ロリコン大作戦3
2012/02/18 Sat 14:19
「アジトってなんね?」
「アジト。つまり俺達の秘密基地だ」
治はそんな幼稚な言い方の方がミノルは喰い付きやすいはずだ、と言い方を変えてみた。
「おぉ、秘密基地ね。自分も天正寺の裏にエロ本ば隠しちょる秘密基地ば持っとっとよ」
すぐにミノルは喰い付いて来た。さすが掲示板で鍛えている治である、ミノルが釣られるような言葉を全て知り尽くしていた。
「金、いくらある?」
治が聞くと、ミノルはポケットの中から修学旅行で京都のお土産屋で買ったような安っぽい西陣織の布財布を取り出すと、中を覗き込んだ。
「3万2千円あっとばい」
治よりも金持ちだった。治の全財産は今朝母親をぶっ飛ばして取り上げた5千円だけだ。
「よし。ではその金でまずはホテルを手配しよう」
「ホテルって……自分はここで寝るとですよ……ホテルは落ち着かんけん好かんばい」
「ダメだ。この作戦を成功させる為にはもっともっと念密な会議をしなくてはならない。ここは壁が薄すぎる、我々の作戦が隣りに知れ渡ってしまう恐れがある。したがって、我々の秘密基地は厳重な警備のあるホテルに移動する事とする」
治が地球防衛軍風にそう告げるとオサムは物凄く嬉しそうな顔をして「わかったとです、すぐに我々の秘密基地に行くばい」と興奮し始めたのだった。
やっとの思いで行きつけのネットカフェを脱出できた治は、ネットカフェを出る時、店長に「田舎から尋ねて来られて困ってるんだよね。僕は彼とはネットで知り合っただけで初対面なんだけど、ちょっと頭がイカレてるみたいで迷惑してるんですよ……」と告げた。もし報道特集に店長が出演するような事態になったら、「治君はそう話していました」とコメントしてもらわなくてはならないからだ。
そこから徒歩数分の場所にある小さなビジネスホテルに向かった。
ほとんどが援交もしくはデリヘルで使用されているそのビジネスホテルは、一般の利用者はほとんどいない。人目に付かないそんなビジネスホテルは治にはもってこいの場所だった。
フロントで6千円をミノルに払わせ、古くさいアクリルの棒の付いたルームキーを受け取ると、さっそく二人はエレベーターに乗り込み、6階の秘密基地へと急いだのだった。
部屋の入口の防火扉のドアが妙に寒々しさを漂わせていた。
ガチャン!という大袈裟な音を立ててドアが開けられると、つい今まで誰かがいたような生暖かい空気と強烈な煙草臭が部屋から漂って来た。
「なかなかいい部屋ばい」
ミノルはそう言いながら小さなベッドの上に飛び乗ると、子供のように尻をピョンピョンさせながらクッションを確かめている。
床の絨毯には所々に大きなシミが付いていた。もしかしたらこのシミはスカトロによって付けられたシミかも知れない、とふと思った治は、その絨毯のシミの匂いを嗅いで見たい心境に駆られたが、しかし、今はそれどころではないと欲望を抑えた。
「作戦会議、始めっとやろ」
ミノルが嬉しそうに治の顔を見た。
「あぁ。まず、『作戦その1』の少女探しだが、これが一番の難所だと俺は思う……」
治はそう言いながら冷蔵庫を開けた。
小さな冷蔵庫の中には、飲みかけのオロナミンCとなぜか新品のコンドームが冷やされていた。治は、ミノルにバレぬようこっそりとコンドームだけを取り出すと、そのまま冷蔵庫のドアを閉め、コンドームはちゃっかりポケットの中にしまった。
「まず、計画に書いてあった渋谷や原宿。ここで少女を誘拐するというのは非常に危険だ」
「なぜですか。渋谷や原宿は上戸彩さんのようなかわいい少女がいっぱいおるとじゃなかですか」
「確かにそうかも知れない。しかし、少女を拉致した後の逃走経路を考えるとその場所は非常に危険だ。あれほどの都市部だと捜査線がすぐに張られてしまい逃走中に捕まってしまう恐れがある」
「……なるほど……さすがオサムちゃんですばい。じゃあ場所はどこにすっとですか?」
「うん……千葉だ」
治は、できるだけ遠くしようと千葉と答えた。千葉なら移動時間が掛かり時間稼ぎができるからだ。
「千葉ですか……しかしあそこは田舎やと聞いておりますが、そんな所に上戸彩さんみたいな少女がおるとですか……」
「ふふふふふ……。千葉を甘く見てはいけないよミノルちゃん。千葉県浦安市……。浦安と言えば我々ロリコンの聖地とも呼べるディズニーランドがあるではないか!」
「おおーっ!」と怒声を上げながらミノルが握り拳を作った。
「そげんこつ忘れておったばい!千葉と言えばミッキーちゃんの故郷やなかとですか!」
