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えんとつ7

2012/05/30 Wed 23:05

タイトル7



―7―

 バスを降りた松沢は、生活保護のニート青年と二人して長屋に向かって歩いていた。
 このニート青年から金を巻き上げようと企んでいた松沢は、金を受け取っている所を誰かに見られてはマズいと思い、念には念を入れて、ひとまず青年を長屋の家に連れ込もうと考えたのだった。

 そんな青年と並んで歩きながら、青年の身の上話と、そして青年が生活保護を受けるに至った経過を色々と聞いた。
 二十三才のこの青年は、名を和夫といった。二年前、父親と二人でこの長屋に引っ越して来たらしい。
 和夫は松沢と同じ高校に通い、そして一年で中退した。バカと貧乏人とヤンキーばかりがいる酷い高校だった。和夫が中退した理由はイジメだった。
 中退後、当時、近所に住んでた民生委員の紹介で、区が管理している公園のドブ掃除のアルバイトをする事になった。しかしそこでも和夫はイジメに遭い、たったの三日でアルバイトを辞めてしまった。

 そんな和夫の父親は十年前まで解体業をしていた。しかし、二十年間働いている間に大量のアスベストを肺に吸い込み、それが原因で著しく体調を壊してしまったのだと生活福祉課に訴え、今は生活保護を受けていた。もちろんそれは本人の勝手な自己申告であり、診断書等も実に曖昧なものだった。

 生活保護を受けながら、毎日パチンコばかりしていた親父は、イジメが原因で息子がアルバイトを追いやられた事を知ると、さっそく息子を連れて区役所に乗込んだ。顔見知りの生活福祉課の男を呼び出すと、まるでゴロツキが強請りをするかのような勢いで、区が管理する公園のアルバイトのせいで息子が自閉症になってしまったと息巻いたのだった。

 こうして父と子は、二人合わせて合計三十二万円という毎月の生活保護費をまんまと手に入れる事に成功した。
 しかし、政権が自民党から民主党に変わると、生活保護の不正受給者に対して世間が騒がしくなってきた。
 自分が担当する受給者の中から不正が発覚するのを怖れた生活福祉課の男は、さっそくパチンコ店へと出向くと、朝から晩までパチンコ台に向かっている和夫の父親を呼出し、このまま生活保護を受けたいのなら速やかにマンションを引っ越すように、とアドバイスをした。
 そんな生活福祉課の男が紹介してくれたのが、家賃二万円のえんとつ長屋だった。以前のエレベーター付きのマンションと比べると雲泥の差だった。
 しかし、どうせ一日の半分をパチンコ屋で過ごしていた父親にして見たら、毎月の三十二万円を失うくらいならこんな長屋でも何でも引っ越す方がマシなのであった。

 そんな経過で、この父子はえんとつ長屋にやって来た。
 それを黙って聞いていた松沢は、歩きながら何度も何度も「バカじゃねぇの」と呟いていた。それは、この堕落した父子にだけでなく、生活福祉課の男に対しての「バカじゃねぇの」でもあった。
 今まで高額納税者だった松沢は、こうして自分の血税が使われていたのかと思うと、おもわず和夫に向かって「おまえらはヒルか」と突っ込みを入れずにはいられなかった。
 が、しかし、今の松沢は、そんなヒルのような生活保護不正受給者から更に吸い取ろうとしているヒル以下の男だった。それにふと気付いた松沢は、それ以降は和夫に何も言えず、黙ったまま長屋に向かってトボトボと歩くしかなかったのだった。

 長屋に着くと、玄関前の植木鉢に取り囲まれた下島のお婆ちゃんがポツンと座っていた。
 お婆ちゃんはぼんやりと空を見つめながら、またいつもの『あの町この町』を口ずさんでいた。
 松沢は長屋の路地を進みながら、ふと(もう五時か)と思った。
 時計を見なくてもわかった。それは、下島のお婆ちゃんが『あの町この町』を口ずさむのは、いつも夕方の五時頃と決まっていたからだった。

