出すときは、鉄の蓋を開けておかなければならなかった。
だから、作業工程としては、最初に鉄の蓋を閉めて一気にサイクロン・ジェッターで穴を掘り、後は鉄の蓋を開けて、その掘り起こした土を外に出すという、まさに二度手間をしなくてはならなかったのだった。
作業は順調に進んでいた。
オロナミンCの中に閉じ込めたムカデを御守りとした松沢は、そんなムカデ入りの瓶を土の壁に突き刺し、それを眺めながら精力的に作業を進めた。
この調子なら地球の裏まで掘れるのではないかと鼻歌さえも出てきた。が、しかし、作業は順調でも、肝心の埋蔵金は一向に姿を現す気配を見せなかった。
埋蔵金を埋めたのは二二六事件があった年だった、と、額の汗を拭く松沢は三メートの穴の中で煙草を吹かしながら考えていた。
その時代にそれほど高性能な穴掘り用の機械があったとは考えられず、となれば、埋蔵金は人力で埋められたと言う事になるだろう。しかも、先代が財宝を埋めたのは軍の没収を怖れての事であり、当然、それは誰にも知られず秘密裏に作業を進めたに違いなく、財宝を隠す為の穴掘りの人足達を大勢雇うような事はなかったはずだ。となれば、穴を掘ったのは一人ないし二人。いや、もしかしたら、その人足から情報が漏れるのを怖れた用心深い先代は、誰にも知られる事無く自分一人でせっせと穴を掘った可能性も考えられるのだ。
そんな事を考えながら煙草を吹かしていた松沢は、地面に転がるサイクロン・ジェッターを見つめながら、あの時代にこんなモノはなかったんだと、埋蔵金が埋められた距離は然程深くないと確信した。そして、このまま掘って行けば必ず埋蔵金に突き当たるはずだと、埃だらけの自分を励ましていたのだった。
そんな穴は、気が付くとかなりの深さに達していた。一般のメジャーでは足り無くなり、作業用のメジャーをリサイクルショップ三松で買って来た松沢は、それで穴の距離を正確に測ってみると、穴はなんと四メートルにも達していた。
それは、ちょっとした井戸だった。
そんな深い深い土の中で一人黙々と作業しているのは非常に心細かった。いつ穴が崩れて生き埋めになってしまうかもわからず、穴が深くなればなる程、恐怖は募るばかりだった。
いっその事、和夫を助手にしようかとも考えた。が、しかし、油断は禁物だった。
そもそも松沢がこんな状態に陥ったのも、一人の友人を信用してしまった事から始まった事なのだ。あの時、松沢の中に危機管理というものが備わっていれば、そうやすやすと友人の保証人などにならなかったはずだ。
そう考えると、松沢の親父も同じだった。親父も松沢と同様、叔父の借金の保証人になった事が原因で人生が狂ったのだ。
それを思うと、今ここで和夫を助手にするのは危険だと判断した。
これ以上、人に裏切られたくなかった。人に裏切られる危険を犯すくらいなら、穴が崩れる危険に脅えていた方がよっぽどマシだと本気でそう思っていたのだった。
そんな穴はみるみると深くなって行き、もはや二メートルのアルミ梯子では出入りする事ができなくなった。
そこで、穴への出入りは災害用の縄梯子に変えることにした。
縄梯子を滑車同様、床柱に取り付けた。縄梯子と床柱のジョイント部分は、登山用のカラビナでしっかりと固定した。
縄梯子を穴の中に垂らし、慎重に縄梯子をおりた。縄梯子はミシミシと不気味な音を立て、そしてブラブラと不安定に揺れた。しかし頑丈な登山用カラビナが外れる事はまず考えられず、安心して縄梯子にぶら下がる事が出来た。
縄梯子にぶら下がったまま鉄の蓋を閉めた。鉄蓋の重みで縄梯子が土の中に食い込むと、今までブラブラしていた縄梯子は少しだけ安定したのだった。
そんなある日、穴に異変が起きた。遂に地中から水が湧き出てきたのだ。
それは、穴が深くなっていくにつれ危惧していた事だった。元々、ここら一帯は埋め立て地だったため、四メートルも掘れば多少の水が出てきてもおかしくはないのだ。