ミッキーちゃんの故郷は浦安ではなく確かフロリダだ。しかしここはミノルを完全に釣り上げる為にも、どんな小さな否定も許されない、この際ミッキーちゃんの故郷は浦安にしておくべきだ、と治は自分に言い聞かせた。
「千葉はいいぜぇ……天使のような少女がウヨウヨしている。あそこはまさしくロリコンの楽園さ……」
治が大袈裟にそう呟くと、異様に興奮したミノルが股間を押さえながら「今夜は眠れんこつなるばい!」と嬉しそうに叫んだ。
「という事で作戦を一部変更する。という事はまた作戦をいちから考え直さなければならない」
「……千葉ではこの作戦は通用せんですか?」
「無理だ。千葉の浦安でペコちゃんやキティーちゃんは危険すぎる。ディズニーマニアの本拠地とも言える浦安でペコちゃんやキティーちゃんの人形を持ち歩いてみろ、すぐにディズニーマニアが集まって来て袋叩きにされてしまうぞ」
「そげん恐ろしか場所ですか浦安は……」
「あぁ。浦安を甘く見てはいけない。先日もETのストラップを付けていた青年が大勢のディズニーファンから『ユニバーサル・ゴーホーム!』とシュプレヒコールを浴びせられ、投石やゲバ棒により瀕死の重傷を負わされたほどだ。あの町にペコちゃんやサンリオグッズを持ち込むのは自殺行為と言えよう……」
「………………」
「俺は今から上戸彩似の少女達が気に入るようなディズニーグッズを集めて来る。キミはこの秘密基地に残って新しい計画を考えてくれ」
治はそう言うと、座っていたベッドから腰を上げた。
「それなら自分も行くとですよ」
ミノルも一緒になって立ち上がった。
「いや、キミは作戦本部の総隊長だ。キミには念密な作戦を立てて貰わなくてはならない。だから今夜はこの秘密基地に残って作戦を頼む」
「……しかし、そげんこつ大変な仕事をオサムちゃんだけに押し付けるのは心が痛かですよ……」
「確かに、今からそれだけのレアなグッズを集めるのは大変だ。しかし、作戦はそれよりももっと大切だ、成功するには念密な作戦が必要なんだ……キミが最高の作戦を立ててくれるのを期待してるぜ」
「……オサムっちゃん!」
感情的になったミノルは目に涙すら浮かべていた。
完全に……釣れた。
ミノルは感極まって詰まった鼻を、グスっ!といわせながら鼻汁をすすると、口でポワーっと息をしながら西陣織の財布を開いた。
「これは、グッズを手に入れる金ですばい。遠慮のう使こうて下さい……」
ミノルはそう言いながら1万円を治に渡した。
治はもう5千円上乗せさせようかと思ったが、しかし、帰りの汽車賃がなくなってしまい九州に帰れなくなってしまっては元もこうもないと思い、1万円だけ受け取った。
治は「絶対に秘密基地を離れないように」と何回も念を押すと、ホテルの部屋を出た。
フロントに降りるエレベーターの中では、2人のスーツ姿の中年の親父と一緒だった。よく見ると二人はこっそり手を繋いでいる。治はそんな二人を見て寒気を覚えながらも、もしかしたらホテルのフロントにいた人達から自分達もああいうふうに見られていたのではないかと思い、更に全身に寒気を走らせたのだった。
※
家に着くと、玄関の前で治は立ち止まった。携帯を開くと既に11時を過ぎていた。父親の晩酌が始まるのは10時からで、もうこの時間だと父親は完全に出来上がっている頃だ。
治はこの時間帯を「デンジャラス・タイム」と呼んでいる。デンジャラス・タイムになるといつも治は、部屋の鍵を閉め、真っ暗闇の部屋の中で布団に潜り込みながらノートPCを眺めていた。
というのは酔っぱらった父親が襲撃して来るからである。
シラフの父親もやっかいだが、しかし酔った父親は更にやっかいだった。シラフならばグジグジと説教するだけだったが、しかし酔うと辺りかまわず暴力を振るってくるからである。
先日も、デンジャラス・タイムにどうしてもトイレに行きたくなった治は、足音を忍ばせ階下に行くと、そこで待ち伏せでもしていたのだろうかいきなりフライパンを持った父親が無言で治に襲いかかり、フライパンで激しく肩を叩かれた治は小便を洩らしながら必死で部屋に逃げ帰った事があった。
そんなデンジャラス・タイムに帰宅するなどまるで自殺行為である。
このまま父親が寝るのを待って、こっそり忍び込もうか……
いや、いっそこのままネットカフェに行ってそこで夜を明かすか、ミノルから貰った金もある事だし……
ぼんやりと玄関のドアを眺めながらそんな事を考えていた治だったが、気がつくと足が勝手にネットカフェの方向に向かって進んでいたのだった。
ネットカフェに行くと、眠そうな顔をした店長が「あれ?さっきのガイキチは?」と聞いて来た。
「ホテルに叩き込んでやったよ」と治は笑いながら、いつもの部屋へと行く。
