金魚4 ─ 子宮から滲み出た過去 ─
2012/02/18 Sat 14:20
「小菊。あんたいいかげんにしぃや……」
うつ伏せになっていた襟首を掴まれ、そのままごろりと仰向けに転がされた。天井をぼんやりと見上げた智子は、いつの間にか両手が後手に縛られている事に気付いた。
朦朧とした意識の中、必死に腕を動かそうとすると、ささくれたった荒縄が智子の手首にグイグイと食い込み、チクチクとした痛痒さが伝わって来た。
(こ、これはいったいどういう事……)
途切れた記憶の断片を必死に繋ぎ合わせながら天井を見つめていると、突然、女の顔が智子を覗き込んだ。
「小菊。あんたこれで二度目やな。今度こそは覚悟しといた方がええで」
女は憎々しげにそう呟くと、真っ黒な目で智子を睨みつけた。

その黒目しかない目に見覚えがあった。確かにその目は、あのお婆ぁさんの目と同じだった。
しかし、目の前の女は三十を少し超えたくらいの中年な女で、あのお婆ぁさんとは年齢が違い過ぎた。
「ウチに来て一週間も経たんうちに、二回も足抜けかますとはなぁ……ええ度胸しとるでぇホンマ」
女はそう言いながら智子の右頬を素足で踏みつけた。そしてその踵を頬にグリグリと押し付けながら、「おう! ここをどこや思うてけつかんねん!吉原みたいなチンドン屋敷と一緒にすなよ!」と、智子の顔に唾を吐きかけた。
「ちょ、ちょっと待って下さい! 私、いったい何の事か」
「なに言うとんのや、ワレにはごっつい前借があるやないけ!」
「ゼ、ゼンシャクってなんですか、私には何の事だかわかりません!」
遂に智子は泣き出した。小菊、足抜け、ゼンシャク。まったく意味がわからなかった。これは絶対に夢なんだと自分に言い聞かせていたが、しかし、女が顔面に吐きかけた唾の生温かさと、手首の痛痒さ、そして女のその足の裏の異様な冷たさは、現実の感触に間違いなく、智子は底知れぬ恐怖に叩き落とされてしまった。
「前借は、身に覚えがない言うんかいな?」
女は呆れたように鼻で笑うと、智子の顔から冷たい足の裏をどけ、智子の襟首を鷲掴みにすると、そのまま物凄い力で智子を起き上がらせた。
そして、脅える智子の襟首を引っ張りながら、「ほな、あんたの親父が書いてった証文見せたるわ」と廊下に向かって歩き出したのだった。
連行される智子は奇妙な感覚に包まれていた。
台所には流し台や冷蔵庫が無く、今まで邪魔でしょうがなかった大きな青いポリバケツもいつの間にか消えていた。
女は智子を廊下に突き出した。その時、女が開けた扉は、今までのドアではなく、牡丹や菊の絵が描かれた豪華な襖だった。

赤い絨毯が敷かれた廊下には、今までに嗅いだ事のない『お香』の香りが充満していた。そんな廊下にズラリと並んだ部屋の襖には、花や龍や鯉といった豪華な日本画が描かれ、その襖の向こう側からは赤い着物を着た女たちが恐る恐る智子を見つめていた。
(タイムスリップ……)
そんな漫画の世界のような言葉が智子の頭に浮かんだ。まさか、と頭の中で呟くと、いきなり女が智子の背中をドンっと突き飛ばした。
後手に縛られた智子は、そのまま赤い絨毯に顔面を激突させた。鼻がペキッと音を立て、まるでわさびを食べた時のように鼻の奥がツーンっとした。
目の前の赤い絨毯にヨダレと鼻血がじわっと滲んだ。突然、ドタドタドタという重苦しい足音が廊下に響いた。
水道の蛇口を捻ったように鼻血をダラダラと垂らしながら智子が顔をあげると、屈強な男達がニヤニヤと不敵な笑みを浮かべながら智子に向かって走って来た。背後をステンドグラスに照らされた男達は、幻想的な山賊のようだった。
荒ぶれ男の一人が智子の髪を鷲掴みにすると、もう一人が智子の服をビリビリと破り始めた。
その時、初めて自分が赤い着物を着ている事に気付いた。鷲掴みされた髪の毛も今までより倍以上は長く、露にされた胸は今までよりも遥かに大きかった。
「いいかみんな! これが二度も足抜けさらした女郎の成れの果てや!」
