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ロリコン大作戦 目次

2012/02/18 Sat 14:25

   ロリコン目次
(解説)ネットで知り合ったミノルとオサム。
「自分は少女に悪戯してやろう思うて九州から出て来たとです」
そんな病的なミノルに振り回されるオサム。
オタクな二人のマニアック喜劇。

         (下記のボタンを押して本編へお進み下さい)
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社会不適合な人々

ロリコン大作戦1

2012/02/18 Sat 14:20

「上戸彩言うんはロリコンになるとですか?」
 進藤実は真剣な顔をして加賀山治に聞いて来た。
 手には雑誌から切り抜いたとされる上戸彩の写真が握られていた。
 治は「彩か……」と呟きながらテーブルの上の「ポテトマヨネーズ野沢菜炒め」をジュルジュルと啜った。治は皿に残っている油とマヨネーズを啜りながらも時間を稼ぎ、答えを考えているのだ。
「やっぱり年齢から考えても上戸彩はロリとは言えんとですか……」
 なかなか治から答えが帰って来ないのに痺れを切らしたのか、ミノルが淋しそうに俯きながらテーブルの下に持っていた上戸彩の写真を見つめた。
「僕は年齢は関係ないと思うけどね……」
 治は皿の上のギトギトのマヨネーズと、ついでに皿の隅に転がっていた海老フライの尻尾まで綺麗に平らげると、そう言って水をゴクゴクと飲み干したのだった。


 加賀山治と進藤実は出会ってからまだ1時間も経っていなかった。
 しかしこの二人は、もう十数年来の親友かのように親しげに話し合えた。
 というのは、出会ってからまだ1時間しか経っていないが、意見交換はかれこれ5年になろうとしていたからだ。そう、この二人はインターネットの巨大掲示板「ロリコン大作戦」の超有名な名物住人だったのだ。
 ミノルと治。
 この二人の投稿を読みたいばかりに、ロリコンに興味がない人でも「ロリコン大作戦」を読んでいるほどで、毎日3万以上のアクセスがあるこの「ロリコン大作戦」のそのほとんどのアクセスが、ミノルと治の投稿が目当てと言っても過言ではなかった。
 この二人の投稿のどこにそんなに人気があるのか?
 まず、投稿のそのほとんどが「質問」のミノル。
 少し知能遅れなのか、質問内容もバカならその文章も誤字脱字だらけで、初めてミノルの投稿文を読んだ人はみんなイライラしているに違いない。
 しかし、そんなイライラしていた人達も「ミノルの質問」を読んでいくうちに、ついつい質問に答えてしまう。一度でもミノルの質問に答えようものなら、後は蟻地獄のようにミノルの世界に引きずり込まれてしまうのだった。
 一方、ミノルのその質問をことごとく打破していくのが治だった。
 治は掲示板の中では「早稲田卒」という事になっているが本当はまぎれもない中卒だった。掲示板を見ている人達は、オサムの『早稲田卒』がネタである事は知っていたが、しかしミノルただひとりだけはオサムの『早稲田卒』を信用していた。
 治は低能なミノルの質問に対しマジになって回答する。
「早稲田卒の私にわからない事は何もないです。なんでもすぐに答えます」と言っておきながら、そのくせ、治のその回答のほとんどは「ウィキペディア」から引用したものばかりだ。
 しかし、ミノルの質問が「ウィキペディア」に載っていないような難しい質問だと、治は突然機嫌が悪くなり「今日かぎりで引退します」と自虐投稿し、その後、匿名となった治は掲示板を荒らしまくるのだった(治の荒らしは約二日間ほどで、それを過ぎると普通に再登場する)。
 そんな二人の馬鹿馬鹿しいやりとりが妙に可笑しく、いつしかロリコン大作戦という掲示板の名物となり、中にはそんな二人を「自作自演だろ」と冷静に分析する者や、他の掲示板から「ウチにも来て下さい」とオファーがあったりと、二人は色んな意味での名物コンビとなっていたのだった。
 そんな名物コンビの二人がいよいよ顔合わせとなった。
 場所はオサムが住んでいる東京。
 九州の片田舎からわざわざ治を尋ねて出て来たミノルは、待ち合わせの渋谷駅に来るなりいきなり警察に捕まった。
 容疑は公然わいせつ罪。
 渋谷駅の構内で、大勢のミニスカート女子高生におもわず反応してしまったミノルは、駅構内で寝っ転がっていたホームレスの横に座り、通り過ぎて行く女子高生達を眺めながらセンズリを始めたのである。
 ミノルから「今、駅前の交番です。すぐ迎えに来て下さい」というメールを受け取った治が、待ち合わせ場所のハチ公前から慌てて交番に走ると、床に正座したデブが「すまんこってす!」と泣きながらおまわりさんに謝っている光景が飛び込んで来た。
(もしかしてこいつがミノル?)と、治は怪訝な表情をした。
 というのは、掲示板の中ではミノルの年齢は30歳という事だったが、しかしここで泣きながら正座をしている男はどう見ても50は過ぎているおっさんだからだ。
「あんた加賀山さん?」
 帽子から覗く目を三角定規のようにさせたおまわりさんが治に聞いて来た。
「いえ、違います」と言いたかったが、しかし焦っていた治は「そうです」と頷いてしまった。
「オサムちゃん!すまんこってす!」
 ミノルは正座の向きをクルッと治に向けると、そう叫びながら再び号泣した。
 おまわりさんは治の横にソッと立つと、「この人は障害者?」と小声でそう聞いて来た。
「はぁ……たぶん……」
「ま、被害届は出てないから、もう二度としないっつー事で、今日の所は帰っていいよ、いや、とっとと帰ってくれるかなあ、当分この辺ウロウロしないでよね」
 交番の奥から、ミノルの号泣に耳を押さえていた中年のおまわりさんがそう呟く。そして、早く出て行けとばかりにシッシと手を振った。
 治は交番の床に正座するこの男を見つめた。
 そしてこれ以上この男と関わり合いをもたないほうがいいのでは?とふと思った。
「オサムちゃん、行きまっしょう」
 ミノルはそう言いながらさっさと立ち上がると「お世話様」と不貞腐れ気味におまわりさんに頭を下げ、ひとり勝手に交番を出て行ったのだった。