いつもの部屋に入ろうとした時、隣りの住人と廊下でふと出くわした。隣りの住人は手にコーラを持ちながら、治を見てペコリと小さく頭を下げた。
この隣りの住人はもうかれこれ2ヶ月はここで暮らしているといういわゆるネット難民の女だった。年齢は不明だがたぶん20代半ばで、化粧気はまったくなく少しオタクっぽい女だが、しかしそのスタイルはなかなかそそるものがあった。
女は治に挨拶をした後、床を眺めてニヤニヤと不気味な薄ら笑いを浮かべながら部屋の扉を開けた。治はすかさず女の体を舐め回すように見つめる。ショートパンツからはみ出したムチムチの太もも、ドテっと重そうなボイン、そしてキュッと食い込んだ尻。
顔は酷いがスタイルは抜群だ。
治はその体をしっかりと目に焼き付けると、自分ものっそりと部屋の扉を開けたのだった。
治は「ロリコン大作戦」に投稿してはいるが、決して少女が性の対象という事ではなかった。普通の女性に対してもちゃんと性的興奮をするのだ。ロリコン大作戦に投稿しているのは、あくまでもミノルをからかうのが楽しくて投稿しているだけだった。
そんな治は、部屋に入るなりさっそくロリコン大作戦にアクセスしてみた。
《また現れたよ変態ミノルちゃん藁》
《本当に少女をレイプしてから来い。もちろん証拠画像付きでな》
《はったりミノルうざー早く消えろ》
《この弱虫に少女を犯す度胸があるとは思えんが……》
《無理無理、弱虫のミノルちゅんには少女レイプは絶対に無理》
名無し達が一斉にミノル煽りを初めていた。
そんな中、この馬鹿ミノルはなんと、
《明日浦安のデーズニランドで少女に悪戯するオサムちゃんと一緒にやるよ》
と、犯行声明を出しているではないか。
「この馬鹿、ズッポリ釣られてるよ・・・」
治はそうそう呟きながら、
《少女を誘拐してレイプすれば軽く10年は刑務所暮らし。日本の警察は優秀、捕まる確立97%だな》
と、名無しで書き込み、ミノルの熱を冷まさせようとした。
しかしそんな治の書き込みに対し、ミノルは《オサムちゃんが一緒だから捕まる心配はないよ》と余裕の返答をしてくる。
他の名無し達も《俺達のヒーロー・ミノルちゅんがタイーホされるわけがないだろ!》などとミノルをまた煽り立てた。
「みんな・・・これマジなんだよ・・・」
PCに向かって嘆く治の耳に、なにやら甘いピンク色の声が一瞬隣りから聞こえた。
胸をドキッと飛び跳ねた治は、息を殺し耳を澄ます。
再び隣りから「っん~……」という溜息と擦れた声が混ざり合う微妙な声が聞こえて来た。
(キターーーーーーーーーーーーーーー)
治は備え付けのグラスを逆さまにし、ベニヤ板1枚の壁にグラスを押し付け、そこに耳を当てた。
ガサゴソという物音と共に、ヘッドホンから漏れる「パンパンパン!」や「あ~ん!イキそう~!」というエロ動画の音が微かに聞こえてきた。
治は、これは間違いない、と嬉しそうに頷きながら、ホテルからパクって来たコンドームをポケットから取り出すと、それをクルクルクルっとペニスに被せた。
コンドームを使ってのオナニーが治はお気に入りだった。ゴムを付けてシゴくと快感が半減する、っとネットに書いていた者もいた。確かにゴムを付けてのオナニーと生のオナニーとではペニスの摩擦具合が違い生オナニーの方が断然快感を得られるのは確かだ。
が、しかし、肉体的快感よりも精神的快感を求めていた治には、このリアリティーのあるゴム・オナニーが堪らなく好きだったのだ。
治はバサバサバサという独特なゴム音を立てながらオナニーを始めた。
隣りからの怪しい声はピタリと聞こえて来なくなった。
しかし、声など聞こえなくとも、隣のオタク女が今どんな恰好でどんなポーズをしながらオナニーをしているかを想像するだけで十分抜けたのだった。
※
朝の10時にネットカフェを出た治は、ミノルが待つホテルへ向かう途中、ディズニーグッズと車を手配していない事に気付いた。
「ちっ!」と舌打ちしながら、このまま家に帰ってしまおうかとふと立ち止まった。
しかし、もし自分が行かなかった事で、暴走したミノルは渋谷のセンター街あたりで少女を誘拐しかねない。
十分考えられる。
もしそうなれば、ここまでミノルに関わって来た自分にもなんらかの容疑が掛かって来る可能性は高い。
これも十分考えられる。
「ちっ!」ともう一度舌打ちした治は、再びホテルに向かって歩き始めたのだった。
ホテルに行く途中、ホカホカ弁当の前に止まっていた自転車の鍵に、ミッキーマウスのキーホルダーが付いているのを発見した。
ホカホカ弁当の中をそっと覗くと、その自転車の持ち主であろう50歳くらいのおばさんが同じく50歳くらいのおばさん店員と楽しげに話し込んでいた。治は靴ひもを結ぶふりをして自転車の前にしゃがむと、何気なくその鍵を抜き取り、また素知らぬ顔をして歩き始めたのだった。