足首まで溜った水に、松沢は「ちっ」と忌々しく舌打ちした。水が出てきたという事は、大黒乃湯の先代もこれ以上は掘っていないという証拠でもあるのだ。
(くそっ……埋蔵金が埋まっているのはここじゃなかったか……)
そう失望した松沢は、すぐにこの穴の横の地面を掘り直さなければと焦った。裁判の期日は刻々と迫ってきていた。あと一週間しか猶予が残っていない。この一週間の間に被害者に六百万円を弁償しなければ、確実に刑務所に入れられてしまうのだ。
急いで梯子を上り、鉄蓋を開けた。再び縄梯子を下りて行くと、足下の水の中からサイクロン・ジェッターを取り出し、それをバケツの中に入れた。ガラガラと滑車をフル回転させながら次々に道具を運び出した。
そして最後に、守り神であるムカデが入ったオロナミンCの瓶を手にすると、おもわずツルっと手が滑り、瓶が足下の水溜まりの中にボチャンっと落ちた。
瓶の口には丸めたティッシュが捻り込まれているだけだった。ティッシュが水にふやけて中のムカデが逃げてしまうと思った。
慌てて茶色い泥水の中を手探りで瓶を探した。もしかしたら既にムカデは逃げ出してしまっているかも知れないと思うと、水の中を手探りしている指をいきなり刺されるのではないかという恐怖に襲われた。
水の底はかなり泥状になっていた。
泥の中をぐちゃぐちゃと掻き回しながらオロナミンCの瓶を探した。すると、地下から水が湧き出ている為、掻き回せば掻き回すだけ地面の土は溶けていき、穴はどんどん深くなって行く。
こうやってどんどん掘って行けば、いきなり水が噴き出すかも知れない、と、急に怖くなった松沢は、守り神のムカデを諦めるしかないと泥の中から手を出そうとすると、不意に指先に固い物がカツンっと当たった。
あった、と思い、手探りで瓶を握ろうとすると、それは瓶ではなく何やら四角い箱だった。
まさかと思いながら、その箱を慌てて泥水の中から取り出そうとしたが、しかしその箱は尋常な重さではなかった。
興奮しながら、泥水の中の箱を穴の隅へとグイグイ押した。穴の隅には一部だけ浸水していない場所があり、そこに押し上げようとしていたのだ。
泥水の中からジワジワとその箱が姿を現してきた。その箱は木製だった。かなりの年代物らしく、箱の四隅には黒い鉄の鋲が打ち込んである。そう、それはまさしく、時代劇でよく見る『千両箱』であった。
やっと箱を穴の隅に押し上げた。その箱は枕ほどの大きさの物であったが、しかしびっくりするくらいに重い。
その尋常ではない重さに財宝を確信した松沢は、大声で叫び出したいのを必死で堪えながら、震える指で鉄の黒い留め金を外した。
箱の蓋を開ける瞬間ゴクリと唾を飲み込んだ。
この瞬間をどれだけ夢見た事か。そう思うと、自然に顔がだらしなく綻んできた。
いくぞ、いくぞ、いくぞ、と安物のAVのように呟きながら、静かにその蓋を開けた。
蓋を開けた瞬間、その隙間から黄金色の輝きがゆっくりと放出し始めた。それは洋画のアドベンチャー映画の冒頭で、ソバカスだらけの白人少年が、古い屋敷の屋根裏部屋で発見した不思議な箱を恐る恐る開けた時のシーンのような、そんな黄金色の輝きだった。
千両箱の中身は紛れもなく小判だった。箱の中で乱雑に散らばっていた大量の小判は、まさに『ざっくざく』を表現していた。
(遂にやった………)
そう思った瞬間、ふいに松沢の頭の中にお袋の笑顔が浮かんだ。それは、スーパーの福引きで当てたルームランナーの上を嬉しそうに走っているお袋の笑顔だった。
放心状態のままその場にしゃがみ込んだ。
尻が水の中にポチャンっと沈んだ。地下水の異様な冷たさを下半身に感じながら、小判を一枚手にした。ズシリと重かった。その重みは手首だけでなく右肩にまでズシリと来た。
