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えんとつ3

2012/05/30 Wed 23:09

タイトル3



―3―

 その長屋は、通称『えんとつ長屋』と呼ばれていた。
 長屋の路地の正面に銭湯の煙突がそびえ立っている事から、古くからそう呼ばれていた。
 えんとつ長屋には六世帯がひしめき合って暮らしていた。風呂なし便所共同の2LDK。そんな小さな平屋が、狭い路地を挟んで三世帯ずつ並んでおり、その佇まいはまさに絵に描いたような貧しい昭和そのものだった。

 えんとつ長屋の入口には、まるで戦後のバラックのようなホルモン焼き屋が、ギトギトと脂で汚れた提灯をぶら下げていた。この地区には、昔から在日朝鮮人が多く、客が十人も入れば窒息状態になりそうな小さなホルモン焼き屋がいくつも点在していた。又、この地区には一泊千円で泊まれる簡易ホテルが多い事から、旅の職人や流れ者の労働者が全国から集まっており、夜な夜な小さなホルモン焼き屋には酔客の怒声が飛び交っては、一種独特な賑わいを見せていたのだった。

 そんなホルモン焼き屋の角を曲ると、ひっそりと静まり返るえんとつ長屋があった。松沢は、二十年ぶりに見る生まれ故郷を呆然と見つめながら、ここはまともな人間の住む場所ではない、と、改めてそう確信した。
 ポケットに手を突っ込み、姉から貰った長屋の鍵を取り出した。鍵にぶら下がるキーホルダーの鈴がチリリンっと鳴ると、路地の真ん中でドテッと寝ていた大きな黒猫がムクリと顔を上げた。

 立て付けの悪い戸をガタガタさせながら開けると、大量の埃と共に、ツーンと鼻に来るカビの匂いが松沢を包み込んだ。座布団ほどの小さな玄関には、戸の隙間から押し込まれたダイレクトメールが散らばっていた。
『とっても熱心な中国留学生がお相手します』と書かれたデリヘルのチラシを見つめながら、不意に『とっても熱心』という言葉によからぬ想像を抱いてしまった。

 あまりの汚さに土足のままは入ろうと思ったが、しかし、これからここで生活しなければならない事を考えると、嫌々ながらも靴を脱がなければならなかった。玄関を一歩上がると、既にそこは四畳半の部屋だった。ここは決して廊下やフロアではなく、松沢が高校時代まで寝ていた部屋である。
 そんな四畳半に立ちすくんでいると、長屋の路地を歩く人の足音を聞きながら寝ていたあの頃の記憶が鮮明に甦って来た。
 小学生の頃まではそんな路地の物音も然程気にならなかった。
 しかし中学生になると、とたんに路地から聞こえて来る物音が気になって仕方なかった。
 特に、向かいに住む加藤の親父が放つ物音は最悪で、夜な夜な泥酔状態で帰って来る加藤の親父は、路地で歌を唄い、カーッと痰を吐き、そしてむやみやたらに放屁しまくった。酷い時になると、松沢の家の前にある小さな溝に立ち小便をし、ゲロまで吐き散らす始末なのだ。
 そんな加藤の親父の物音は、路地のすぐ横で寝ている松沢の神経を刺激した。オエーと嘔吐する唸り声と、パシャパシャと飛び散る吐瀉物の音。そんな不快音を間近で聞かされながら寝ていた松沢は、駅裏に横たわる路上生活者と何ら変わりなかった。

 そんな過去の記憶が鮮明に甦り、おもわず背筋をブルっと震わせた松沢は、よくこんな狭い家に家族四人が暮らしていたもんだ、と呆れ返りながら奥の八畳間へと進んだ。
 部屋の隅に見覚えのある箱型テレビが埃をかぶっていた。このテレビは、松沢が小学四年生の頃、親父が雇われていた大工の棟梁がテレビを買い替えるという事で、その古いテレビを親父が貰って来たものだった。
 それまで松沢の家にはテレビが無かった。
 昭和五十年代にテレビがない家はかなり少なく、その頃の松沢はクラスの話題に全くついていけなかった。
 四年生の時、『トムとジェリー』を見た事がないという理由で床屋の北原達に馬鹿にされた時はさすがに凹んだ。教室の後で北原達に囲まれながら、大声で『トムとジェリー』の主題歌を聞かされた時は、おもわず声を出して泣いてしまったものだった。
 だから、このテレビが我が家に来た時の松沢は大いに威張ったものだった。ウチにもテレビがあるんだぞという事をみんなに教えたくて、わざと玄関の戸を明けっ放しにしては、用も無いのに北原達を長屋に呼び出したりした。
 この時だけは親父を心から尊敬した。親父のおかげでこうして北原達を見返してやれるんだと心底親父に感謝した。が、しかし、そのテレビを見た北原が一言呟いた。

