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えんとつ6

2012/05/30 Wed 23:06

タイトル6



―6―

 何やら気味の悪い歌声で目が覚めた。
 目を覚ました瞬間、ここがどこなのかわからなかった。
 いつもなら担当さんの「起床ぅぅぅぅぅぅぅぅ」というヤケクソな叫び声が舎房に響くはずなのに、それが聞こえないと言う事はまさか寝過ごしてしまったのか、と慌てて飛び起きた。

 寝ぼけ眼の目に玄関戸が飛び込んで来た。子供の頃から目を覚ますなり目にしていた汚い玄関戸だった。
 その玄関戸をジッと見つめながら、「そっか……」と、やっと状況が呑み込めた。
 再びゴロリと寝転がった。拘置所では勝手に寝転ぶ事が出来なかったため、こうして気ままに寝転がれる自由が嬉しかった。
 このまま刑務所に行かなくてもいいのなら、ここでこのまま暮らしててもいいんだけどな……と思いながら、何かが頭に引っ掛かっていた。

 それは、目覚めに聞いた不気味な歌声だった。
 確かに、今さっき奇妙な歌声を聞いた記憶があるのだ。
 もしかしたら、隣りのニート青年が、朝っぱらからゲームを始めたのだろうか、と思いながら腕時計を見た。
 おもわず「えっ?」と声を上げてしまった。
 なんと、時計の針は夕方の四時五十分を過ぎていたのである。

 いつの間にこんなに寝たんだろうと頭をボリボリ掻きながらも、そういえばこんなにぐっすりと寝たのは久しぶりだと思った。
 会社を追い出されてからというもの、まともにベッドで寝た事がなかった。一日中、リビングのソファーの上で、借金取りや弁護士と電話をしていた松沢は、メシを食うのも寝るのも全てそのソファーの上であり、一時も休まる暇がなかったのだ。
 その後、逮捕されてからもそうだった。
 携帯電話が使えなくなった分、外見では落ち着いているように見えたが、しかし心は一時も休まってはくれなかった。会社を乗っ取られた事や妻に裏切られた事が次から次へと心を掻き乱し、内心は悔しくて悔しくて発狂したいくらい辛かったのだ。
 そんな精神状態でぐっすり眠れるわけが無かった。
 自分では気が付いていなかったが、拘置所の臭い布団の中で寝息を立てていた松沢の脳は、極度な苛立ちと先の見えない不安から常にレム状態のままだったのだ。

 一、二、三、と指折り数え、自分が十二時間寝ていた事実に改めて驚いた。
 それにしても腹が減った。天井を見上げながら、昨夜、なけなしの所持金の半分以上をボッたくられてしまった事を思い出し、大きな溜息をつく。
 ガクリと肩を落としながらぐったりと項垂れると、再びその不気味な歌声が長屋の路地からはっきりと聞こえて来た。

 その歌声は明らかに老婆の声だった。
 しかし、隣りの金婆さんではなかった。金婆さんなら歌声にもハングル訛りが出るはずだ。
 誰だろう、と思いながら、そのどこか懐かしいメロディーに耳を傾けていると、突然尿意を催した。

 その建てつけの悪い戸を開けると、ガタガタガタと凄まじい音を出した。
 そんな音に驚いたのか、松沢の家の斜め前の玄関先にしゃがんでいた老婆は歌声をピタリと止めた。その老婆は昔からこの長屋に住んでいる下島の婆さんだった。
 戸の隙間からソッと出て来た松沢に、下島の婆さんは「だあれ!」と肺活量の少ない声で叫んだ。
 松沢は「どうも……」とヘコヘコと頭を下げながら婆さんに近付くと、すかざす「松沢の息子の俊樹です」と挨拶した。
 老婆は深海魚のように小さな目を精一杯広げながら「あらまぁ……」と驚くと、咄嗟に何か言おうとしてカポッと入歯を外してしまった。

 親父が死んだ時の事、お袋が死んだ時の事。そんな話しを最初から順番に語り始めた。
 畳屋の米沢の親父が、お通夜の時に飲み過ぎてしまい、翌日の葬式まで大イビキをかいて寝ていたなど、くすくす笑いながら話し続けた。
 それを延々と聞かされていた松沢は小便がチビリそうで堪らなかった。
 ようやく話しの区切りが付きそうになると、我慢の限界だった松沢は、股間を押さえながら「お婆ぁちゃんちょっとトイレに行って来るから」と、長屋の路地を走り出していたのだった。

