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えんとつ11

2012/05/30 Wed 23:01

タイトル11



―11―

 リサイクルショップで買った採掘道具を長屋に運んでいると、隣の家の玄関戸から和夫がヌッと顔を出した。

「いよいよ掘り始めるんですね」

 袋から顔を出している小型スコップを見つめながら和夫がそう笑った。
「まあな」と笑う松沢に、和夫は玄関戸から這い出しながら「僕も手伝いましょうか?」と言った。

「いや、いいよ。場所もここからは随分と離れてるし、作業はかなり困難だろうからね……」

「でも……」

「はっきり言っておくが、俺はキミを信用していない。だから埋蔵金の場所も教えたくないんだ。大丈夫、埋蔵金が見つかったら、今までキミから借りていた分を十倍、いや、百倍にして返してやる。だからキミは家で待ってろ。家でのんびりとプレステでもして、金の使い道でも計画してればいいさ」

 そう笑いながら松沢が家の中に消えて行くと、背後で再び「でも……」と呟く声が聞こえて来た。

 確かに助手は必要だった。場所は特定できたとしても、いったいどれだけの距離にそれが埋められているのかわからず、そう考えるとやはり助手は必要だとは思ったが、しかし、松沢は和夫を素直に信用する事が出来なかった。
 宝探しというのは、宝を探し出す事よりも、宝を見つけ出した時のほうが大変だと、昔、ハヤカワ文庫の冒険小説で読んだことがあった。それは、宝が発見されたと同時に、欲に眩んだ仲間が裏切る可能性があるからだ。
 だから、ここ最近、散々人に裏切られてばかりいる松沢は、にわかに和夫を信用する事は出来なかったのだった。

 玄関戸の鍵を閉めると、リサイクルショップ三松の袋を抱えて奥の部屋へ行った。隣りの金さんの家側の床の一部に穴がポッカリ開いていた。畳が剥がされベニヤの床板が剥がされ、縁の下に生える雑草が蛍光灯に照らされていた。
 二日前、縁の下を調査した所、埋蔵金が埋められている場所は大きなキムチの壷のすぐ隣りだと判明した。その場所を特定した方法は、煙突の影が指している屋根瓦の真下を正確に測り、数ミリの狂いもなく慎重に割り出したものであり、暗号の解読が正しければその場所に間違いなかった。

 床に開いた穴の中を覗き込みながら腰を下ろすと、リサイクルショップ三松の袋の中から『道具』をひとつひとつ取り出した。
 小型スコップ、小型ツルハシ、土を運ぶ為のバケツに懐中電灯。それらの道具を穴の中に落とすと、リサイクルショップ三松の袋の一番奥に押し込められていた箱をゆっくりと取り出した。

『サイクロン・ジェッター』

 そう書かれた箱は、まさに深夜のテレビショッピングで、インチキ臭い白人が目を爛々と輝かせながら紹介してそうな、そんな米国製の箱だった。
 しかし、外見はインチキ臭くても中身は違った。中に入っていたマシーンはいかにも働きそうな力強さが感じられた。
 定価四万八千円の物が、中古で一万四千円だった。それを一万円に負けさせた。
 三松が言うには、この『サイクロン・ジェッター』は米軍が使用している高性能な採掘マシーンという事だった。実際、二〇〇三年のイラク戦争では、爆撃で生き埋めになった兵士を救出する際に非常に役に立ったマシーンらしく、現在でも戦争や災害時には米軍はこのマシーンを重宝しているらしい。

 そんなサイクロン・ジェッターを取り出すと実際にスイッチを入れてみた。
 先端に付けられた巨大ソフトクリームのようなドリルがドドドドッという凄まじい音を立てて高速回転した。これなら短期間でかなりの距離を掘れそうだ、と松沢はとたんに興奮し始めたが、しかし問題がひとつだけあった。
 それはこの凄まじい音だった。空回しだけでもこれだけの轟音が鳴り響くという事は、地面など掘れば、瞬く間に金さん一家は飛び上がり、遂に関東大地震がやってきたかと、防空頭巾を被りながら避難所の小学校まで全力疾走しかねないのだ。
 そう考えると、このサイクロン・ジェッターを使用できる時間帯は限られていた。金さん夫婦が仕事に出かけ、金婆さんが一番風呂の銭湯に出かける、午後二時から三時までの間しかなかった。

(その一時間の間にコイツで掘りまくり、あとはコツコツと手作業で掘って行くしかないな……)

 そう頷きながら、サイクロン・ジェッターの充電器をコンセントに差し込んだ。
 時刻はもうすぐ一時だった。和夫の家から『笑っていいとも!』のエンディングテーマが微かに聞こえて来る。充電さえ間に合えば、さっそく今日の二時には記念すべき初掘りができそうだった。