 そんなお婆ちゃんの視線を気にしながら、松沢は和夫を家に連れ込んだ。そして、猫の額程の狭い玄関に二人して立ちすくむと、松沢は「じゃあ、約束の……」と言いながら和夫にソッと手を差し出した。
 和夫はポケットの中に手を入れると、くしゃくしゃになった千円札の束を出しながら「いつ、返して貰えるんですか……」と恐る恐る聞いた。

「そうだなぁ。今月中にはまとまった金が入る予定なんだ。一千万、いや、場合によっては億かもしれないな。だから、月末には返せると思うよ。もちろん、一割りの利息を付けて返すから心配すんなよ」

 そう和夫の肩をポンっと叩いた松沢が五千円を受け取ると、不意に和夫がクスッと鼻で笑った。
 和夫の鼻笑いに、とたんにカチンっと来た松沢は、「なにが可笑しいんだ?」と、ニヤける和夫の顔を覗き込んだ。
 和夫は慌てた。「いえ、そーいう意味で笑ったんじゃないです」っと必死に首を振りながらそう答えた。
 心の中で(この腐れヒル親子が!)と和夫を罵りながらも、「じゃあどーいう意味で笑ったんだよ」と松沢が聞くと、和夫はゆっくりと視線を落としながら、「いや、ウチの父さんと同じだなって思って……」と呟いた。

「……どういう意味だ」

「……いや、ウチの父さんも、僕からお金を借りる時、いつも『来週にはまとまった金がはいるから』って言うんです……だから、ちょっと可笑しくなっちゃって……」

「待て。それはちょっと違う。キミのお父さんはパチンコで返そうとしてるんだろ? 私は違うよ。私の場合は、キミのお父さんのようなギャンブルではない。私にはれっきとした根拠があるんだ」

「根拠?……」

「そうだ根拠だ。大金が手に入るという根拠だ」

「大黒乃湯埋蔵金伝説の根拠ですか?」

 松沢は深く頷いた。
 すると和夫は再びクスッと笑った。そして真っ赤な顔をする松沢に向かって、「実は、ウチのお父さんも大黒乃湯の埋蔵金を探してるんです」と呟き、堪えきれないようにクスクスクスっと連続して鼻を鳴らしたのだった。

 和夫から五千円を奪い取った松沢は、とりあえず腹ごしらえしようと、夕暮れ時の汚い町をウロついた。
 それにしてもあの和夫というガキは忌々しいヤツだと思った。『大売り出し』の赤い旗がパタパタと靡くスーパーの前を、保護不正受給者の詐欺親父と一緒にするな! と呟きながら、道路の小石を蹴飛ばし歩いた。

 夕焼けに照らされた赤ちょうちんが並ぶ通りに出ると、元映画館が建っていた広い空き地の前に、薄暗い看板がぼんやりと灯っているのが見えた。

『キッチンむらかみ』

 そう書かれたアクリル看板の中には、小さな羽虫の死骸が溜まり、白い蛍光灯がそのシルエットを不気味に映し出していた。

 思い出の洋食屋だった。
 幼い頃、松沢の誕生日と姉の誕生日には家族揃ってこの洋食屋でオムライスを食べた。
 あの頃の松沢家は、親父もまだ若く、仕事もそこそこ順調だった為、精神的にも経済的にも、年に二回の贅沢を楽しむ余裕があったのだ。

 しかし、その余裕は松沢が四年生になるまでだった。
 松沢が四年生になった頃、塗料販売会社を営んでいた叔父がギャンブルにハマった末に多額の借金を残して夜逃げをしてしまった。
 親父は叔父の保証人になっていた。
 当然、その債務は親父に回って来た。
 親父が叔父の残したその借金の全てを背負わされてしまった事で、瞬く間に松沢家は、路頭に迷ってしまったのだった。

