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えんとつ9

2012/05/30 Wed 23:03

タイトル9



―9―

 人ごみにまみれながら歩く松沢は、たった一本のタワーが建っただけでこれほどまでに変わるものかと、その町のあまりの変貌ぶりに驚きを隠せなかった。

 東京スカイツリー。
 学生の頃、スカイツリーの近くの小さなプラスチック工場でバイトをしていた事があった。出来上がった製品をダンボールに詰めて行くという楽な作業だったが、あまりにも単純すぎて実につまらなかった。
 その帰り道、駅前に屯している不良によくカツアゲされた。その不良達は中国残留孤児の二世で、逆らうと確実に酷い目に遭わされた。
 バイトに行く度、その日の日当をカツアゲされていた松沢は、いったい何の為に毎日毎日この町に通ってるんだとアホらしくなり、もう二度とその町には行かなくなった。

 そんな町で今、松沢はとんでもない人数の観光客達に紛れながら、先の見えない超高層タワーを見上げていた。
 この町には、もう、昼間っから酔っぱらう乞食も、中国残留孤児の不良も、腹を空かせて彷徨う野良猫さえも見当たらなかった。
 見えるのは、ツアー客を引率するバスガイドの握る旗が、無数にパタパタと靡いているだけだった。

 コソ泥が言う、『フランスの先生』というのは、やはり真っ赤な嘘だった。
 新潟の公衆衛生浴場組合に電話して『大白乃湯』を尋ねてみたが、しかし、電話に出た組合員にそんな名前の銭湯は聞いた事がないと笑われた。念の為、全都道府県の公衆衛生浴場組合に電話を掛け、『大白乃湯』を尋ねてみたが、しかし、結果はどこも同じで、過去にもそんな名前の銭湯は見当たらないと回答された。
 但し、ネットで調べてみると、唯一、秋田県の温泉地の旅館に『女性専用露天風呂・大白の湯』というのがあった。そこにも問い合わせてみるが、しかし、その旅館に『阿野』という人物はいなかった。

 恐らくコソ泥には虚言癖があるに違いなかった。
 幼い頃から『大黒乃湯埋蔵金伝説』を町の人々から聞かされて続けて来たコソ泥にとって、早くその暗号を解読し、埋蔵金を掘り出さねばというプレッシャーが重く伸しかかっていたのであろう。
 だからコソ泥は、今にも埋蔵金が見つかりそうだ、などという嘘を町のみんなに話しているのだと、松沢はコソ泥の嘘の理由をそう解釈した。

 しかし、松沢はその暗号を見事に解読した。
 コソ泥が七十年近く悩みに悩んだ暗号を、松沢はものの数日で解読してしまったのだ。

【夏の日の、あのマチコの町のとんがり帽子の先】

 松沢はこの暗号を、

【『あの町この町』が町に流れ出す夏の夕方五時に、大黒乃湯の煙突の先にある『とんがり帽子』の影が差す場所】

 と、そう解読した。

 解読してみれば、なんと簡単で単純な暗号だろうと笑えてしまう。
 名探偵コナンなら、ものの一時間で解読してしまうであろう。

 そんな暗号を松沢が解読できたのは、決して松沢の頭脳が明晰だからではない。
 暗号解読に導いてくれたのはこの町の老人達なのだ。
『マチコ』を教えてくれたのは長屋の下島のお婆ちゃんで、『とんがり帽子』を教えてくれたのはキッチンむらかみの親父だった。そして『夏の日』を教えてくれたのは銭湯で出会った老人。
 もし、この三人の老人達と接触していなければ、この暗号は全くの謎のままだったに違いないのだ。

 ふと松沢は、プレッシャーに苦しむコソ泥が可哀想に思えた。彼も早々とくだらないプライドを捨て、地域住民たちと膝を突き合わせながら一緒に宝探しをしてさえいれば、もっと早くにこの暗号が解読できたであろうと思ったからだ。
 しかし彼は傲慢だった。他人の言葉に耳を貸さなかった。老舗の湯屋の旦那様ともてはやされ、埋蔵金という夢を羨ましがられて生きて来た彼は、大黒乃湯九代目をバックボーンに威張り過ぎたのだ。