     ※

「東京という街は恐ろしか街ですね……」
 渋谷の雑踏を進みながらミノルが独り言のように呟いた。
「キミはいったい何を考えてるんだ」
 治はミノルの隣りまで早足で来ると、少し怒り気味でそう聞いた。
「いや、私はなぁんも疾しい事はしとりません。あいつらは私を九州の田舎モンとバカにしとるだけですたい」
「しかし、キミは許して下さいと謝っていたじゃないか。何もしていないなら謝る必要はないはずだ」
「……色々あるとですよ。人生には」
 ミノルは急に立ち止まり空を見上げると「東京の空は汚なかねー」と叫び、そして薄気味悪い笑顔を浮かべながら「腹ば空いたとです」と治に振り返ったのだった。

 治は道玄坂にある「キッチン山波」にミノルを連れて行った。
 ここは戦後間もなくから営業しているという老舗の洋食屋のくせに、一度もメディアに取り上げられた事が無いという不思議な店だった。
 どういうわけかこの店は洋食屋のくせに洋食と呼べる商品はオムライスとチキンライスだけだった。
 あとはキムチがあったりカツ丼があったりと、とにかくコンセプトの無いメニューばかりで、メディアに取り上げられない原因がなんだかわかるような気がする。
 しかしこの店のそんなマニアックな所が治は堪らなく好きで、週に一度は必ずこの洋食屋の窓際でインスタントのコーヒー(180円)を飲みながら文庫本(官能系)などを開いては文学青年を気取っていたのだった。
「この店、なかなかいいでしょ」
「…………」
 ミノルは薄汚い店内を見回した。
「ほら、あそこのカラーボックスに並んでいる少年サンデー。何か感じない?」
 治はカウンターの横にある油でギトギトになった緑のカラーボックスを指差した。
「…………」
「サンデーのロゴを見てわかるように、全号古いんですよ。しかもめちゃめちゃ古い。なんと、まだ『がんばれ元気』が連載されてる号が普通に並んでるんです。僕は最初知らずにフツーに読んでて、途中で、あれ?なんて思って発行日見たら昭和五十年なんだもん、正直言ってこれはカルチャーショックですよ」
「…………」
「んでね、親父さんに聞いてみたの、この古い雑誌はわざとですか?ってね、だってほらこの店古いじゃん、それでわざと演出的に古い雑誌置いてるのかと思って、だから聞いてみたんだけど、そしたらあの親父さん何て言ったと思います?」
「…………」
「隣りの床屋が廃業した時に貰って来た雑誌だから俺ぁわかんねぇ、ってフツーに言ったんだよね……スゴいでしょ、アレ、マニアが見たら卒倒モンの雑誌ですよ、それをあんなに油だらけにして、『俺ぁわかんねぇ』ですからね、僕は正直言ってカルチャーショック受けましたよ、実際」
 治の口癖『カルチャーショック』。この言葉は掲示板でも治の投稿にいつも出てくる言葉だが、しかしミノルは『カルチャーショック』の意味を知らない。掲示板でカルチャーショックという字を見る度に、ミノルの頭の中では『カーマはきまぐれ』の曲がボンヤリと流れるだけだった。