「学校のオルガンみてぇなテレビだな」

 北原のその一言を機に、皆が「オルガン、オルガン」と囃し立て、戸惑う松沢の頭を小突き回した。
 挙げ句の果てには『オルガン』が『オンボロ』へと変わり、またしても松沢は徹底的に凹まされてしまったのだった。

 そんなテレビも、地デジ化された今ではただの箱と化していた。リモコンのないスイッチをピコッと引っ張って見ても、画面には砂の嵐しか映らなかった。
 そんな箱型テレビの横面に、何やら数字が書き込まれたメモが何枚もセロハンテープで貼付けてあった。そのメモには『夕方四時、大岡越前』や『月曜八時、水戸黄門』と書かれていた。
 その字は、見覚えのあるお袋の字だった。年老いたお袋は、きっとテレビだけが楽しみだったのだろう、毎日このメモを覗きながら「今夜は『相棒』の日だ」と心を躍らせていたに違いない。そんなお袋の貧しい姿を想像すると、薄型の大型テレビくらい買ってやれば良かったと今更ながら激しく後悔した。

 昔から使っている卓袱台が八畳間の真ん中で埃をかぶっていた。
 それは、何度親父がひっくり返したかわかならい卓袱台だった。その卓袱台がひっくり返る度に、姉は「巨人の星だ」と悲観しながら泣いていた。
 そんな卓袱台の上にゆっくりと腰を下ろしながら、布団も無いこの部屋でいったいどうやって生活すればいいのかと考えあぐんだ。いっその事、長屋の裏手に連なる一泊千円のドヤで生活した方が楽なのではないかとまで考えたが、しかし、今の松沢には一泊千円でもキツかった。
 三万円の所持金では、食費を含めば良くて二十日間しか生活できないのである。

 最低でも一ヶ月はまともに生活しなければならなかった。
 弁護士が言うには、最近の裁判は異様に進行が早い為、松沢のように罪を認めている裁判に限っては、求刑を終えた直後に判決が言い渡されるケースが多いらしい。
 だから余計、一ヶ月後の第二公判まではまともな暮らしをしたかった。どうせ刑務所に送られるんだと諦めていた松沢は、せめてこの一ヶ月間は人間らしい暮らしがしたいとそう思っていたのだった。

 何か金目の物は残っていないだろうかと家中を探しまくった。
 家中と言っても、探す箇所は四畳半の押入れと八畳の押入れの二つしかなかった。
 案の定、押し入れの中は空っぽだった。唯一、四畳半の押入れには『ルームランナー』だけがポツンと置いてあった。
 確かそれは、三十年程前、お袋がスーパーの福引きで当てた景品だった。
 それを持ち帰って来た日のお袋は、さっそく皆の前で自慢げにルームランナーの上で走り、松沢と姉を大いに笑わせたものだった。
 しかし、それを見ていた親父は、何が気に入らないのか「わざわざそんなとこで走らなくても隅田川の堤防を走ればいいじゃねぇか」と、突然怒り出した。
 そして、いつものべらんめぇ口調で「もっとマシなもん貰って来やがれ、この薄らトンカチ」と、ルームランナーの上を自慢げに走っていたお袋を引っ叩いたのだった。
 それっきりこのルームランナーはお蔵入りとなった。
 長屋のオババ達が「ルームランナー見せてぇ」とやって来ても、お袋は「親戚にあげちゃったから」と嘘を付いて押し入れの中から出そうとしなかった。
 が、しかし、ある時、学校から帰って来た松沢は、誰もいない八畳間で、こっそりルームランナーの上を走っている親父を見た。親父はルームランナーの上をピコピコと飛び跳ねながらバカみたいな顔をしてニヤニヤと笑っていたのだった。
 そんな埃だらけのルームランナーを見つめながら、あの時、ルームランナーの上でピョンピョン飛び跳ねていた親父の楽しそうな顔を思い出した。どうしてあのクソ親父ってのは、いつも素直になれなかったんだろう。
 そう思うと、世渡りの下手だった親父が急に可哀想に思えてきた。