ホテルに着くと、キーホルダーから引きちぎった自転車の鍵をロビーのゴミ箱に捨てた。
ホテルのロビーはチェックアウトの時間の為か妙に慌ただしく、様々な人間達が蠢いていた。治はエレベーターのボタンを押すと、ロビーに蠢いている「様々な人達」をぼんやり観察した。
窓際に座ってスポーツ新聞を広げているヤツは明らかにヤクザだった。新聞を持つ右手の小指が半分しかなく、ちぎれたその小指の先にダイヤの指輪をしている。
ヤクザの斜め後にはオカマがいた。オカマは携帯電話を必死になって何度も何度も掛けながら、繋がらない度に「くそったれ……」と親父声で呟いている。
小さなフロントには、ヤクザの情婦と思われる派手な女が趣味の悪い金色のハンドバッグの中から財布を取り出しながら「この割引券は使えへんの?」と関西弁で従業員に話し掛け、その女の隣りでは韓国人売春婦と見られる女が濃紺のスーツを着た胡散臭いおっさんと抱き合うように話し込んでいた。
コレ系のビジネスホテルのこの時間帯というのは、まるで社会不適合者たちの寄せ場だった。
チン!とエレベーターが鳴った。
扉が開くと中から明らかにホテトル嬢らしき女がひとり、なにかブツブツと独り言を言いながら降りて来た。擦れ違いにエレベーターに乗り込むと、小さなエレベーターの中は安物の香水の匂いと微かなワキガの匂いが充満していた。
治は6階まで息を止めた。
ミノルの部屋のチャイムを押すと、中から「待ってました!」とばかりにバタバタと走り寄って来るミノルの足音が聞こえた。
「待っとったばい!」
ドアを開けるなりミノルが叫んだ。そんな朝のミノルの口臭は人間技とは思えないくらいの悪臭だった。
「どうでしたかミッキーは手に入ったとですか」
部屋に入る治にさっそくミノルが話し掛けて来た。
「あぁ……これ……」
治はそう言ってポケットの中からホカ弁で盗んだキーホルダーを取り出した。
そのミッキーマウスは、頭の黒い部分が半分剥げ落ち片方の耳が白かった。よく見るとそのミッキーはやたらと目が小さく、足の裏には「MADEN CHINA」と型が押されていた。
「ほぅ……それがそんなにレアモノなんですか……」
ミノルは不思議そうにそのミッキーを手にした。
「あぁ。それは1893年にウォルト・ディズニーが最初に発売したという初版キーホルダーだよ。アメリカでは国宝級のレアモノだぜ」
治はデタラメにそう言うと、クシャクシャのベッドにゴロリと横になった。
一日中、ネットカフェのソファーで踞るように転がっていた治は、こうして手足を伸ばして寝転がれるという事は人間にとって何よりの幸せなのかもしれない、とつくづく思いながら深い溜息をついた。
と、枕元からとたんに変な匂いが漂って来た。2週間前にクズカゴの中に捨てたヨーグルトのカップのようなその匂いは、一瞬にして治を不快にさせた。
「なんか、臭くない?」
治がミノルに聞くと、ミノルは恥ずかしそうに「枕の下に捨てたとですよ」と顔を赤くして笑う。
慌てた治が枕を剥ぐってみると、枕の下から丸められたティッシュが2個出て来た。
それはあきらかにセンズリティッシュだった。
寄せ場のようなフロントで宿泊料金を支払うと、さっそく二人は駅に向かって歩き始めた。
車が手配できなかった理由を、「俺が掴んだ情報によると、車を使って少女を誘拐した場合の検挙確立は97%で、逮捕された場合は十年の実刑は確実らしい。だから車は危険だ、電車にしよう」とそう語り、昨夜『ロリコン大作戦』の掲示板を見ていたミノルも「やっぱり97%の確立は本当やったとですか……」と妙に納得し、素直に電車行動を受け入れたのだった。
浦安行きの電車に乗り込むと、さっそく治は窓の外を眺めながらこの後どうやって誤摩化してこの1日を乗り切ろうかと考えた。
「……オサムッちゃん……あの子なんてどうですか……」
治が目の前の家族連れを指差してそう言った。
十歳くらいの可愛らしい少女が父親の腕に抱かれ、それを隣りの母親が愛おしそうに覗き込んでいた。
「このままあの家族を尾行するとですよ。駅に降りたらきっとあの子は自分で歩きよりますから、一瞬の隙を狙って誘拐……」
治は「アホか」と思うが、しかしミノルはいたって真剣だった。もし治が「よし、そうしよう」と言えば、恐らくミノルは駅の構内で父親の手から少女を奪い去り走り出すだろう。
実に危険で実に迷惑なヤロウだと治はつくづくそう思いながらまた窓の外を見たのだった。
(4に続く)