 コンビニのおにぎりとコンビーフの遅い昼飯を食べた。子供の頃、牛肉といえばこのコンビーフだった。年に一度か二度、お袋が奮発して食べさせてくれた。
 コンビーフといえば、小学生の時こんな事があった。
 同じクラスの中根君から誕生日パーティーに呼ばれた事があった。中根君はクラスの学級委員だった為、恐らくクラスのイジメられっ子だった自分を義理で呼んだのであろうと松沢は思っていた。その中根君の家で出されたカレーライスには消しゴムほどの大きさの牛肉がゴロゴロと入っていた。そんなゴロゴロの牛肉を食べるのは生まれて初めてだった。いつもコンビーフしか食べた事の無かった松沢の牛肉のイメージは、『ぐちょぐちょ』だったため、その牛肉の塊のガリッと来る歯ごたえに素直に感動したのだった。
 そんな牛肉がもったいなくて、なかなか飲み込めなかった。喉の入口までくるとすぐに口内に戻し、また噛んだ。食事が終わり、皆でトランプをしている時も噛んでいた。早く家に帰ってお母さんに見せてやりたいと、口内に大切に保管していた。
 しかし、その中根君ちの帰り道、床屋の北原達に捕まった。トランプをしている間中、口をくちゃくちゃさせていたのを見られていたらしく、「どうしておまえだけガムを噛んでたんだ」と責められ、そして殴られた。ガムを出せといわれ無理矢理口の中を開けられた。松沢の口の中を見た自転車屋の佐藤が「うぇ!なんだこれ!気持ちわりぃ!」と叫び、口の中に砂場の砂を押し込んだ。
 松沢がゲホゲホと砂を吐き出すと北原達はゲラゲラ笑いながら逃げて行った。松沢はわんわんと声を出して泣いた。そんな松沢の足下にポツンと転がっていた牛肉の塊は、いつものコンビーフのように『ぐちょぐちょ』になっていたのだった。

 そんな辛い過去を思い出しながら、おにぎりとコンビーフを腹に押し込んだ。コンビーフを食べると、いつもその辛い過去を思い出してしまうため、今まで一切食べなかったが、しかし久しぶりに食べると美味かった。それはまさに貧しかった頃のお袋の愛情の味がした。

 腹ごしらえを終えると、時刻は一時半だった。サイクロン・ジェッターの充電は既に青いランプが付き、充電終了を告げていた。
 サイクロン・ジェッターを縁の下に落とすと、懐中電灯付きのへメルットを被った。金婆さんが銭湯に行くまで手掘りで掘ろうと縁の下に潜り込んだのだった。

 真っ暗な縁の下を、腹這いになってズリズリと進んだ。ヘルメットについた懐中電灯の光りが暗闇に光線を放ち、砂と埃がキラキラと舞う一本線を作り出した。ふとそんな光りに、落盤事故で坑内に閉じ込められた炭坑夫を助けに行く高倉健を思い出した。
 キムチの壷まで這って来ると、頭上からはP&G提供の昼ドラが微かに聞こえて来た。金婆さんは煎餅でも齧っているのか、時折、バリっと何かが砕ける音が響いた。

 キムチの壷から一メートル奥に、黄金色に輝くオロナミンCの瓶がポツンと立っているのが見えた。二日前、松沢が目印として、飲みかけのオロナミンCをそこに立てておいた物だった。
 目印のオロナミンCへと這って行くと、なにやらオロナミンCが動いているのが見えた。なんだろう、と思いながらオロナミンCに懐中電灯の光を当てた瞬間、そこに群がる蟲達を見て背筋がゾッとした。
 群がる蟲たちは各種様々だった。日陰で生きているせいか全体的に黒い蟲が多く、米粒のように小さな蟲から百円ライターのように大きな蟲までいた。
 近寄って懐中電灯の強い光線を当てると、驚いた蟲達は一斉にざわざわと蠢き、右往左往しながらもオロナミンCから離れて行った。それでもまだ数匹の蜘蛛がのんびりかまえていたため、オロナミンCに向けてフーっと強く息を吐くと、数匹の蜘蛛は砂埃と共にどこかに飛んで行った。

 飲みかけのオロナミンCの甘い匂いに誘われてきたのだろう、ちゃんと中身を捨てておくべきだった、と反省しながらオロナミンCの瓶を摘み、中に残っていた液体を捨てようと瓶を逆さにした。
 黄色い液体が真っ白な砂の上にぴちゃっと飛び散った。と、同時に瓶の口から黒い針金がピーンと飛び出た。
「ん?」と思いながら瓶の口を覗く。すると瓶の底に真っ黒な巨大ムカデがトグロを巻きながらジッと息を潜めているのが見えた。
 おもわず叫び声を上げる所だった。
 こんな化け物を野放しにしたらもう二度と縁の下へは怖くて入れなくなる、と思った松沢は、突発的にその瓶の先を土の中にズボッと押し込んだ。
 瓶の中に閉じ込められた巨大ムカデは全身の足をざわざわと動かしながら必死になってもがいていた。鎧を纏ったような真っ黒な身体には、無数の赤い足が毒々しく輝いていたのだった。

 しばらく瓶の中で蠢くムカデを眺めていると、頭上から物音が聞こえて来た。そろそろ金婆さんが銭湯に行く時刻だった。
 金婆さんの家の玄関戸がガラガラッと開く音が聞こえた。金婆さんの遠離って行く足音を聞きながらサイクロン・ジェッターのスイッチを入れた。