 ルームランナー以外は何も残されていなかった。オルガンのように大きな箱型アナログテレビと、何度も何度もひっくり返された卓袱台。そして時代遅れなルームランナーと、親父が使っていた大工道具。
 この家に残されているのは、そんな二束三文にもならないガラクタばかりだった。
 くそっ、と毒づきながら、開き直るようにして畳の上にひっくり返った。湿気を含んだ畳はムニュッと柔らかく、まるで腐った果実のような不気味な感触だった。
 そんな畳にチッと舌打ちしながら寝返りを打つと、ふと、昔お袋が畳の下にヘソクリを隠していた事を思い出した。

(確かお袋は脳溢血で突然死んだはずだ。となれば、ヘソクリがそっくりそのまま残ってるという可能性も考えられ……)

 ガバッと起き上がった松沢は腐った畳を見回した。どうやって畳を剥ぐんだろうと必死に考えながら、変色した畳の縁を指先でガサガサと弄ってみた。
 以外に簡単に畳は剥ぐれた。たっぷりと湿気を含んだ畳は異様に重たかったが、コツがわかってくるとスムーズに剥ぐ事が出来た。
 しかし、全ての畳を剥ぐってみても、あるのはカビ臭い古い新聞ばかりで、金など一銭も見当たらなかった。再び「くそっ」と呟きながら、畳が捲られたベニヤ板の床を忌々しく見つめた。と、その時、そのベニヤ板の床の下から何やらガサゴソする音が聞こえて来たのだった。

 一瞬、松沢の脳裏に、縁の下でジッと見を潜めながら、鼻をヒクヒクさせている巨大なドブネズミが浮かび、背筋をゾッとさせた。が、しかし、そんなガサゴソという音と共に、なにやらガーガーという咳払いも聞こえて来た。

(縁の下に誰かいるのか?……)

 そう思いながら耳を澄ました。すると、「宝だ宝だ」という老人の声がはっきり聞こえた。それは、どうやら隣に住んでいる在日韓国人の金さんちの婆さんらしく、婆さんは縁の下に『宝』らしき物を隠しているようだった。

 完全に音が聞こえなくなるのを待ち、縁の下がシーンっと静まり返ると、松沢は、早速、縁の下を調べる事にした。
 親父の大工道具の中からカナヅチを取り出すと、そこに付いている釘抜きで床のベニヤ板の釘を抜き始めた。釘を一本一本抜きながら松沢は呟いた。

(在日韓国人の婆さんがしこたま溜めたヘソクリ……)

 なにやら物凄い銭が唸っているような気がした。
 戦時中、密造酒を作っては近所のホルモン焼き屋に売り捌いていたという、あの強欲婆さんなら『物凄い銭』も有り得る。そう思うと釘を抜く手が早くなった。
 畳一帖分のベニヤ板の釘を全て抜き取ると、釘抜きをベニヤ板の隙間に捩じ込み、テコの原理でベニヤ板を少し浮かせた。
 素早く隙間に指を入れ、そのままベニヤ板を持ち上げると、まるで浦島太郎が玉手箱を開けたかのように、大量の埃と縁の下の砂埃がモワッと沸き上がった。

 強烈なカビ臭に鼻を摘みながら、ポッカリと空いた縁の下を覗き込んだ。
 裏の通気口の網から微かに光りが差し込んではいるが、しかしそれはほんの手前だけで、縁の下の中心部は漆黒の闇に包まれていた。
 懐中電灯なんてなかったよな……と思いながらポケットの中から百円ライターを取り出した。上半身を縁の下に潜らせながら、できるだけ金さんちに向けてライターを握る手を伸ばす。
 シュッ、シュッ、と二度擦ると、すぐにピーナツのような形をした火が顔を出し、手元の周囲がポッと明るくなった。

 低い縁の下には埃にまみれた蜘蛛の巣が無数に入り組んでいた。
 綿のような蜘蛛の巣が張り巡らされた先に、なにやら大きな壷のようなものがポツンと置いてあるのがぼんやりと見えた。
(あれが金婆さんの宝だな……)
 心が躍った。これで刑務所に行かなくて済む、と思うと、おもわずニヤリと微笑んでしまった。