頭上で女が叫んだ。豪華な襖からソッと覗き見する女たちは、眉を顰めながら恐怖の表情を浮かべている。
全身から獣臭を発した男達は、全裸の智子を廊下に羽交い締めにすると、チクチクする荒縄を身体中に巻き付け始めた。
「違う!私じゃない!私は小菊なんかじゃない!」
智子は両脚をバタバタさせながら抵抗した。腕を組みながら智子を見下ろしていた女が「こいつ、まだこんな事言うとるわ」と呆れながら大きな声で笑った。
「本当なんです! 私は大槻智子です! 小菊なんて女じゃありません! 人違いです!」
女の笑い声がひときわ高くなった。悪趣味な廊下にそんな女の高笑いが響き、それを覗き見していた女たちは慌てて襖の影に顔を隠した。
「そこまでシラを切るなら、ちゃんと証拠を見せたらなあかんな……」
女はそう呟くと、智子の足首に縄を巻き付ける男の肩を爪先で蹴り、その手を止めさせた。
「このドアホ女を私の部屋に運んだりぃ」
女はそう言うと、真っ赤な着物をサッとひるがえし、そのままスタスタと階段に向かって歩き出した。靡く女の着物の裾が、朦朧とする智子の目に映った。それはまさに金魚鉢の中で優雅に靡く金魚の尾びれそのものだった。
男達三人に体を起こされた。全裸を荒縄で縛れるという無防備さが更に恐怖を呼び起こし、ガクガクと震える膝には生温かい小便が垂れていた。
子供のように背の低い男が、縄が食い込む智子の尻を鷲掴みしながら、「小便洩らしてるわ」と笑った。そんな背の低い男の後頭部は異様に長く、そして手足は異様に短かった。
「非人! 早よあっち行きさらせ!」
どこかの襖からそんな声が飛び出した。するとそれを皮切りに次から次へと汚い差別用語が廊下に谺した。
最初、智子は自分の事を言われているのかと思っていたが、しかしよく聞くと、その言葉のひとつひとつは男達に投げ掛けられているものだった。
顔面を岩石のようにボコボコした男が、女郎達のそんな野次から逃げるようにして、「行くぞ」と智子の胸に食い込む荒縄を引っ張った。
胸の荒縄を引っ張られる事により、それと連結している股間の荒縄が、残酷に性器に食い込んだ。
強烈な不快感を股間に感じながらゆっくりと歩き出すと、背の低い男が智子の尻を下から覗き込み、「ザクロじゃザクロじゃ」と下品な声で笑った。
まるで連行される罪人のようにして階段を下りた。ギシギシと軋む階段を一歩一歩下りながら、智子は動揺する自分に(これは夢なんだ、タイムスリップなんてあるわけない、今に目が覚めるわ)と、必死に言い聞かせ、早く目が覚めるようにと前歯で唇を激しく噛んだ。
階段を下りながら、いつもとは違う玄関を見下ろした。
蜘蛛の巣だらけだった下駄箱は綺麗に朱塗りされ、今はベニヤ板が打ち付けられている玄関横のガラスには、極彩色のステンドグラスが嵌め込まれていた。
表の路地を通り過ぎる人々が、全裸に荒縄を巻き付けられたまま階段を下りて来る智子の姿を見ては「おおぉ」と唸り、見世物小屋の不具者を見るような視線で智子を眺めた。そんな人々のファッションや髪型は明らかに現代のものではなく、まるで古い八ミリビデオを見ているようだった。
階段を下りると、広い玄関の壁に掲げられた、『中村楼』と彫り込まれた看板が目に飛び込んで来た。その中華料理店のような看板を横目に見ながら、やはりここは遊郭だったんだと背筋が寒くなる。
紺色の暖簾を掻き分けると、そこには中庭に面した細い廊下が続いていた。智子と四人の男は無言で一列に並ぶと、そのまま床を軋ませながら細い廊下を進んだ。
背後の男が妙に密着して来た。背後の男はゆっくりと歩きながら智子の尻に食い込んだ荒縄をグイグイと引っ張り、ハァハァと生臭い息を智子の耳に吐きかけて来た。
荒縄の刺が智子の陰部で擦れた。その不快感が脳味噌をイライラとさせ、大声を出して発狂しそうになった。
するといきなり、背後の男が智子の尻の荒縄を掴んだまま足を止めた。
「テツオ……」
背後の男が声を潜めてそう言うと、前を歩いていた小男が振り向いた。