 それからというもの、親父は人が変わった。
 それまでも偏屈で頑固で乱暴者な親父ではあったが、しかし叔父に裏切られ、途方もない借金を背負わされてからというもの、自暴自棄な酒に走った。
 親父は毎晩浴びるように酒を飲み、お袋は毎晩のように殴られていた。そのうち、火の粉は松沢や姉にまで飛び火し、特に男の子だった松沢はボロ雑巾のようになるまで徹底的にヤキを入れられた。
 その理由のほとんどは、巨人が負けた事による腹いせだった。

 給料のほとんどを借金取りに持って行かれていた松沢家は、今まで以上の貧乏のどん底を味わう事になった。
 電気料金を滞納しているために電気が止められ、ロウソクの灯で生活する事も珍しくなかった。
 そんな貧乏のどん底に落ちた松沢家に、子供の誕生日に駅前の洋食屋で家族揃って食事をするなどという余裕が金銭的にも精神的にもあるわけがなく、いつしか『キッチンむらかみ』は、松沢家の歴史から消え去ってしまったのだった。

 店先で足を止めた松沢は、壁に貼られたアクリル板のメニューを見た。ライスカレー350円、ハンバーグ定食600円、ビーフステーキ900円、オムライス400円……。ホカ弁並の料金だった。
 あの頃、途方もなく高価だと思っていた夢のビーフステーキがたったの900円だった。
 子供の頃、親父にぶん殴られてメソメソと泣いていると、いつもお袋は「今度、キッチンむらかみのビーフステーキを食べさせてあげるからね」と言っては幼い松沢を慰めていた。
 結局、その約束は一度も実行されなかったが、しかし、今思えば、あの頃の松沢家にとっては、このどこの牛かもわからぬ900円のビーフステーキは、一般家庭が思っている『松坂牛A5等級サーロインステーキ』くらいの価値があったんだろうとふと思い、ふいに淋しい気分に包まれた。

 店内に入ると、明治を彷彿とさせる古びたインテリアの中に、薄汚れたコック服を着た老人が一人ポツンと新聞を読んでいた。
 ビーフシチューの香りが松沢の鼻孔をくすぐった。カウンターの中の大きな寸胴はコトコトと湯気を上げていた。

 いらっしゃいませの言葉も掛けられないままカウンターの隅に座ると、それを横目で見た老人がピシャピシャと新聞を畳み始めた。その新聞の音が暗黙の合図なのか、奥から小さな老婆がタイミング良く顔を出した。
 テレビも音楽もない店内は静まり返っていた。開けっ放しの入り口から、通りを走る車のエンジンの音が響き、それがこの店のBGMになっていた。
 改めてメニューを見た。洋食屋のくせに『中華そば350円』と書いてある所が下町の洋食屋らしくて思わず笑えて来た。

 松沢は、思い出のオムライスを注文した。
 オムライスを待っている間、天井にぶら下がるインチキ臭いシャンデリアを見つめていると、ふと高校時代の悲しい記憶が甦って来た。

 その頃、先輩に誘われて鳶のバイトをしていた松沢は、バイト料が出たその日、当時この店の前にあった東映系の映画館に彼女を誘い、封切りの『ビーバップ・ハイスクール』を観た事があった。
 その帰り道、久しぶりにキッチンむらかみのオムライスが食べてみたいと思った松沢は、「子供の頃、誕生日になると、いつもあの店に連れてきて貰ってたんだ」と語りながら、そこに彼女を誘った。
 が、しかし彼女は「あんな汚い店ヤダ」と笑い出した。不意に子供の頃の思い出を踏みにじられた気がしたが、しかし、よくよく考えれば確かにその店は、古くて汚くてマズそうだと思った松沢は、すかさず彼女に「冗談に決まってるだろ」と言いながら、通りの向こうのマクドナルドに彼女を誘ったのだった。

 それ以来、キッチンむらかみのオムライスは松沢の記憶から消えていた。しかし、今まさに、二十年ぶりに甦ったオムライスの記憶は、同時に、あの時、家族揃ってテーブルに座りながら、出来上がって来るオムライスを楽しみに待ちわびていた、お袋と親父と姉の笑顔を鮮明に甦らせた。