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「アジト。つまり俺達の秘密基地だ」
治はそんな幼稚な言い方の方がミノルは喰い付きやすいはずだ、と言い方を変えてみた。
「おぉ、秘密基地ね。自分も天正寺の裏にエロ本ば隠しちょる秘密基地ば持っとっとよ」
すぐにミノルは喰い付いて来た。さすが掲示板で鍛えている治である、ミノルが釣られるような言葉を全て知り尽くしていた。
「金、いくらある?」
治が聞くと、ミノルはポケットの中から修学旅行で京都のお土産屋で買ったような安っぽい西陣織の布財布を取り出すと、中を覗き込んだ。
「3万2千円あっとばい」
治よりも金持ちだった。治の全財産は今朝母親をぶっ飛ばして取り上げた5千円だけだ。
「よし。ではその金でまずはホテルを手配しよう」
「ホテルって……自分はここで寝るとですよ……ホテルは落ち着かんけん好かんばい」
「ダメだ。この作戦を成功させる為にはもっともっと念密な会議をしなくてはならない。ここは壁が薄すぎる、我々の作戦が隣りに知れ渡ってしまう恐れがある。したがって、我々の秘密基地は厳重な警備のあるホテルに移動する事とする」
治が地球防衛軍風にそう告げるとオサムは物凄く嬉しそうな顔をして「わかったとです、すぐに我々の秘密基地に行くばい」と興奮し始めたのだった。
やっとの思いで行きつけのネットカフェを脱出できた治は、ネットカフェを出る時、店長に「田舎から尋ねて来られて困ってるんだよね。僕は彼とはネットで知り合っただけで初対面なんだけど、ちょっと頭がイカレてるみたいで迷惑してるんですよ……」と告げた。もし報道特集に店長が出演するような事態になったら、「治君はそう話していました」とコメントしてもらわなくてはならないからだ。
そこから徒歩数分の場所にある小さなビジネスホテルに向かった。
ほとんどが援交もしくはデリヘルで使用されているそのビジネスホテルは、一般の利用者はほとんどいない。人目に付かないそんなビジネスホテルは治にはもってこいの場所だった。
フロントで6千円をミノルに払わせ、古くさいアクリルの棒の付いたルームキーを受け取ると、さっそく二人はエレベーターに乗り込み、6階の秘密基地へと急いだのだった。
部屋の入口の防火扉のドアが妙に寒々しさを漂わせていた。
ガチャン!という大袈裟な音を立ててドアが開けられると、つい今まで誰かがいたような生暖かい空気と強烈な煙草臭が部屋から漂って来た。
「なかなかいい部屋ばい」
ミノルはそう言いながら小さなベッドの上に飛び乗ると、子供のように尻をピョンピョンさせながらクッションを確かめている。
床の絨毯には所々に大きなシミが付いていた。もしかしたらこのシミはスカトロによって付けられたシミかも知れない、とふと思った治は、その絨毯のシミの匂いを嗅いで見たい心境に駆られたが、しかし、今はそれどころではないと欲望を抑えた。
「作戦会議、始めっとやろ」
ミノルが嬉しそうに治の顔を見た。
「あぁ。まず、『作戦その1』の少女探しだが、これが一番の難所だと俺は思う……」
治はそう言いながら冷蔵庫を開けた。
小さな冷蔵庫の中には、飲みかけのオロナミンCとなぜか新品のコンドームが冷やされていた。治は、ミノルにバレぬようこっそりとコンドームだけを取り出すと、そのまま冷蔵庫のドアを閉め、コンドームはちゃっかりポケットの中にしまった。
「まず、計画に書いてあった渋谷や原宿。ここで少女を誘拐するというのは非常に危険だ」
「なぜですか。渋谷や原宿は上戸彩さんのようなかわいい少女がいっぱいおるとじゃなかですか」
「確かにそうかも知れない。しかし、少女を拉致した後の逃走経路を考えるとその場所は非常に危険だ。あれほどの都市部だと捜査線がすぐに張られてしまい逃走中に捕まってしまう恐れがある」
「……なるほど……さすがオサムちゃんですばい。じゃあ場所はどこにすっとですか?」
「うん……千葉だ」
治は、できるだけ遠くしようと千葉と答えた。千葉なら移動時間が掛かり時間稼ぎができるからだ。
「千葉ですか……しかしあそこは田舎やと聞いておりますが、そんな所に上戸彩さんみたいな少女がおるとですか……」
「ふふふふふ……。千葉を甘く見てはいけないよミノルちゃん。千葉県浦安市……。浦安と言えば我々ロリコンの聖地とも呼べるディズニーランドがあるではないか!」
「おおーっ!」と怒声を上げながらミノルが握り拳を作った。
「そげんこつ忘れておったばい!千葉と言えばミッキーちゃんの故郷やなかとですか!」
ミッキーちゃんの故郷は浦安ではなく確かフロリダだ。しかしここはミノルを完全に釣り上げる為にも、どんな小さな否定も許されない、この際ミッキーちゃんの故郷は浦安にしておくべきだ、と治は自分に言い聞かせた。