「……以前から言おう言おうと思っとったとですが……」
 古い少年サンデーに興奮し始めた治に、ミノルがいきなり話しの腰を折った。
「……なに?」
「……オサムちゃんの言うとる事は自分にはいまいち理解できんとです」
 ミノルはそう告げると、テーブルの隅に置いてあった丸い『星占いくじ』を手にし、それをガラガラと振っては無意味に中の小銭の音を確かめた。
 とたんに治はムカッときた。治という人間は、自分より立場が上だと思った人間(例えば先輩や父親)にはとても服従なのだが、しかし、相手が自分よりも劣っていると思った人間(例えば母親や近所のちびっこ)に対してはまるでヒトラーかムッソリーニの如く支配しようとする性格の持ち主だ。そんな性格の治の意見が、今この田舎者のおっさんに否定されたのである。
 これが掲示板だったら、すかさず「もう引退します」と書き込みして、あとはミノルが書き込む内容に対して「アホ丸出し」や「死ねばいい」などと匿名で書き込んでは荒らしてやるのだが、しかし、今回はリアルである。
否定された治は、目の前にいるこの忌々しい田舎者にどうやってダメージを与えてやろうかとそればかり考えていたのだった。

 小さなテーブルの上にキッチン山波のコンセプトの無い料理が並び始めた。

 治はいつも食べている「ポテトマヨネーズ野菜炒め」の一品だけだったが、しかしミノルは、チキンライス、カルビー焼肉定食のカルビー単品、串カツ2本、たこ焼き、と4品を注文し、おまけにデザートにミックスパフェを注文するという、まさに「豚」であった。
 豚と化したオサムは、テーブルに並べられる品を豪快に口の中に押し込んだ。そして下品にグッチャッグッチャとやりながら「このタコヤキは冷凍物をチーンしたやつばい」などといちいちコメントを発するため、口から飛び出したチキンライスの米粒などがテーブルの上に散乱していた。

「ところでミノルちゃんはいったい何をしに東京に来たんですか?」
 汗だくになりながらカルビーを口の中に押し込むミノルに、治は露骨に嫌な顔を向けながら聞いた。
「……はい。自分はいよいよある計画を実行しよう思いまして、わざわざ東京に出て来たとですよ」
 ミノルはグチャグチャと音を立てながら、足下においてあった大きなボストンバッグの中を漁った。そしてその中から1枚の雑誌の切り抜きを取り出すと「これば見てやりんさい」と不敵な笑顔を浮かべながらソレを治に渡した。
 ソレは雑誌から切り取った上戸彩のグラビア写真だった。
「これがどうかしたの?」
 治は見慣れた上戸彩の笑顔を眺めながら、タコヤキを同時に2ヶも口の中に押し込んでいる豚のようなミノルに聞いた。
「……はい。自分はこの東京で少女に悪戯してやろう思って九州から出て来たとですよ」
 一瞬、治の目が深海魚のように黒くなった。
「少女に悪戯って…………それと上戸彩とどういう関係があるの?」
「いやぁ、東京みたいな大都会なら彩ちゃんみたいな可愛い少女がいっぱいおる思うて、その写真、九州から出てくる時に駅前のラーメン屋に置いてあった雑誌からかっぱらって来たとですばい」
 ミノルはそう言うと、そのかっぱらい行為がさも勲章でもあるかのように誇らしげに笑った。
 治はそんなミノルを怪訝に見つめながら「少女に悪戯?……」と目玉を天井に向けた。
 確かに数日前から掲示板には、『ボンノウ』と名乗る男がミノルの書き込みに対していちいち「少女とヤった事ないくせに」と挑発していた。それに対し、ミノルも「今はヤった事ないけどいつかはヤりますよ」といとも簡単に釣られていた。
 ちなみに、掲示板でミノルを挑発していたその『ボンノウ』という男は紛れもなく治だった。