「見張ってろや」
背後の男はそう言うなり、智子の首に太い腕を巻き付けた。
首に食い込む男の腕はまるで鉄のように固かった。真っ黒に汚れネバネバと汗ばみ、そしてドブ川のヘドロのようなニオイが漂っていた。
「騒いだら、このままいてもうたるからな……」
男は智子の耳元でそう囁きながら、その鉄のように固い腕で首をグイグイと締め付けた。
(いてもうたるからな……)
聞き慣れないその言葉を、何度も何度も頭で繰り返しながら恐怖を取り除こうとした。
今までにも気が狂った男に残酷なセックスを強要された事は何度もあったが、しかし、あっちの世界でのソレとこっちの世界でのコレとは、同じ恐怖でも怖さが違った。
男は尻に食い込んだ荒縄をズラすと、真っ黒に汚れた手の平に粘着性のある唾液をネチョっと垂らした。
ガサガサした男の指が陰部を弄り、唾液の生温さが太ももの内側に触れた。スルメイカのような据えた臭いがむんむんと立ち籠め、その臭いを感じた瞬間、智子は背後の男が陰部を出したと思った。
(殺される……)
リアルな恐怖が智子を包み込んだ。顔を押し付けられた壁を爪でガリリっと引っ掻き必死にもがいた。怖すぎて声さえも出なかった。
男の固い物が、荒縄が半分食い込んだ陰部に触れた。荒縄のチクチクした感触と亀頭のツルツルとした感触がズリズリと動き出す。
痛っと思った瞬間、固い物は徐々に侵入して来た。智子の足下に屈む小男が、そんな結合部分を覗き込みながら自分の陰部を弄っているのが見えた。
「小菊はまだかぁ!」
廊下の奥から女の声が聞こえた。
慌てふためいた小男がキョロキョロし始め、背後の男の腰の動きがいきなり早くなった。
「小菊ぅ……次に逃げた時はワシを尋ねてこいや……」
男は智子の耳元でそう囁くと、智子の股間に熱い汁を注入した。それと同時に小男の熱い汁も噴き出し、智子の脛をネトネトに汚したのだった。
(つづく)
5話へ続く→
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うつ伏せになっていた襟首を掴まれ、そのままごろりと仰向けに転がされた。天井をぼんやりと見上げた智子は、いつの間にか両手が後手に縛られている事に気付いた。
朦朧とした意識の中、必死に腕を動かそうとすると、ささくれたった荒縄が智子の手首にグイグイと食い込み、チクチクとした痛痒さが伝わって来た。
(こ、これはいったいどういう事……)
途切れた記憶の断片を必死に繋ぎ合わせながら天井を見つめていると、突然、女の顔が智子を覗き込んだ。
「小菊。あんたこれで二度目やな。今度こそは覚悟しといた方がええで」
女は憎々しげにそう呟くと、真っ黒な目で智子を睨みつけた。

その黒目しかない目に見覚えがあった。確かにその目は、あのお婆ぁさんの目と同じだった。
しかし、目の前の女は三十を少し超えたくらいの中年な女で、あのお婆ぁさんとは年齢が違い過ぎた。
「ウチに来て一週間も経たんうちに、二回も足抜けかますとはなぁ……ええ度胸しとるでぇホンマ」
女はそう言いながら智子の右頬を素足で踏みつけた。そしてその踵を頬にグリグリと押し付けながら、「おう! ここをどこや思うてけつかんねん!吉原みたいなチンドン屋敷と一緒にすなよ!」と、智子の顔に唾を吐きかけた。
「ちょ、ちょっと待って下さい! 私、いったい何の事か」
「なに言うとんのや、ワレにはごっつい前借があるやないけ!」
「ゼ、ゼンシャクってなんですか、私には何の事だかわかりません!」
遂に智子は泣き出した。小菊、足抜け、ゼンシャク。まったく意味がわからなかった。これは絶対に夢なんだと自分に言い聞かせていたが、しかし、女が顔面に吐きかけた唾の生温かさと、手首の痛痒さ、そして女のその足の裏の異様な冷たさは、現実の感触に間違いなく、智子は底知れぬ恐怖に叩き落とされてしまった。
「前借は、身に覚えがない言うんかいな?」