「千葉はいいぜぇ……天使のような少女がウヨウヨしている。あそこはまさしくロリコンの楽園さ……」
治が大袈裟にそう呟くと、異様に興奮したミノルが股間を押さえながら「今夜は眠れんこつなるばい!」と嬉しそうに叫んだ。
「という事で作戦を一部変更する。という事はまた作戦をいちから考え直さなければならない」
「……千葉ではこの作戦は通用せんですか?」
「無理だ。千葉の浦安でペコちゃんやキティーちゃんは危険すぎる。ディズニーマニアの本拠地とも言える浦安でペコちゃんやキティーちゃんの人形を持ち歩いてみろ、すぐにディズニーマニアが集まって来て袋叩きにされてしまうぞ」
「そげん恐ろしか場所ですか浦安は……」
「あぁ。浦安を甘く見てはいけない。先日もETのストラップを付けていた青年が大勢のディズニーファンから『ユニバーサル・ゴーホーム!』とシュプレヒコールを浴びせられ、投石やゲバ棒により瀕死の重傷を負わされたほどだ。あの町にペコちゃんやサンリオグッズを持ち込むのは自殺行為と言えよう……」
「………………」
「俺は今から上戸彩似の少女達が気に入るようなディズニーグッズを集めて来る。キミはこの秘密基地に残って新しい計画を考えてくれ」
治はそう言うと、座っていたベッドから腰を上げた。
「それなら自分も行くとですよ」
ミノルも一緒になって立ち上がった。
「いや、キミは作戦本部の総隊長だ。キミには念密な作戦を立てて貰わなくてはならない。だから今夜はこの秘密基地に残って作戦を頼む」
「……しかし、そげんこつ大変な仕事をオサムちゃんだけに押し付けるのは心が痛かですよ……」
「確かに、今からそれだけのレアなグッズを集めるのは大変だ。しかし、作戦はそれよりももっと大切だ、成功するには念密な作戦が必要なんだ……キミが最高の作戦を立ててくれるのを期待してるぜ」
「……オサムっちゃん!」
感情的になったミノルは目に涙すら浮かべていた。
完全に……釣れた。
ミノルは感極まって詰まった鼻を、グスっ!といわせながら鼻汁をすすると、口でポワーっと息をしながら西陣織の財布を開いた。
「これは、グッズを手に入れる金ですばい。遠慮のう使こうて下さい……」
ミノルはそう言いながら1万円を治に渡した。
治はもう5千円上乗せさせようかと思ったが、しかし、帰りの汽車賃がなくなってしまい九州に帰れなくなってしまっては元もこうもないと思い、1万円だけ受け取った。
治は「絶対に秘密基地を離れないように」と何回も念を押すと、ホテルの部屋を出た。
フロントに降りるエレベーターの中では、2人のスーツ姿の中年の親父と一緒だった。よく見ると二人はこっそり手を繋いでいる。治はそんな二人を見て寒気を覚えながらも、もしかしたらホテルのフロントにいた人達から自分達もああいうふうに見られていたのではないかと思い、更に全身に寒気を走らせたのだった。
※
家に着くと、玄関の前で治は立ち止まった。携帯を開くと既に11時を過ぎていた。父親の晩酌が始まるのは10時からで、もうこの時間だと父親は完全に出来上がっている頃だ。
治はこの時間帯を「デンジャラス・タイム」と呼んでいる。デンジャラス・タイムになるといつも治は、部屋の鍵を閉め、真っ暗闇の部屋の中で布団に潜り込みながらノートPCを眺めていた。
というのは酔っぱらった父親が襲撃して来るからである。
シラフの父親もやっかいだが、しかし酔った父親は更にやっかいだった。シラフならばグジグジと説教するだけだったが、しかし酔うと辺りかまわず暴力を振るってくるからである。
先日も、デンジャラス・タイムにどうしてもトイレに行きたくなった治は、足音を忍ばせ階下に行くと、そこで待ち伏せでもしていたのだろうかいきなりフライパンを持った父親が無言で治に襲いかかり、フライパンで激しく肩を叩かれた治は小便を洩らしながら必死で部屋に逃げ帰った事があった。
そんなデンジャラス・タイムに帰宅するなどまるで自殺行為である。
このまま父親が寝るのを待って、こっそり忍び込もうか……
いや、いっそこのままネットカフェに行ってそこで夜を明かすか、ミノルから貰った金もある事だし……
ぼんやりと玄関のドアを眺めながらそんな事を考えていた治だったが、気がつくと足が勝手にネットカフェの方向に向かって進んでいたのだった。
ネットカフェに行くと、眠そうな顔をした店長が「あれ?さっきのガイキチは?」と聞いて来た。
「ホテルに叩き込んでやったよ」と治は笑いながら、いつもの部屋へと行く。
いつもの部屋に入ろうとした時、隣りの住人と廊下でふと出くわした。隣りの住人は手にコーラを持ちながら、治を見てペコリと小さく頭を下げた。