 しばらくすると厨房の中が騒がしくなって来た。
 老人がフライパンをガタガタと震わせながらライスを炒めていた。その横では老婆がシャカシャカシャカと小気味良い音を立てながら卵を溶いていた。
 真っ赤なチキンライスがチリチリと音を立てながらフライパンの隅に追いやられた。フライパンの空いたスペースに老婆がバターの破片をコトッと投げ入れると、とたんに焦げたバターの香りがフワッと広がった。
 バターが解ける前に、老婆は溶き卵が流し込んだ。ジュワーっという卵が焼ける音と共に、老人が手慣れた手付きでフライパンの取っ手をトントンと叩き始めた。すると一瞬にして、真っ赤なチキンライスは黄色い卵に包まれてしまった。

『キッチンむらかみ』と店名が書かれたステンレスの銀皿にムチムチのオムライスがペロンっと乗せられた。
 ほわほわと湯気が上がるオムライスの上に、老婆がブペブペブペっと卑猥な音を立てながらケチャップをぶっかけた。
 赤と黄色が鮮明に輝くオムライスが松沢の前にコトッと置かれた。スプーンを入れるのが勿体無くて、しばらくぼんやりと眺めていた。
 そんな松沢に興味がないのか、老婆はそそくさと奥へ引き下がり、老人は再び新聞を広げた。結局、この老夫婦は最後まで一言も喋らなかった。

 お袋にも食わせてやりてぇな……。
 そう思いながらオムライスの腹にプスッとスプーンを挿した。卵はペラペラに薄かったが、中から鶏肉がゴロゴロと出て来た。
 一口食べて、ゆっくりと天井を見上げた。
 子供の頃、夢にまで見た思い出のオムライス。が、しかしその味は、入れ過ぎのバターが妙にベトベトし、異常に柔らかい米はネトネトと粘つき、パサパサとした鶏肉の塊は噛む度に獣の臭みがモワッと口に広がった。

 はっきり言って吐き出したい程にマズかった。
 そんな思い出のオムライスに幻滅した松沢は、オムライスにスプーンを突き刺したまま、あの時、彼女をここに連れて来なくて本当に良かったと今更ながらそう思った。

 老人が鳴らす新聞のペシャペシャと言う音を聞きながら、ぼんやりと店内を眺めていた。まるで廃墟のように薄汚れた店だった。
 しかも、商品は吐きそうなくらいに不味く、サービスも最低で、全国に五十店舗の店を持っていた松沢から見れば、何の価値もないクズ店だった。
 しかし、今の自分にはこんなクズ店さえも手に入れる事が出来ない。ふとそう思うと、何十年もこの店を守ってきたこの老人が、なんだか立派に思えて来た。

 カウンターの棚に古いラジオが置いてあるのが見えた。
 真新しいのは壁に掲げられた薄型テレビだけで、レジの横に置いてある電話機など、未だにダイヤル式の黒電話だった。
 懐かしいなぁ、と思いながら、背後の壁にズラリと掲げられたモノクロ写真に目をやった。老人は若い頃は写真マニアだったのだろうか、そこには昭和時代のこの町の写真が並んでいた。

 そんなモノクロ写真の中に、高校時代、彼女とデートした例の映画館が写っている写真があった。
 映画館の入り口には『錆びたナイフ』と書かれた石原裕次郎の看板が掲げられており、随分と古い写真だと思った。
 一枚一枚、壁に掲げられた古い写真を眺めながら、自分がこの町で生きていた時代の写真が無い事に気付くと、とたんに興味が失せてきた。
 すると、そんな松沢の心を読み取ったのか、突然、新聞を読んでいた老人が「あんたが生まれる前の古い古い写真ばっかりだよ」と呟いた。
 カウンターに振り向くと、老人は嬉しそうに笑っていた。松沢が写真に興味を示していた事が余程嬉しかったらしい。