 長屋の共同トイレは、角のホルモン焼き屋の斜め向かいにポツンとあった。
『ここは長屋のトイレです。部外者の使用は固く禁じます』
 昔から変わらない看板がドアの前に立て掛けてあった。しかし、相変わらずトイレの便器には、明らかにホルモンの原型を残した吐瀉物が吐き散らされており、古くから立て掛けてあるそんな看板も何の効果も示していなかった。
 床の吐瀉物を踏まないように飛び越えながら、奥の便器に立った。十二時間溜っていた尿をドボドボと放尿し始めると、ふわぁ~っという溜め息共に、自然に口から唄が溢れた。

「♪あの町、この町、日が暮れるぅ~♪ 今来たこの道、ルルルルリィ~♪」

 それは下島の婆さんがさっき唄っていた歌だった。最初のフレーズは唄えたが、その次からは歌詞がわからずルルルルリィ~♪となっていた。
 そんな歌の最初のフレーズばかりをリピートしながら口ずさんでいた。
 小便は次から次へと溢れ出し、次第に底知れぬ爽快感に包まれて行った。
 と、その時、何度も何度も同じフレーズを唄っていた松沢の声がピタリと止まった。
 同時に、まだタンクには半分くらい残っている小便もピタリと止まった。

「あの町、この町、日が暮れる……」

 メロディーなしでそう呟きながら、便器の前にある小窓からゆっくりと空を見上げた。

「あのまち、このまち……あのまちこのまち……あのマチコの町……」

 !と背筋が飛び跳ねた。同時に残っていた尿が必死になって便器に飛び散った。

(暗号の『あのマチコの町』ってのは、この歌だったんだ! マチコと言うのは人名でなく歌だったんだ!)

 ジャージャーと小便を飛び散らせながら足踏みをした。早くしないとフランスの考古学者に先を越されてしまうと焦りに焦りまくった。
 やっと小便を終え、ズボンのチャックを急いであげた。突然、暗号の一部が解読できた事で手がブルブルと震えていたため、人差し指は飛び散った小便で濡れてテラテラに輝いていた。
 そんな事もおかまいなしに、手を洗わないまま共同トイレを飛び出したが、しかしそこでふと気付いた。

(この歌がわかった所で、この後どうすればいいんだ?)

 愕然とした。いきなり暗号が解読できるなんて、自分はやっぱり天から選ばれた幸運の持ち主なんだ、と喜んでいたのも束の間、頭の中で「だからどうした」という冷めた声が聞こえたのだ。
 松沢は、慌ててポケットの中から暗号が書かれた紙片を取り出した。

【夏の日の、あのマチコの町のとんがり帽子の先】

 マチコと言うのが、『あの町この町』という歌だと言う事はわかったが、しかしその前の『夏の日』と、その後に続く『とんがり帽子』の意味が全くわからなかった。
 もしかしたら、歌の中に、『夏の日』や『とんがり帽子』が出て来るのかも知れないと思った松沢は、下島のお婆ちゃんに歌詞を聞いてみようと思った。
 立ち止まっていた松沢が長屋の路地をいきなり走り出すと、ホルモン焼き屋の前でせっせと七輪に炭を起こしていた爺様が「ひっ!」と驚き、走り去って行く松沢の背中に「パカヤロウ!」と叫んだのだった。

 下島のお婆ちゃんは、いきなり松沢が『あの町この町』の歌を聴かせてくれと頼むと、ニヤニヤと照れ笑いしながらも最初から最後まで唄ってくれた。
 しかし、残念ながらその歌詞の中に、『夏の日』と『とんがり帽子』は出て来なかった。それを連想させる言葉すら見当たらなかった。

 ガクリと肩を落とした松沢は、四回目を歌い出した下島のお婆ちゃんを止めた。
「もういいのかい?」と残念そうに笑うお婆ちゃんはまだまだ聞いて欲しそうだった。しかし松沢は「ありがとうございました……」と告げると、項垂れたままトボトボと家へと向かった。
 そんな松沢の背中に、お婆ちゃんは「また聞きたくなったらいつでも遠慮なく言いなさいな」と声を掛けると、今度は自らの意志で、四回目の『あの町この町』を唄い始めたのだった。

 その翌日、松沢は法務局へと足を運んだ。
 大黒乃湯の先代である小森利蔵が、二二六事件後に所有していた土地を全て調べてみようと思ったのだ。
 が、しかし、法務局では、住所がわかっている謄本しか上げる事が出来ず、所有者名から土地の謄本を探し出す事は不可能だった。
 それでも松沢が、なんとか調べて貰えないかと、法務局の職員に小森利蔵の名を告げると、その職員は物知り顔で「ははぁん……」と笑いながら頷いた。