 早速、縁の下に潜り込んだ。
 地面にうつ伏せになると、カラカラに乾いた土が顔に舞い、慌ててペッペッと唾を吐いた。
 真っ暗な長屋の縁の下は途方もなく広く感じた。ライターを前にかざしながら金さんちの壷を目指して匍匐前進して行くと、埃まみれの蜘蛛の巣がライターの火に炙られジリジリと嫌な音を出した。
 その壷はかなり大きな壷だった。地面に穴が掘ってあり、その中にポリバケツほどもある壷が半分程埋められていた。そんな壷の口には蓋がされていた。壷口に木製の蓋がビニール紐でグルグルに巻かれ、頑丈に固定されていたのだ。
 松沢は、そんなビニール紐をボソボソと解きながら、これほど頑丈に縛られている所を見ると銭が隠されているのはまず間違いないだろう、と確信した。しかもその壷は地面に埋められる程に大きい。これは、かなりの金額が押し込まれているだろうと予想すると、指先の震えが止まらなかった。
 頑丈なビニール紐を苦心して全て解くと、乾いた喉にゴクリと唾を押し込みながらソッと壷の蓋を開けた。開けたとたん、何とも言えない強烈なニオイがモワッと溢れた。
(うっ!)
 慌てて壷の中にライターの火を照らして覗き込んだ。中には真っ赤な血が、まるでバケツをひっくり返したかのように激しく飛び散っていた。
 一瞬にして松沢の全身の毛穴がパッと開いた。(し、死体だ……)と、声が出そうになるのを慌てて堪えた時、そこで初めてそれが『キムチ』だという事に気付いたのだった。

 縁の下から這い出すなり、金さんち側の壁に向かって「なめんなよ」と吐き捨てた。
 髪の毛には無数の蜘蛛の糸が絡み付いていた。
 蜘蛛の糸だけならいいのだが、その蜘蛛の糸には蛾や蚊や羽アリの死骸が引っ付いており、それが松沢を精神的に追い込んだ。
 あーやだやだ、とヒステリックに嘆きながら、髪の中から蜘蛛の糸を取り除いていると、今度は背中がムズムズと痒くなってきた。すると突然、松沢の脳裏に、子供の頃に見た『カダン、カダン、カダン、お花を大切に』というフマキラーのCMが浮かび、おもわず戦慄した。あのCMに出て来た『ダニ』や『アブラムシ』といった気味の悪い害虫が、背中をウニウニと這い回っているような錯覚に襲われたのだ。

「無理無理無理」と呟きながら玄関を飛び出した。
 長屋の通路を見上げ、銭湯の煙突の先を見た。それは松沢の子供の頃からの癖で、いつも銭湯に行く前には、そうやって煙突の先を見上げては、そこから煙が出ているかどうかを確かめていたのだ。
 猛烈な夏の太陽の光の中、古ぼけた煙突の先からは、狼煙のような白い煙がチロチロと上がっていた。
 その煙突に向かって歩き出すと、突然、隣りの金さんちの戸がガラガラっと開いた。
 絞め殺された鶏のような顔をした金婆さんが、風呂桶を抱えながら顔を出した。
「あらま!」
 金婆さんは松沢を見るなり素っ頓狂な声を出した。どうやら松沢の顔をまだ覚えていたらしい。
 仕方なく足を止めた松沢は、「どうも……」と面倒臭そうに頭を下げた。これから約一ヶ月、この長屋で住む以上は最低限の礼儀は必要なのだ。
 すると金婆さんは、再び「あらま!」と叫びながら口をモゴモゴとさせた。恐らく、あれやこれやと話したい事が頭の中でこんがらがっているのだろう、何から話していいものかと迷っているようだった。
 そんな金婆さんに「父や母の葬儀では色々とお世話になりまして……」と社交辞令を呟くと、口をモゴモゴさせた金婆さんは、「今日はセンターの日だったかしら?」と細い目をクリクリさせた。どうやら金婆さんは、松沢の事を老人福祉センターの職員か何かと間違えているようだった。

 それならそれで別にいいやと思った松沢は、「いや、まあ、はははは」と笑って誤魔化すと、そのまま金婆さんに背を向けてスタスタと歩き出した。
 出来る事なら関わり合いたくない。そう思いながらひたすら無言で歩き、長屋の路地を抜ける瞬間にもう一度金婆さんに振り向いてみた。
 路地の真ん中に立ちすくむ金婆さんは、「今日はセンターの日だったかしら?」と聞いた時のままの表情で、ピタリと止まったまま松沢をジッと見つめていた。そんな金婆さんに「なめんなよ」と小声で呟きながら角を曲ると、松沢は大黒乃湯に向かって一気に走り出したのだった。

(つづく)

《←目次に戻る》《4話へ続く→》



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