 ミノルはそのボンノウを見返すためだけにわざわざ東京に来たというのか?……
 こいつは本物のバカだ、と、そう思った治は、ミノルのあまりの幼稚さに驚きながらも、一方ではその病的な執拗さに、言い知れぬ不気味さを背筋にゾッと感じていた。

「自分もロリコン大作戦ではそこそこ有名になった男ですけんね、少女の一人や二人、悪戯もでけんでどげんすっとか!言うて思い立ったとですよ」
「で、でも、なにも東京にまで出て来てそんな事しなくても、九州でやればいいじゃない」
「いやぁ~九州みたいな田舎ではどうもこうもならんですよ」
 ミノルは年期の入ったスプーンをチキンライスの皿の上に置き「ごちそうさまでした」と両手を合わせて呟くと、「やっぱり男が勝負賭ける時は東京ですばい」と力強く頷いたのだった。
 これはマズイ事になったぞ……と、治はふと思った。
 いや、この田舎者のロリコンが東京で人を殺そうが少女を誘拐しようが、そんな事はどうでもよかった。しかし、もしそれをこの田舎者に唆したのが自分だとバレたらどうなるだろうか?
 自分自身も法律的に罰せられるのだろうか?
 ミノルが逮捕され、その動機が「ロリコン大作戦」という危ないサイトだとわかり、それを示唆したのが自分だと言う事が公になり、それでマスコミあたりが騒ぎだそうものなら、そうなれば、間違いなく自分は父親に家を追い出される。今でさえ仕事をしていない自分に父親は「生活費を納めないなら出て行け!」と毎朝物凄い剣幕で怒るくらいだ、こんなことがバレたら今度は本当に殺されるかも知れない……
 今年で29歳になる治は、ふいに父親の貪よりと重く輝く病的な目を思い出し身の毛がよだった。

「もう準備は万端ですばい。ここに道具も全部用意してきとるとですよ」
 ミノルが足下のボストンバッグを開けて治に中を見せた。
 40年前の新婚さんが新婚旅行に持って行くような、そんなヤケに古くさいボストンバッグの中には、ガムテープ、手錠、大型カッターナイフ、ピンクローター、そしてなぜか不二家のぺこちゃんグッズが押し込められていた。
「ぺ、ぺこちゃんは何に使うの?……」
 治は感情を落ち着かせようと、何度も深呼吸をしながらミノルにソッと聞いた。
「これは獲物を誘き寄せる為の餌ですばい。このぺこちゃんの人形でくさぁ、ヒュッと少女を誘き寄せてパッと浚っちゃろう思うとります」
 ミノルはヒュッとパッを大袈裟なジェスチャー入りで説明した。
 今時、ぺこちゃんの人形で付いて来るような少女は東京にはいないよ……と言い掛けて治は慌てて言葉を呑んだ。新聞の見出しに「ロリコンサイトで知り合った男が指示」とデカデカと載っている光景が目に浮かんだからだ。
「さっき交番でバッグの中を調べられた時、これはナニするんだと聞かれよったですよ。でも自分は咄嗟に友達の引っ越しの手伝いに来たとです言うて誤摩化してやりましたけん大丈夫やったとですが、でも手錠とピンクローターにはさすがに気まずかったとですね……」
ミノルはそう言いながら苦笑した。
「……なんて言ったの」
治がコーヒーを飲む手を止めて聞く。
「は?何がですか?」
「だから、手錠とローターについては何と説明したのって聞いてんの」
「あぁ、それはですね、これは友達に頼まれて九州から買って来たおみやげばい、キサンらなんか文句あっとかー!言うて、怒鳴り上げてやったとですよ」
「……おまわりさんは……もしかしてその友達って誰って聞いてきた?」
 治は武勇伝気取りのミノルに恐る恐る聞いてみた。
「はい。聞きよりました。だから自分言うてやったとですよ、加賀山治さんばい!嘘や思うなら本人に聞いてみればよかろうも!ってくさ言うてやりました」
 ミノルは勝ち誇ったように笑っていた。
 治は「これで自分が犯行に関与しているのは否定できなくなった」とガックリと肩を落としたのだった。