「あんたもアレでしょ。埋蔵金を探してるんでしょ」

 若い職員は、呆れ顔でそう笑いながら、「みなさんに言ってるんですけどね、法務局では埋蔵金のありかはわかりませんよ」と松沢をそっと見下した。職員のその目は、そんな事やってねぇで働けよアホ、と、明らかに松沢を馬鹿にしている目だった。
 松沢は、そんな職員の目に不快感を覚えながらも、「みなさんもって事は、そんなに大勢の人が小森利蔵の土地を探してるんですか?」と聞いて見た。

「ええ。毎年、少なくとも五人は小森さんの土地を調べにやって来ますよ。だからいつも私はそんな人達に教えてあげてるんですよ。小森さんの財産を調べたいのなら、法務局じゃなくて税務署の方が早いですよってね」

「……しかし、全部はわからなくても、せめてこの町にある土地ぐらいはわかるでしょ。ね、お願いしますよ。私には後が無いんです。なんとか、あなたが知ってる土地だけでもいいですから、こっそり教えて貰えませんかね。ね、ね、お願いしますよ」

 すると若い職員はおもむろにプッと噴き出した。後で事務仕事をしていた職員達が、何事かと顔を上げながら松沢にソッと目を向ける。

「あのねぇ、ここは宝探しをお手伝いする場所じゃないの。そんな事に付き合ってる程、公務員は暇じゃないんだよ。それにね、もしそんな事がわかるんだったら、とっくの昔に俺達がその埋蔵金とやらを頂いてるよ」

 若い職員がそう言うと、後にいた事務員達が一斉にクスクスと笑い始めたのだった。

 せっかくマチコというのが、人名ではなく歌の歌詞だという事がわかったのに、その後どう動いていいかわからなかった。その土地さえ特定できれば、その景色や状況から、その後に続く『とんがり帽子』も解読できそうなのに、と、松沢は残念で仕方なかった。
 法務局の階段を下りながら、いっその事、大黒乃湯へ行き、直接コソ泥に所有地を尋ねてみようかと考えた。が、しかし、不意にコソ泥のあの銭ゲバ的な目を思い出し、あいつがそれを素直に教えてくれるわけがないと思った。
 ならば、『マチコの秘密』を情報提供し、そのフランスの大先生とやらのプロジェクトに参加させてもらうというのはどうだろうか? と、ふと思いながらバス停へと向かった。
 恐らくコソ泥は『あの町この町』には気付いていないはずだ。そのフランスの考古学者とやらも、さすがに日本の古い童謡には気付きはしないだろう。

 この情報をコソ泥に売り付けよう。
 松沢はそう考えながらも足を止めた。
 確かに、その埋蔵金が眠る土地を見つけた所で、その土地と何の関係もない者が勝手にその土地を掘り起こす事などできるはずがなかった。それに、そもそもそこを掘り起こす機材も、所持金がわずかな松沢には準備する事は不可能なのだ。

(だから、埋蔵金発掘の一番の手掛かりとなるこの情報を、コソ泥に売り付ければいいのだ。時価六億円の財宝だと騒いでいたくらいだから、最低でも一千万円くらいで買ってくれるだろう)

 そう考える松沢の前を、大きなバスが素通りして行った。
 パン屋の前の停留所に停車したバスは、プシュっと放屁のような音を立ててドアを開いた。
 遅れてバスに乗込むと一番奥の後部座席しか開いていなかった。松沢は、(しかし……)っと呟きながら、そんな一番奥の後部座席へとゆっくりと進んだ。

(……『あの町この町』だけの情報では、コソ泥に嘘を付かれる恐れがあるな……。情報を教えた後に、もし『そんなの最初から知ってたよ』などと嘘をつかれたらそれまでだ……せめてあとひとつでも有力な情報が欲しい。そうすれば駆け引きが出来る。ひとつだけ情報を教え、残りの情報が知りたければ一千万円現金で用意しろと交渉できるのだ……)

 そう考えながら後部座席の隙間に尻を押し込むと、隣りでズリズリと尻をズラした男が、松沢の顔をジッと見つめていた。
 松沢がその視線に気付きふと横を見ると、瞬間的に男と目が合った。男はサッと目を反らした。その男は長屋の隣に住むニート青年だった。