「一番端の写真が東京オリンピックのあった年だよ」

 老人が指を差す写真には、紙芝居に群がる子供達が写っていた。真ん中に写っている紙芝居の箱の中には『ひょっこりひょうたん島』と書かれた不気味な絵が描かれていた。それはNHKのそれとは違い、明らかにまがい物だった。

「これは、場所はどの辺りなんですか?」

 松沢がその写真を見つめながらそう聞くと、老人は更に嬉しそうに微笑みながら身を乗り出した。

「それは確か、タナベヤってスーパーマーケットの裏だったな。昔、陸橋の下にタナベヤって大きなスーパーマーケットがあったんだよ。火事で焼けちゃったから今はないけどね」

 松沢はそんな老人の解説に、いちいち「へぇ~」と頷きながら、あまり興味のない写真を眺めた。

「その四番目の写真はなかなか貴重な写真だよ。当時、ワシの友達がテレビ局に勤めててね、そいつが、ある時、東京タワーを空から取材するってんで、ワシはそいつに拝み込んで、やっとこさヘリコプターに乗せてもらったんだよ。それはそん時にこの町を撮影した貴重な航空写真さ」

 老人は自慢げに胸を張りながら微笑んだ。あんなに不味いオムライスを人に食わせておきながら何を威張ってんだこのボケ老人は、と心の中で毒づきながらも、一応、社交辞令的に「へぇ~」と驚いてやった。
 そしてわざとらしく写真を覗き込みながら「この町はどの辺になるんですかねぇ」と聞いてやると、老人は得意満面な面持ちで、「あのねぇ」と言いながらカウンターから出てきた。
 スリッパをコンクリート床にペタペタと音立てながらその航空写真の前に立った。そして、写真を指差しながらポツリと呟いた。

「この辺だよ。ほら、ここに大黒乃湯の煙突のとんがり帽子が見えるだろ、ここだよここ」

 その言葉を聞いた松沢は、おもわず「へ?」と素っ頓狂な声を出してしまった。
 まるでストローで魂をチューチューと吸い取られたかのように呆然とする松沢は、「へ?」っと言ったっきりピタリと止まり、そのまま老人の顔をボーッと見つめる。

「だから、ここだよここ。ほら、ここに大黒乃湯の煙突があるだろ、よく見てみろよ、煙突の先が三角に尖ってるじゃねぇか」

 廃人のように呆然とする松沢は、乾いた喉にゴクリと唾を押し込むと、「煙突の先が三角に尖ってるってのは……」と尋ねながら老人の目をギロッと睨んだ。

「な、なんだよ急に、気持ち悪りぃなぁ……あ、そっか、あんたまだ若いから大黒乃湯のとんがり帽子を知らねぇんだな、あれは確か大黒の先代が亡くなったと同時に外されたから、わかんなくて当然だ当然だ」

 老人は納得するようにそう頷きながら、額に飾ったモノクロの航空写真を覗き込んだ。

「昔は、大黒乃湯の煙突の先には、雨水が入らねぇようにってんで、三角の帽子がかぶしてあったんだよ。それをこの町のみんなは『とんがり帽子』って呼んでたんだな」

 そんな老人の話しが終わらないうちに、松沢はガタンッと大きな音を立てて立ち上がった。
 松沢は急いでいた。一刻も早く大黒乃湯に行かなければと焦りながら、慌てて四百円をポケットから取り出すと、それをカウンターの上にペシャリと置いた。

 そんな松沢を見て唖然としている老人に軽く会釈をすると、そそくさと出口に向かった。
 そして店を出ようとした瞬間、初めて老婆の「ありがとう」という声が背後から聞こえて来た。
 その老婆の声が、ふいにお袋の声に聞こえた松沢は、大黒乃湯に向かって駆け出しながら、オムライスを残した事を酷く後悔したのだった。

(つづく)

《←目次に戻る》《8話へ続く→》



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