 そう思うと、松沢自身、今までの自分の生き方に疑問を感じた。
 完全ワンマン社長。やることなすこと全て成功し、それもこれも全て自分の運と実力だとおごり高ぶった。
 しかし、その末路は、信用していた友人に裏切られ、その借金がもとで会社を乗っ取られた。たちまち数百人いた社員は離れ、それまで家来のように従えていた業者達もすかさず手の平を返して来た。
 挙げ句に警察に捕まり、一転して立場が罪人となると、遂に一番信頼していた妻にも逃げられた。
 会社を乗っ取られてマンションを失いそして妻子に見放されたそんな松沢に、唯一優しい手を差し伸べてくれたのは姉だけだった。
 そして、無一文となった自分を迎え入れてくれたのは、子供の頃からあれだけ憎んでいたこの町であり、そして辿り着いたのは、恨んでいた親父が唯一残してくれた小さな長屋だった。

 松沢は、途方もなく高い東京スカイツリーを見上げながら、金金金と、金を追い掛けて来たこれまでの自分の半生を走馬灯のように振り返った。そして今、こうして一文無しになってしまえば、いかに金よりも人の方が大切だったかが身に滲みてわかったような気がした。
 しかし、そう思いながらも、今の松沢は埋蔵金という金に取り憑かれている。
 だが、それは悟りを開いた自分がやり直す為の最後の仕事だと松沢は思っていた。
 埋蔵金を手に入れれば、その金で被害者に弁償できる。そして、会社を取り戻し、妻子とよりを戻し、また元の生活に戻れるのだ。
 もし、やり直す事ができたなら、残りの金を全国で災害に遭っている被災者に全額寄付しようと思った。そして、新たに儲けた金は、高齢者や失業者の為の福祉活動に使おうと、今、東京スカイツリーを見上げる松沢は、本気でそう思っていたのだった。

 暗号を解読した松沢が、オープンしたばかり東京スカイツリーを見上げているのには、それなりの理由があった。
 暗号を解読した松沢は、さっそく長屋周辺のマンションの屋上に上がったり、大きな電気店のビルの屋上に忍び込んだりしては煙突の影の先を探した。が、しかし、それらの屋上からは、別の建物が邪魔をして煙突の影の先を見つける事が出来なかった。この町の風景は、埋蔵金を埋めた時代とは大きく変わってしまっていたのだ。

 いっその事、煙突に上ってみようかとも考えた。
 そうすればおのずと煙突の先の影が見えるだろうと思った。が、しかしそれが真っ暗な夜ならまだしも、煙突の影を調べるにはまだ陽が昇っている明るい時じゃないといけない。
 夏の夕方五時といえばまだ明るく、そんな時間に煙突の梯子を上っていればたちまち誰かに見つかり、警察に通報されてしまうのがおちなのだ。

 煙突の影の先が見えない。
 そんな壁にぶち当たった松沢は、この町にはあの煙突よりももっともっと高いビルはないものか、と、投げやりに空を見上げた。するとそこには、オープンして間もない東京スカイツリーが、この町を見下ろすかのようにして聳え立っていたのだった。

 さっそく松沢は、和夫を家に呼び出した。絶対に十倍にして返してやるから五万円貸してくれ、と、ダメ元で軍資金をお願いしてみた。
 すると和夫は、あの日の銭湯での松沢の様子から何かを察したらしく、しきりに「埋蔵金が見つかりそうなんですか?」と目を輝かせて聞いて来た。そして、「もし埋蔵金が見つかった場合、その半分を僕にくれるというのなら投資してもいいですよ」と、兜町のヤリ手営業マンのようにニヤリと微笑んだのだった。
 さすが役所から生活保護の金を騙し取ってるだけあり、なかなか抜け目のない野郎だと思った。
 半分くれというのはあまりにも図々しい申し出だったが、しかし、もし本当に埋蔵金が見つかった時には、こっそりこの町からドロンしてしまえばいいだけだと松沢は細く笑いながら、和夫の出した条件に素直に頷いたのだった。

 和夫から五万円を受け取った松沢は、さっそく近所のリサイクルショップへ行き双眼鏡を探した。
 リサイクルショップ三松。
 その店の商品棚には、中古のスタンガンやコンクリートマイクといったマニアックな商品がズラリと並んでいた。
 きっとこのリサイクルショップなら、スカイツリーからもはっきりと見る事が出来る高性能な双眼鏡が置いてあるだろうと思った。
 が、しかし、そこに双眼鏡は見当たらなかった。
 松沢はリサイクルショップの親父を捕まえ、どうしても双眼鏡が必要なんだと訴えた。
 スーパーマリオのような風体をした三松の親父は、へへへへへ、と笑いながら「双眼鏡はとっくに売りきれたよ」と、窓から見える東京スカイツリーを指差した。