(2話に続く)

          目次 2話


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社会不適合な人々

ロリコン大作戦2

2012/02/18 Sat 14:19

 道玄坂のキッチン山波を出た二人は、ミノルがどうしても東京のネットカフェに行きたいという事から、治は行きつけのネットカフェにミノルを連れて行った。店内に入って来た二人に、店長が「おや、治君にお連れ様とは珍しい」と、蒸気機関車のようなミノルを見て薄ら笑いを浮かべた。瞬間に治はミノルをここに連れて来た事を後悔した。
 店長がTBSの報道特集で、顔にモザイクを掛けられながらも「犯行のあったあの日、確かに治君は進藤容疑者を連れてウチの店に来ていました」と証言するシーンが頭を過る。しかし、もう遅い。とにかくこれ以上証言者が増えないようにと、治は急いでミノルをネットカフェの一室に押し込んだのだった。

「東京のネットカフェ言うてくさ、九州の店となーんも変わらんとやないですか」

 ミノルはそう言いながらカップルシートのソファの上で尻をピョンピョンと飛び跳ねさせクッションを確かめていた。
「当たり前じゃない。ここは全国チェーンの店なんだもん、どこ行ったって同じでしょ……」
 治がそう呟いていると、ミノルがキーボードをカチカチと叩き始め『ロリコン大作戦』のトップページを開いた。
「今、自分とオサムちゃんが一緒にいるって書いたら、みんな驚くやろねぇ……」
 そう言いながらミノルはソレを書き込もうとしたため、治は慌ててPCの電源を落とした。
「……なんばすっと?」
 汗だくのミノルが眉間にシワを寄せながら治を睨んだ。不意にプ~ンと動物園のような匂いがミノルの口から漂って来た。
「あのさぁ……」と、治が言い掛けた瞬間、「キサン、なんで電源落としたとか!」と物凄い勢いでミノルが治の胸ぐらを掴んだ。
 それは今まで大人しかったミノルからは想像も付かない激しさだった。その半端じゃないデブの馬鹿力に治は慌てて「ちょっと待って!ちょっと待って下さい!」と敬語で叫びながら足をバタバタともがかせた。
 散々首を絞められた後やっと解放され脅える治。ハァハァハァ……と肩で息をする興奮したミノルの口からはやっぱり動物園の香りが漂っていた。
「人の楽しみを邪魔したらいかんばい……」
 しばらくすると興奮が治まって来たのか、ミノルはまた機関車トーマスのような眠たそうな目に戻ると再びPCの電源を入れた。

 治はとたんにこの得体の知れない人物が薄気味悪く感じて来た。

 そして、先程の異様にギラついたまるで精神異常者のようなミノルの目を思い出し、こいつなら本当に少女殺しをやりかねない……と、ブルブルっと一瞬体を震わせた。
フフン♪フン♪と鼻歌を歌いながら、再び「ロリコン大作戦」を開いたミノルは、「二人が一緒にいる言うて書いたら、ルパンさんもエロ坊主さんもここに来っとやなかですか」と嬉しそうに笑いながら

《自分は今東京のネトカッフゥエにオサムちゃんといまーす》

と打ち込んだ。
 相変わらずカタカナが苦手なミノルは、3文字以上のしかも小文字が入ったカタカナはまともに書けない。
 そこにすかさず名無しが現れ、そんなミノルの書き込みに《日本語で書けよバーカ》と返してきた。
 突然ミノルの目は病的にギラギラと輝き始める。