女は呆れたように鼻で笑うと、智子の顔から冷たい足の裏をどけ、智子の襟首を鷲掴みにすると、そのまま物凄い力で智子を起き上がらせた。
そして、脅える智子の襟首を引っ張りながら、「ほな、あんたの親父が書いてった証文見せたるわ」と廊下に向かって歩き出したのだった。
連行される智子は奇妙な感覚に包まれていた。
台所には流し台や冷蔵庫が無く、今まで邪魔でしょうがなかった大きな青いポリバケツもいつの間にか消えていた。
女は智子を廊下に突き出した。その時、女が開けた扉は、今までのドアではなく、牡丹や菊の絵が描かれた豪華な襖だった。

赤い絨毯が敷かれた廊下には、今までに嗅いだ事のない『お香』の香りが充満していた。そんな廊下にズラリと並んだ部屋の襖には、花や龍や鯉といった豪華な日本画が描かれ、その襖の向こう側からは赤い着物を着た女たちが恐る恐る智子を見つめていた。
(タイムスリップ……)
そんな漫画の世界のような言葉が智子の頭に浮かんだ。まさか、と頭の中で呟くと、いきなり女が智子の背中をドンっと突き飛ばした。
後手に縛られた智子は、そのまま赤い絨毯に顔面を激突させた。鼻がペキッと音を立て、まるでわさびを食べた時のように鼻の奥がツーンっとした。
目の前の赤い絨毯にヨダレと鼻血がじわっと滲んだ。突然、ドタドタドタという重苦しい足音が廊下に響いた。
水道の蛇口を捻ったように鼻血をダラダラと垂らしながら智子が顔をあげると、屈強な男達がニヤニヤと不敵な笑みを浮かべながら智子に向かって走って来た。背後をステンドグラスに照らされた男達は、幻想的な山賊のようだった。
荒ぶれ男の一人が智子の髪を鷲掴みにすると、もう一人が智子の服をビリビリと破り始めた。
その時、初めて自分が赤い着物を着ている事に気付いた。鷲掴みされた髪の毛も今までより倍以上は長く、露にされた胸は今までよりも遥かに大きかった。
「いいかみんな! これが二度も足抜けさらした女郎の成れの果てや!」
頭上で女が叫んだ。豪華な襖からソッと覗き見する女たちは、眉を顰めながら恐怖の表情を浮かべている。
全身から獣臭を発した男達は、全裸の智子を廊下に羽交い締めにすると、チクチクする荒縄を身体中に巻き付け始めた。
「違う!私じゃない!私は小菊なんかじゃない!」
智子は両脚をバタバタさせながら抵抗した。腕を組みながら智子を見下ろしていた女が「こいつ、まだこんな事言うとるわ」と呆れながら大きな声で笑った。
「本当なんです! 私は大槻智子です! 小菊なんて女じゃありません! 人違いです!」
女の笑い声がひときわ高くなった。悪趣味な廊下にそんな女の高笑いが響き、それを覗き見していた女たちは慌てて襖の影に顔を隠した。
「そこまでシラを切るなら、ちゃんと証拠を見せたらなあかんな……」
女はそう呟くと、智子の足首に縄を巻き付ける男の肩を爪先で蹴り、その手を止めさせた。
「このドアホ女を私の部屋に運んだりぃ」
女はそう言うと、真っ赤な着物をサッとひるがえし、そのままスタスタと階段に向かって歩き出した。靡く女の着物の裾が、朦朧とする智子の目に映った。それはまさに金魚鉢の中で優雅に靡く金魚の尾びれそのものだった。
男達三人に体を起こされた。全裸を荒縄で縛れるという無防備さが更に恐怖を呼び起こし、ガクガクと震える膝には生温かい小便が垂れていた。
子供のように背の低い男が、縄が食い込む智子の尻を鷲掴みしながら、「小便洩らしてるわ」と笑った。そんな背の低い男の後頭部は異様に長く、そして手足は異様に短かった。
「非人! 早よあっち行きさらせ!」
どこかの襖からそんな声が飛び出した。するとそれを皮切りに次から次へと汚い差別用語が廊下に谺した。
最初、智子は自分の事を言われているのかと思っていたが、しかしよく聞くと、その言葉のひとつひとつは男達に投げ掛けられているものだった。
顔面を岩石のようにボコボコした男が、女郎達のそんな野次から逃げるようにして、「行くぞ」と智子の胸に食い込む荒縄を引っ張った。