「聞く所によると、スカイツリーの天望デッキには、床にポッカリと穴の空いた『ガラスの床』があるらしいね。ふふふふふ。だからここらのガキ共が双眼鏡をこぞって買ってっちまったのさ」

 そういやらしく笑う三松の親父に、「そのガキ共は床のガラスから何をそんなに見ようとしてんだ?」と松沢が不思議そうに聞くと、三松の親父は更に大きな声を上げて笑い出した。

「違うよ。反対だよ。上から見るんじゃなくて、下から見るんだよ」

「……下から見る?」

「そう。あいつらはさ、地上からその床のガラスを見下ろしているギャル達のスカートの中を、下から双眼鏡で覗こうっていう魂胆なんだよ」

 三松の親父は唇の端に白い泡を噴きながら、きききききっと嬉しそうに笑った。

 この親父は、絶対に店の女子トイレに盗撮カメラを仕掛けているだろうな、と思った。
 松沢は、そんな親父を気味悪く思いながらも、ポケットの中から一万円を取り出した。

「時間がないんだ。釣りはいらないからあんたが持ってる双眼鏡を売ってくれよ」

「冗談じゃない。私の双眼鏡はデジカメ付きの超望遠ズームだよ、一万円なんてとてもとても……」

 三松の親父は鼻でそう笑いながらその場を立ち去った。先程から、女子高生らしき若いアルバイト店員が「店長、このアンパンマンのぬいぐるみはいくらで売るんですか」と、客を前にしながらしきり叫んでいたのだ。

 松沢は、そんな親父の後を追うと、アンパンマンのぬいぐるみの値段をバイト店員に伝えている三松の親父の背後にソッと忍び寄った。そして親父の肩越しにバイト店員を見つめながら、三松の親父の耳元にソッと囁いた。

「あんた、従業員の更衣室にカメラ仕掛けてるよね……それ、その子に言っちゃっていいのかなぁ……」

 いきなり三松の親父がガバッと振り返った。その表情はジェットコースターが坂を下りた瞬間のような壮絶な顔をしていた。
 やっぱりな、と思った。以前、松沢がチェーン展開する居酒屋の八王子店と名古屋栄店の店長がコレ系の男だった。客やスタッフから苦情が相次いだため調べてみると、やっぱり従業員の更衣室や客用の女子トイレに盗撮カメラを仕掛けていた。八王子店の店長などは客席のテーブルの下にまでカメラを仕掛けており、あれは一歩間違えば訴訟ものだったと今でもそれを思うと背筋がゾッとした。
 そんな変態店長達と、このリサイクルショップの親父は同じニオイがプンプンとした。
 親父のその核心を突かれた真っ赤な表情を見れば、盗撮行為をしているのは間違いなかった。

「それに、あんたトイレにも仕掛けてるよね……お客さんに話しちゃってもいいのかなぁ……」

 松沢は更にそう囁きながら、目の前でアンパンマンの中古ぬいぐるみを品定めしている若い主婦を見た。
 三松の親父の目が泳いだ。三松はいきなり松沢の手を掴み「ちょっと」と呟いた。そして店の隅へと松沢を連れて行ったのだった。

「売ってくれなくてもいいよ。一日貸してくれるだけでいいんだ」

 店の隅でそう呟く松沢は一万円を三松に突き出した。

「一日リースで一万円なら文句ないだろ。それに、保証金としてもう二万円置いて行くからさ……」

 そう言いながら、隣りのラックで商品を並べている、ミニスカートの若いバイト店員を意味ありげに覗き込むと、三松は再び顔を真っ赤にさせながら、「誰から聞いたんだ。米松君か、それとも片山さんか」と声を潜めた。そんな親父の息は下水道ののようなニオイがした。
 松沢は、「まぁ、そんなとこかな……」とデタラメに頷くと、三松は「ちっ」と舌打ちしながら、「わかったよ」と投げ遣りに吐き捨て、松沢が差し出すその三万円を素直に受け取ったのだった。