《私は日本語書きましてるつもりですがおまえが日本語読めなないじゃないの》

 物凄い勢いでそう打ち込むと、ひとこと「死ね!」と叫び、投稿ボタンを押した。

ミノルのその投稿に更に名無し達が喰い付く。

《北朝鮮帰れアホ》
《読めなないじゃないのプッ》
《身障は消えろキモイ》
《ロリコンの言語障害キターーーー》


 ミノルはそれらのレスに坊主頭を掻きむしりながら怒っている。しかし、今日のミノル中傷は少ないほうだ。中傷内容もまだまだ柔らかい。
 それはなぜかというと、いつもミノルを糞味噌に中傷しているのが、ミノルの隣りに座っている治だからである。
 治はキチガイのように泣き喚きながら必死になって書き込みを続けるミノルを見て、こいつはいつもこんな風に狂いながら書き込みしていたのか……と恐怖を覚えた。
「オサムちゃん、ぼさーっと見とらんと、あんたもなんか書いちゃりない」
 ミノルがそう言って隣りの治に顔を向けた。
 ミノルのボテッと肉の付いた頬には怒りの涙がビショビショに垂れ流れていた。
「あ、あぁ……」
 治はそう言いながら携帯を開いた。
「なんで携帯で入れると?パソ使うたらよか」
 ミノルは不審な表情で治に言うが、治は「こっちのほうが早撃ちできるから……」と答え、ピッピッピッと携帯ボタンを押し始めた。
同じPCから書き込みしているのがその後の捜査で判明するのを怖れた治は、嘘を付いてまでも慣れない携帯で書き込みを始めたのだった。

《ミノルちゃん。そんなアホ共はスルーして、例のスク水から垂れる股間水について語り合いましょう》

 治は、できるだけ二人が一緒にいないような内容を書き込んだ。

「スク水の股間水かぁ~よかね~……この近くに児童が集まるプールはあっとですか?」
 投稿を読んだミノルが、そう言いながら隣りの治に振り向いた。
 確かすぐ近くのホテルに児童ばかりが集まっているスイミングスクールがあったはずだが、しかし、ミノルは本当にそこに行きかねないため、治は「さぁ……どうかな……」ととぼけてみせたのだった。

 掲示板では相変わらずミノルを釣ろうと必死になっている名無し共がガンガンと攻撃していた。その中傷にいちいち釣られて気が狂っているミノル。
 そんなミノルが「見とれ……今におまえらびっくりさせたるけんね……」と唸りながら、「のぉ、オサムちゃん。こいつら驚かせるためにも、どけんしても例の作戦を実行せねばならんね」と不敵な笑顔で笑いかけてくる。
 治はそんなミノルの不気味な笑顔に苦笑いをしながらも、こっそり携帯から《本当におまえ死ねよ!》と書き込んでいたのだった。

     ※

「自分が少女を捕まえてくっとですよ、そしたらオサムちゃんが車で迎えに来て自分と少女を乗せて走ってくれればよかとです」
 ミノルはつい1時間程前にあれだけ食べておきながらも、今また大量にケチャップが塗られたアメリカンドッグを頬張りながらそう言った。
「車なんて無理だよ。それに僕は車持ってないし」
 治が慌ててそう言うと、ミノルはムシャムシャと動かしていた口を急に止め、治の顔を怪しむように覗き込んだ。
「あれぇ……こないだ掲示板に、彼女とくさぁ湘南までドライブしたこつ書きよらんでしたか?」
「……いや、あれは親父の車で……」
 ドライブしたというのは本当だったが彼女は嘘だった。
「じゃあ親父さんの車を借りればよかやないですか」
「そんな事親父にバレたらマジに殺されるよ……」
「心配せんでもよかですって。オサムちゃんには絶対に迷惑ばかけよらんですから」
 もうこの時点で迷惑なんだよ!と、怒鳴ってやりたい所だったが、しかし、また首を絞められる恐れがある為それは控えた。
 ミノルは誇らしげにニヤニヤと笑いながら、ボストンバッグの中から一冊のノートを取り出しそれを治の前にそっと置いた。

『大都会東京の少女の悪戯計画』

 表紙には恐ろしく汚い字でそう殴り書きされていた。カタカナもろくに書けないミノルが「悪戯」という難しい漢字を書いているとこを見ると、明らかに辞書からの丸写しだとわかった。
 表紙を開く。

『作戦その1 少女をさがす』

「さがす」という字の下に、「探す」と「捜す」という漢字が何度も消しゴムで消した後が見られる。
辞書とにらめっこしているミノルの姿がふと浮かび、治は吹き出しそうになるのを懸命に堪えていた。