 ドドドドドっという振動音が低い縁の下に響いた。
 巨大なソフトクリームのようなドリルを地面に当てると、ババババッという音へと代わり、砂や小石を容赦なく飛び散らせた。
 しかし、そんなサイクロン・ジェッターの横暴さも地面に穴が開いて来ると次第に治まって来た。地中の湿った土が防音効果を高めているようだった。

 おもしろいように穴が開いて行った。
 わずか十五分程度で膝に達する程の穴を開けてしまった。この調子で行けばかなりペースは早いだろうと思ったが、しかし、掘った土を穴の外に運び出す作業に手間が掛かってしまい、結局、金婆さんが銭湯から帰って来るまでの間、サイクロン・ジェッターは膝までの深さしか活躍できなかったのだった。

 頭上では、金婆さんが夕食の支度を始めているようだった。マナ板の上でトントントンっと何かを切る音が、床下にモロに響いて来た。そんな音を聞きながら、穴の中から掘った土を取り出す作業に専念した。
 しばらくすると、突然頭上の床がカタカタと不気味な音を立てた。もしや! と慌てた松沢は、急いで穴の中に滑り込むと、その中で体育座りのままジッと踞った。
 案の定、金婆さんはキムチを取り出す為にそこの床を開いた。
 蛍光灯の明かりが縁の下に注ぎ込み、穴の中で踞る松沢の、爪の中に入った土さえも照らし出した。
 息を潜めて踞る松沢の目に、頭上からシワクチャの手がヌッと現れるのが見えた。
 金婆さんは気付いていなかった。まさか縁の下に人が踞っているなど夢にも思っていないはずだ。
 金婆さんの手は、キムチの壷の蓋に巻き付くビニールヒモを慣れた手つきで解き始めた。あれだけ頑丈に蓋をしているのは、きっと巨大ムカデの侵入を防ぐ為だったからなんだと納得しながら、そんな金婆さんの手をヒヤヒヤしながら見ていた。
 壷の中からキムチを取り出すと、再び金婆さんは壷の蓋をビニール紐で頑丈に固定した。床板がカタカタっと閉められると、縁の下は再び漆黒の静けさを取り戻したのだった。

 ほっと肩の力を抜いた。嫌な汗が全身からジワリと滲み出ていた。
 縁の下の害虫達も、金婆さんがキムチを取り出す時には、いつもこんな気持ちでいるのだろうかと、オロナミンCの瓶の中で触覚だけを動かしているムカデを見てそう思った。

 翌日、リサイクルショップ三松へ行った松沢は、大きな鉄板が欲しいと三松に相談した。三松は「鉄板?」と呟きながら首を傾げ、何に使うんだと聞いて来た。

「掘った穴の蓋にするんだよ」

 すると三松は「蓋か……」と頷き、「それはベニヤ板とかじゃダメなの?」と、相変わらず下水の排水口のような息を吐きながら聞いてきた。

「できれば音が洩れないようにしたんだ。ほら、例のサイクロン・ジェッター、凄い音を出すからね」

「でも、鉄板なんかで蓋しちゃったら息ができなくなるぜ」

「うん。だから水道のホースを地上に出しておこうと思うんだ。苦しくなったらそのホースから空気を吸えるようにね」

 三松は、はははははっと笑いながら、業務用中古厨房器機のコーナーへ行くと、プロパンガスの横に立て掛けられていた赤サビの浮いた大きな鉄板を指差し、「大きな鉄板っていったら、ウチにはコレしか無いね」と呟いた。
 それは、お祭りの屋台で使われているヤキソバの鉄板だった。
 近所に住んでいるテキ屋の親父が、この度の暴力団排除条例により、二十年間ヤキソバの屋台を出していた大通りの歩道から立退き命令を出されたらしく、商売が出来なくなってしまった親父は泣く泣くその商売道具を売りに来たという、そんな曰く付きの代物だった。
 因みに、そのテキ屋の親父は、現在、東京スカイツリーの近くの路地で若い観光客達に覚醒剤を売っているらしい。
 それを聞いた松沢は、その二十年間ヤキソバを焼いて来たという年期の入った鉄板を見つめながら、ふと思った。
 その親父にそのまま黙ってヤキソバを売らせてやってれば、スカイツリーの客までに覚醒剤が蔓延する事もなかったのに、と。

 そんな悲しい鉄板とホースと強力両面テープを買った。
 三松は、ホースだけでは心細いだろうと言って、携帯用のスポーツ酸素を一本サービスしてくれた。三松は結構いいヤツだった。
 その鉄板をレンタカー屋から借りて来た軽トラックの荷台に積み込んだ。鉄板は半畳ほどあり、持ち上げるのがやっとだった。これを長屋の縁の下に運び込むのは一日仕事だな、とうんざりしながら夏の空を見上げると、東京スカイツリーの背後に立体的な入道雲がモクモクと浮かんでいるのが見えた。
 それはまるで、浮かれた東京の街に今にも襲い掛かろうとしているマシュマロマンのようだった。

(つづく)

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