(取りあえず……焼肉を喰いに行こう……タンだハラミだカルビクッパだ……そしてその後は、久々にソープランドだ……)
刻みネギが山盛りになった牛タンが頭に浮かんだ。そしてローションでテラテラと輝きながら蠢く女の尻が鮮明に浮かんだ。
時価六億相当の財宝を手に入れたというのに、松沢の欲望は貧しかった。災害被災者に寄付しようという当初の謙虚な気持ちは消え失せ、今の松沢の脳裏は次々に湧いて出てくる煩悩で一杯だった。
ふと、大通りのヤナセの展示場に、真っ白なベンツが置いてあったのを思い出した。松沢が社長時代に乗っていたベンツよりもひとまわり小さな形のベンツだったが、しかし、その真珠のように白く輝くボディーは一瞬にして松沢を虜にした。
千両箱の中の小判をザクッと鷲掴みにした。たかがこれ数枚であの真珠のようなベンツが今すぐ手に入ると思うと、笑いが止まらなくなった。
(あのベンツに乗って、逃げた女房や裏切った社員達に会いに行こう。奴らの目の前でレンガのような札束をバタバタと見せびらかし、俺から離れて行った事を心の底から後悔させてやるんだ……)
そうニヤリと笑った瞬間、松沢の頭上でカチャッという金属音が鳴った。ハッ! と穴を見上げた。松沢の目の前に白い物が迫ってきた。
「わっ!」と叫びながら、見上げていた顔を両手で塞ぐ。白い物は松沢の手の甲にバタバタッと当たり、そのまま足下の水溜まりの中にパシャンっと落ちた。
泥水に浮いていたそれは避難用縄梯子だった。
どういう事だ? と、愕然としながらも慌てて穴を見上げる。頭上からズズズっという音が聞こえ、小石がパラパラパラっと落ちてきた。
目を凝らすと、鉄蓋がズズズッと動いていた。誰かが穴を塞ごうとしているのだ。
「だ、誰だ!」
慌ててそう叫んだ瞬間、一瞬鉄蓋が止まった。
「ちょっと待て!」と叫びながら懐中電灯を向けると、鉄蓋を端に人間の指が数本見えた。
ここに閉じ込められたら確実に死ぬ。
そう焦った松沢は、その指の男に向かって必死に叫んだ。
「山分けだ! 山分けしよう! とにかくそのまま俺の話しを聞け!」
そう叫びながら穴をよじ登ろうとすると、再び鉄蓋がズズズッと動き始めた。
「待て! 落ちつけ! わかった! 全部やる! 全部お前にやるからとにかく蓋を閉めるな!」
狭い穴の中に松沢の声が籠った。
しかし、無情にも鉄蓋は閉められ、そこを照らしていた懐中電灯の明かりが濃厚になった。
いったい誰なんだ……と、呆然としながら懐中電灯の明かりが丸く映る鉄蓋の裏を見つめていると、不意に、そこにぶら下がっていた酸素補給用の緑色のホースがスポッと抜け、それが松沢の顔面に直撃した。
「待ってくれ!」
そう叫びながら、こいつは本気で俺を殺す気だと思った。
抜けたホースの穴からジッとこちらを覗き込んでいる目玉が見えた。そんな目玉に向かって、何でもする何でも言う事を聞くからとにかくここから出してくれ! と狂ったように叫び、蟻地獄に落ちた蟻のように土の壁を必死に上ろうと足掻いた。
そんな目玉が一瞬笑ったように見えた。
目玉はサッと消えると、その覗いていた穴の上に何かを置いた。遂に空気穴も塞がれてしまった。
土の壁をよじ登るのを諦めた松沢は、頭上で響くジリジリという音を愕然としながら聞いていた。その音は、地面を這う音であり、男が去って行く音なのだ。
「待て! 置いて行くな! 待ってくれ! 行かないでくれ!」
土の壁を蹴飛ばし、土の壁を引っ掻き、泥水の上をぴょんぴょんと飛び跳ねながら必死に叫んだ。狭い穴の中で暴れまくる松沢の足下には千両箱から溢れた小判がキラキラと輝いていたのだった。
(つづく)
《←目次に戻る》《13話へ続く→》
アルファポリス「第3回ドリーム小説大賞」に参加しております。
誠に図々しいお願いかと思いますが、もし、「えんとつ」が面白いと思われましたら、何卒、応援の一票をお願いします(作者・愚人)