この隣りの住人はもうかれこれ2ヶ月はここで暮らしているといういわゆるネット難民の女だった。年齢は不明だがたぶん20代半ばで、化粧気はまったくなく少しオタクっぽい女だが、しかしそのスタイルはなかなかそそるものがあった。
女は治に挨拶をした後、床を眺めてニヤニヤと不気味な薄ら笑いを浮かべながら部屋の扉を開けた。治はすかさず女の体を舐め回すように見つめる。ショートパンツからはみ出したムチムチの太もも、ドテっと重そうなボイン、そしてキュッと食い込んだ尻。
顔は酷いがスタイルは抜群だ。
治はその体をしっかりと目に焼き付けると、自分ものっそりと部屋の扉を開けたのだった。
治は「ロリコン大作戦」に投稿してはいるが、決して少女が性の対象という事ではなかった。普通の女性に対してもちゃんと性的興奮をするのだ。ロリコン大作戦に投稿しているのは、あくまでもミノルをからかうのが楽しくて投稿しているだけだった。
そんな治は、部屋に入るなりさっそくロリコン大作戦にアクセスしてみた。
《また現れたよ変態ミノルちゃん藁》
《本当に少女をレイプしてから来い。もちろん証拠画像付きでな》
《はったりミノルうざー早く消えろ》
《この弱虫に少女を犯す度胸があるとは思えんが……》
《無理無理、弱虫のミノルちゅんには少女レイプは絶対に無理》
名無し達が一斉にミノル煽りを初めていた。
そんな中、この馬鹿ミノルはなんと、
《明日浦安のデーズニランドで少女に悪戯するオサムちゃんと一緒にやるよ》
と、犯行声明を出しているではないか。
「この馬鹿、ズッポリ釣られてるよ・・・」
治はそうそう呟きながら、
《少女を誘拐してレイプすれば軽く10年は刑務所暮らし。日本の警察は優秀、捕まる確立97%だな》
と、名無しで書き込み、ミノルの熱を冷まさせようとした。
しかしそんな治の書き込みに対し、ミノルは《オサムちゃんが一緒だから捕まる心配はないよ》と余裕の返答をしてくる。
他の名無し達も《俺達のヒーロー・ミノルちゅんがタイーホされるわけがないだろ!》などとミノルをまた煽り立てた。
「みんな・・・これマジなんだよ・・・」
PCに向かって嘆く治の耳に、なにやら甘いピンク色の声が一瞬隣りから聞こえた。
胸をドキッと飛び跳ねた治は、息を殺し耳を澄ます。
再び隣りから「っん~……」という溜息と擦れた声が混ざり合う微妙な声が聞こえて来た。
(キターーーーーーーーーーーーーーー)
治は備え付けのグラスを逆さまにし、ベニヤ板1枚の壁にグラスを押し付け、そこに耳を当てた。
ガサゴソという物音と共に、ヘッドホンから漏れる「パンパンパン!」や「あ~ん!イキそう~!」というエロ動画の音が微かに聞こえてきた。
治は、これは間違いない、と嬉しそうに頷きながら、ホテルからパクって来たコンドームをポケットから取り出すと、それをクルクルクルっとペニスに被せた。
コンドームを使ってのオナニーが治はお気に入りだった。ゴムを付けてシゴくと快感が半減する、っとネットに書いていた者もいた。確かにゴムを付けてのオナニーと生のオナニーとではペニスの摩擦具合が違い生オナニーの方が断然快感を得られるのは確かだ。
が、しかし、肉体的快感よりも精神的快感を求めていた治には、このリアリティーのあるゴム・オナニーが堪らなく好きだったのだ。
治はバサバサバサという独特なゴム音を立てながらオナニーを始めた。
隣りからの怪しい声はピタリと聞こえて来なくなった。
しかし、声など聞こえなくとも、隣のオタク女が今どんな恰好でどんなポーズをしながらオナニーをしているかを想像するだけで十分抜けたのだった。
※
朝の10時にネットカフェを出た治は、ミノルが待つホテルへ向かう途中、ディズニーグッズと車を手配していない事に気付いた。
「ちっ!」と舌打ちしながら、このまま家に帰ってしまおうかとふと立ち止まった。
しかし、もし自分が行かなかった事で、暴走したミノルは渋谷のセンター街あたりで少女を誘拐しかねない。
十分考えられる。
もしそうなれば、ここまでミノルに関わって来た自分にもなんらかの容疑が掛かって来る可能性は高い。
これも十分考えられる。
「ちっ!」ともう一度舌打ちした治は、再びホテルに向かって歩き始めたのだった。
ホテルに行く途中、ホカホカ弁当の前に止まっていた自転車の鍵に、ミッキーマウスのキーホルダーが付いているのを発見した。
ホカホカ弁当の中をそっと覗くと、その自転車の持ち主であろう50歳くらいのおばさんが同じく50歳くらいのおばさん店員と楽しげに話し込んでいた。治は靴ひもを結ぶふりをして自転車の前にしゃがむと、何気なくその鍵を抜き取り、また素知らぬ顔をして歩き始めたのだった。