 青年は松沢を無視するかのように、身動きひとつせず項垂れていた。
 そんな青年の手には小さなビニール袋が握られていた。そのビニール袋には、プレステのソフトを販売している『プレステランド』の店名が印刷されていた。

「新しいソフト買ったの?」

 突然松沢がそう話し掛けると、青年は唇をほんの少しだけ動かしながら「はぁ」と頷いた。
 頷いた瞬間、青年のモサモサする髪の毛から、不潔な中華料理店に漂う油臭さがプ~ンっと匂った。不意にそんなニオイを嗅がされた松沢は、とたんにムカッと来た。

「キミ、働いてないんだろ? よくそんな金があるね」

 そう嫌味っぽく笑らうと、青年は返事もせずに固まった。

「もしかして、生活保護受けてるの?」

 青年は戸惑いながらも小さく頷いた。
 松沢は、意味ありげに「ふぅ~ん……」と頷きながら窓の外を見た。対向車線の道路工事現場の中で、埃にまみれた初老の男がヘルメットの中から滴る汗を汚れたタオルで拭っているのが見えた。

「キミ、あんな人達見て、心が痛くならないの?」

「…………」

「キミが買ったそのソフトの金ってのは、ああやって死に物狂いで働いてる人達の尊い血税だって事をキミは知っているのかな?」

 青年は無言で席を立とうとした。そんな青年の腰のベルトを素早く掴み、「まぁまぁまぁ」と宥めながら再び座席に押し戻す。そして青年の肩にソッと腕を伸ばすと、肩を組んだまま青年の耳元に囁いた。

「実はね、おじさんは宝探しをしてるんだよ……」

 そう囁きながら、青年の肩に伸ばした手を慌てて引いた。青年の耳元から漂って来る『猫の糞』のようなニオイに驚いたのだ。

「ほら、『大黒乃湯埋蔵金伝説』って聞いた事あるだろ?」

 青年は俯いたまま小さく頷く。

「それだよそれ。そのお宝がね、いよいよ見つけ出せそうなんだよなぁ……」

 松沢はそう囁きながら、もう一度青年の肩に腕を伸ばした。青年の全身からは、雨に濡れた野良犬のようなニオイがムンムンと漂って来たが、しかしここはどうしても青年の肩に腕を伸ばさなければならなかった。

「悪いんだけど、少しだけ金を貸して貰えないかなぁ……お宝が見つかったら三倍にして返すからさぁ、頼むよ……」

 青年は困惑した表情のまま「でも……」と呟いた。

「でもとかそーいう問題じゃないんだよね。キミは『でも』って言える立場じゃないんだよね。だってそうでしょ、今キミが持ってるその金ってのはキミの物じゃないんだもん、その金は一生懸命働いて税金を払った国民のお金なんだもん。わかるでしょ?」

 松沢は青年の耳元で語気を荒げた。青年は松沢の腕の中で、追い込まれた家畜のように肩をブルブルと震わせた。

「だから、この場合、本来ならば『貸して』じゃなく『返して』って事になるんだよね。だって私は、こー見えても、今までびっくりするくらいの税金を納めてるんだから」

 確かに、以前までの松沢は高額納税者だった。もし、今でも高額納税者ランキングというものがあれば、恐らく東京都の百位以内には名を連ねていたはずだった。

「だからさぁ、プレステのソフトなんか買う余裕があるなら、ちょっとでいいから返してくれないかなぁ」

 松沢がそう囁きながら項垂れる青年の顔を覗き込むと、青年は松沢の視線を慌てて反らしながら、「ちょっとって……どれくらいですか」と呟いた。

「とりあえず、夕飯代の五千円でいいよ。キミもそんなに持ち合わせがないだろうからさ」

 青年は五千円と聞き、ホッと安堵の表情を浮かべていた。すぐに「わかりました」と呟くと、座席の尻を少しだけ浮かしながらポケットの中を弄り始めた。
 松沢はそんな青年を慌てて止めた。さっきから窓際に座っていた中年のおばさんが凄い顔をして松沢を睨んでいたからだ。おばさんに「恐喝だ」などと騒がれようものなら、せっかくの保釈が取り消しになってしまうのだ。
 そう案じた松沢は、青年の肩を優しくポンポンと叩きながら「バス停に着いてからでいいよ」と微笑んだ。
 そんな青年の横顔を見つめながら、心の中で(助かった……)と呟いた。そして同時に、(住処と食費さえ確保できれば、これで大黒乃湯の埋蔵金探しに本腰を入れる事が出来るぞ)と、この地獄から這い上がる為の一攫千金の夢に包まれたのだった。

(つづく)

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