 デジカメ付きの超望遠双眼鏡を手に入れた松沢は、そのままスカイツリーへと向かった。
 しかし、そんな東京スカイツリーに来て見たものの、スカイツリーの展望台には行けなかった。なんと、グランドオープン期間中は完全予約となっているらしく、前売り入場券がなければ入場できないらしいのだ。
 どうしていつもいつもあと一歩の所でこうなるんだよ、と、スカイツリーを見上げながら思った。そして、不意に、もしかしたら大黒乃湯の先代の霊が埋蔵金を見つけられては困ると、邪魔をしているのではないだろうかとさえ思い、自分の運の無さを先代の霊のせいにした。

 途方もなく高いスカイツリーを見上げる松沢の横を、田舎の農協団体ツアーを絵に描いたような爺様と婆様がぞろぞろと通り過ぎて行った。なんとかしてあの団体に紛れ込めないものだろうかと考えていると、突然、背後から声を掛けられた。
 振り向くと、そこには高そうなスーツをピシッと着こなした、エリート商社マンのような爽やかな男が微笑んでいた。

「いい双眼鏡ですね。これから上がるんですか?」

 男はそう微笑みながら人差し指を空に向けた。
 すぐにスカイツリーのスタッフだと思った。きっと不審者と思われたのだろう、と思った松沢は、そんな男を無視してそそくさとその場を立ち去ろうとした。すると、再びその男が声を掛けて来た。

「よろしければ、入場券があるんですけどいかがですか?」

 なんと、そのエリート商社マンのような爽やかな男は、スカイツリーのスタッフではなくスカイツリーの入場券を高額で売り付けるダフ屋だったのだ。

 昔のダフ屋と言えば、ボサボサの髪に巨人の野球帽を深くかぶり、コソコソウロウロと挙動不審な奴が多かったが、しかし、現代のダフ屋というのはとてもスタイリッシュに変身していた。

(町が綺麗になると、ダフ屋まで綺麗になるんだな……)

 そう時代の移り変わりの早さを感じながら、近くの公衆便所の洗面所で、通常料金の約四倍でスカイツリーの入場券を爽やかなダフ屋から買った。

 ようやくスカイツリーのエレベーターに乗込んだ松沢は、高速で数字が移り変わる文字盤を見つめながら、(こうもトントン拍子に上手く行くと言う事は、もしかしたら大黒乃湯の先代の霊が、早く埋蔵金を探し出してくれと急かしているのかも知れないな)と、先程とは全く別の考えを巡らせていた。

 天望デッキに降り立った松沢は、その景色に見とれる間もなく地元の町を探し始めた。
 途中、リサイクルショップ三松の親父が言っていた『ガラスの床』を発見した。足下にポッカリと空いた穴にガラスが埋め込まれ、そこから模型のような小さな町がポツポツと見えた。
 そんなガラスの上に、ミニスカートを履いた女子高生達がキャッキャッと騒ぎながら乗っていた。
 その、足下に広がる模型のような小さな町から、変態ノゾキ魔達が高性能な双眼鏡でスカートの中を覗いているとも知らないで……と、そんな女子高生達を哀れんだ目で見ていると、ふと、その床のガラスに女子高生達のスカートの中が反射し、赤や黄色の鮮やかなパンツが丸見えである事に気付いた。
 松沢はおもわずプッと噴き出した。ここに来れば、こんなに間近に覗けるというのに、と思うと、この遥か真下の地上で必死になって双眼鏡を覗いている男達が可笑しくて堪らなかった。

 そうこうしながら、松沢は地元の町が見下ろせるベストスポットを見つけ出した。時刻はギリギリ四時四十分だった。
 双眼鏡を両目にあて、大黒乃湯の煙突にズームした。確かにこの双眼鏡は高性能だった。煙突に設置された赤サビだらけの梯子まではっきりと見る事ができた。
 そんな煙突の影は、雑草が生え茂るボロボロの瓦屋根を示していた。
 そこは大黒乃湯が先祖代々所有する土地だった。

 松沢は双眼鏡を覗きながらニヤリと笑った。
 そう、夏の夕方の大黒乃湯の煙突の影は、松沢が睨んだ通り『えんとつ長屋』を示していたのだった。

(つづく)

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