胸の荒縄を引っ張られる事により、それと連結している股間の荒縄が、残酷に性器に食い込んだ。
強烈な不快感を股間に感じながらゆっくりと歩き出すと、背の低い男が智子の尻を下から覗き込み、「ザクロじゃザクロじゃ」と下品な声で笑った。
まるで連行される罪人のようにして階段を下りた。ギシギシと軋む階段を一歩一歩下りながら、智子は動揺する自分に(これは夢なんだ、タイムスリップなんてあるわけない、今に目が覚めるわ)と、必死に言い聞かせ、早く目が覚めるようにと前歯で唇を激しく噛んだ。
階段を下りながら、いつもとは違う玄関を見下ろした。
蜘蛛の巣だらけだった下駄箱は綺麗に朱塗りされ、今はベニヤ板が打ち付けられている玄関横のガラスには、極彩色のステンドグラスが嵌め込まれていた。
表の路地を通り過ぎる人々が、全裸に荒縄を巻き付けられたまま階段を下りて来る智子の姿を見ては「おおぉ」と唸り、見世物小屋の不具者を見るような視線で智子を眺めた。そんな人々のファッションや髪型は明らかに現代のものではなく、まるで古い八ミリビデオを見ているようだった。
階段を下りると、広い玄関の壁に掲げられた、『中村楼』と彫り込まれた看板が目に飛び込んで来た。その中華料理店のような看板を横目に見ながら、やはりここは遊郭だったんだと背筋が寒くなる。
紺色の暖簾を掻き分けると、そこには中庭に面した細い廊下が続いていた。智子と四人の男は無言で一列に並ぶと、そのまま床を軋ませながら細い廊下を進んだ。
背後の男が妙に密着して来た。背後の男はゆっくりと歩きながら智子の尻に食い込んだ荒縄をグイグイと引っ張り、ハァハァと生臭い息を智子の耳に吐きかけて来た。
荒縄の刺が智子の陰部で擦れた。その不快感が脳味噌をイライラとさせ、大声を出して発狂しそうになった。
するといきなり、背後の男が智子の尻の荒縄を掴んだまま足を止めた。
「テツオ……」
背後の男が声を潜めてそう言うと、前を歩いていた小男が振り向いた。
「見張ってろや」
背後の男はそう言うなり、智子の首に太い腕を巻き付けた。
首に食い込む男の腕はまるで鉄のように固かった。真っ黒に汚れネバネバと汗ばみ、そしてドブ川のヘドロのようなニオイが漂っていた。
「騒いだら、このままいてもうたるからな……」
男は智子の耳元でそう囁きながら、その鉄のように固い腕で首をグイグイと締め付けた。
(いてもうたるからな……)
聞き慣れないその言葉を、何度も何度も頭で繰り返しながら恐怖を取り除こうとした。
今までにも気が狂った男に残酷なセックスを強要された事は何度もあったが、しかし、あっちの世界でのソレとこっちの世界でのコレとは、同じ恐怖でも怖さが違った。
男は尻に食い込んだ荒縄をズラすと、真っ黒に汚れた手の平に粘着性のある唾液をネチョっと垂らした。
ガサガサした男の指が陰部を弄り、唾液の生温さが太ももの内側に触れた。スルメイカのような据えた臭いがむんむんと立ち籠め、その臭いを感じた瞬間、智子は背後の男が陰部を出したと思った。
(殺される……)
リアルな恐怖が智子を包み込んだ。顔を押し付けられた壁を爪でガリリっと引っ掻き必死にもがいた。怖すぎて声さえも出なかった。
男の固い物が、荒縄が半分食い込んだ陰部に触れた。荒縄のチクチクした感触と亀頭のツルツルとした感触がズリズリと動き出す。
痛っと思った瞬間、固い物は徐々に侵入して来た。智子の足下に屈む小男が、そんな結合部分を覗き込みながら自分の陰部を弄っているのが見えた。
「小菊はまだかぁ!」
廊下の奥から女の声が聞こえた。
慌てふためいた小男がキョロキョロし始め、背後の男の腰の動きがいきなり早くなった。
「小菊ぅ……次に逃げた時はワシを尋ねてこいや……」
男は智子の耳元でそう囁くと、智子の股間に熱い汁を注入した。それと同時に小男の熱い汁も噴き出し、智子の脛をネトネトに汚したのだった。
(つづく)
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