ホテルに着くと、キーホルダーから引きちぎった自転車の鍵をロビーのゴミ箱に捨てた。
ホテルのロビーはチェックアウトの時間の為か妙に慌ただしく、様々な人間達が蠢いていた。治はエレベーターのボタンを押すと、ロビーに蠢いている「様々な人達」をぼんやり観察した。
窓際に座ってスポーツ新聞を広げているヤツは明らかにヤクザだった。新聞を持つ右手の小指が半分しかなく、ちぎれたその小指の先にダイヤの指輪をしている。
ヤクザの斜め後にはオカマがいた。オカマは携帯電話を必死になって何度も何度も掛けながら、繋がらない度に「くそったれ……」と親父声で呟いている。
小さなフロントには、ヤクザの情婦と思われる派手な女が趣味の悪い金色のハンドバッグの中から財布を取り出しながら「この割引券は使えへんの?」と関西弁で従業員に話し掛け、その女の隣りでは韓国人売春婦と見られる女が濃紺のスーツを着た胡散臭いおっさんと抱き合うように話し込んでいた。
コレ系のビジネスホテルのこの時間帯というのは、まるで社会不適合者たちの寄せ場だった。
チン!とエレベーターが鳴った。
扉が開くと中から明らかにホテトル嬢らしき女がひとり、なにかブツブツと独り言を言いながら降りて来た。擦れ違いにエレベーターに乗り込むと、小さなエレベーターの中は安物の香水の匂いと微かなワキガの匂いが充満していた。
治は6階まで息を止めた。
ミノルの部屋のチャイムを押すと、中から「待ってました!」とばかりにバタバタと走り寄って来るミノルの足音が聞こえた。
「待っとったばい!」
ドアを開けるなりミノルが叫んだ。そんな朝のミノルの口臭は人間技とは思えないくらいの悪臭だった。
「どうでしたかミッキーは手に入ったとですか」
部屋に入る治にさっそくミノルが話し掛けて来た。
「あぁ……これ……」
治はそう言ってポケットの中からホカ弁で盗んだキーホルダーを取り出した。
そのミッキーマウスは、頭の黒い部分が半分剥げ落ち片方の耳が白かった。よく見るとそのミッキーはやたらと目が小さく、足の裏には「MADEN CHINA」と型が押されていた。
「ほぅ……それがそんなにレアモノなんですか……」
ミノルは不思議そうにそのミッキーを手にした。
「あぁ。それは1893年にウォルト・ディズニーが最初に発売したという初版キーホルダーだよ。アメリカでは国宝級のレアモノだぜ」
治はデタラメにそう言うと、クシャクシャのベッドにゴロリと横になった。
一日中、ネットカフェのソファーで踞るように転がっていた治は、こうして手足を伸ばして寝転がれるという事は人間にとって何よりの幸せなのかもしれない、とつくづく思いながら深い溜息をついた。
と、枕元からとたんに変な匂いが漂って来た。2週間前にクズカゴの中に捨てたヨーグルトのカップのようなその匂いは、一瞬にして治を不快にさせた。
「なんか、臭くない?」
治がミノルに聞くと、ミノルは恥ずかしそうに「枕の下に捨てたとですよ」と顔を赤くして笑う。
慌てた治が枕を剥ぐってみると、枕の下から丸められたティッシュが2個出て来た。
それはあきらかにセンズリティッシュだった。
寄せ場のようなフロントで宿泊料金を支払うと、さっそく二人は駅に向かって歩き始めた。
車が手配できなかった理由を、「俺が掴んだ情報によると、車を使って少女を誘拐した場合の検挙確立は97%で、逮捕された場合は十年の実刑は確実らしい。だから車は危険だ、電車にしよう」とそう語り、昨夜『ロリコン大作戦』の掲示板を見ていたミノルも「やっぱり97%の確立は本当やったとですか……」と妙に納得し、素直に電車行動を受け入れたのだった。
浦安行きの電車に乗り込むと、さっそく治は窓の外を眺めながらこの後どうやって誤摩化してこの1日を乗り切ろうかと考えた。
「……オサムッちゃん……あの子なんてどうですか……」
治が目の前の家族連れを指差してそう言った。
十歳くらいの可愛らしい少女が父親の腕に抱かれ、それを隣りの母親が愛おしそうに覗き込んでいた。
「このままあの家族を尾行するとですよ。駅に降りたらきっとあの子は自分で歩きよりますから、一瞬の隙を狙って誘拐……」
治は「アホか」と思うが、しかしミノルはいたって真剣だった。もし治が「よし、そうしよう」と言えば、恐らくミノルは駅の構内で父親の手から少女を奪い去り走り出すだろう。
実に危険で実に迷惑なヤロウだと治はつくづくそう思いながらまた窓の外を見たのだった。
(4に続く)


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