『渋谷や原宿でお気に入りりの少女とかさがす上戸彩さんみたいなな大都会かわい少女をさがす』

 大都会かわい少女。都市伝説のようなそのフレーズに治はおもわずプッと吹き出してしまった。
「何かおもしろい事書いてあるとですか」
 ミノルは座った目をゆっくりと治に向けた。治が慌てて「いや、ここにも上戸彩が出て来るから、ミノルちゃんはよっぽど上戸彩のファンなんだなぁって思ってさ……」と誤摩化した。
 するとミノルは急にニタァ~っと顔を弛め「上戸彩さんは自分の天使ですばい」と薄気味悪く笑った。
 アホらしくなって次のページを開く。

『作戦その2 少女に好きな物をやる』

「あげる」ではなく「やる」と書いている所が、もはやミノルの中では少女は人間ではなく動物なのであろうと治は少し怖くなった。

『ペコやらキィーティーやら好きな物を少女にやるアイスでもいいでもアイスはとけるかもしれんよ』

 カタカナが苦手なミノルがさっそくやってくれた。
 ミノルのカタカナをそのままGoogleで検索すれば、きっと「それは:キティちゃん?」と出てくるだろう。
 笑いを堪えながら次のページを開く。

『作戦その3 少女を車に入れて逃げる』

「入れて」というのがまたしても少女を人間扱いしていない。

『オサムちゃんの車に少女入れて暗いところに連れて行く』

 治は、計画ノートに自分の名前が書かれている事に激しく動揺した。何も知らない人がこのバカノートを読んだら、間違いなくこの「オサムちゃん」という人物を共犯者だと思うに違いない。
 治は動揺しながらも次のページを開いた。

『作戦その4 順番はジヤケンで決める』

 治はもはやそのジヤケンに笑う気も失せていた。

『オサムちゃんとケンカにならないようジヤケンで決める計画したのは自分だから自分が一番やと言うとケンカなるかもしれんからジヤケンで決めるでも二人で一緒に悪戯してもいい』

 治は、狭い車内でミノルと二人して泣き叫ぶ少女に悪戯するシーンをリアルに思い浮かべた。
 当然少女は抵抗するだろう。抵抗されたミノルは、あの馬鹿力で少女の首を絞めかねない。少女のぐったりとした体と青ざめた顔。それを海の中へと無情にも投げ捨てるミノル。翌日、目撃者の証言から車が判明し、親父のところに数人の刑事が尋ねて来る。親父が真剣な顔して「治。正直に言ってくれ……」と親父らしくない弱気な顔を見せる。コクンと頷く息子を見て、母親が泣き叫びそして刑事達が「とりあえず署に行こうか」と妙に優しく接してくる。玄関を出る時、後から親父の「もう終わりだぁ!」という声と共にキッチンに置いてあった何かが割れる音が聞こえて来る。立ち止まり後を振り向くと、角刈りの刑事さんが「早く乗れ」とサニーの後部座席に押し込められる。翌日、テレビや新聞が大騒ぎする。取調室で刑事さんから見せてもらった新聞には「女児誘拐殺人犯逮捕」という大きな見出しに、自分の名前とミノルの名前が容疑者として書かれていた。

…………………………。

 一気に想像した治は思考回路が正常に働かなくなっていた。
 高校生の頃、夕食のおかずが気に入らないとバットを持って母親を追いかけ回し、裸足で近所中を逃げ回っていた母親は保護され治は警察に連行された。
 その時の取調官は宮地という入歯臭い老刑事で、「今回は許してやるが次やったら少年院に放り込むぞ!」と治の頬を1発引っ叩いた。
 それからというもの、宮地刑事は治の家に様子を伺いにきていたが、母親が「最近は大人しくしてくれています」(本当は昨夜クリームシチューを顔面に投げつけられた)と宮地刑事に言うと、宮地刑事は「そうかそうか」と仏様のような目をして治の肩を抱き、「お袋さんを大事にしろよ」と臭い息を治の顔に吹きかけたものだった。
 そんな宮地刑事も定年を迎え、それからというもの治の家には来なくなったが、そんな宮地刑事の顔を治は今となりふと思い出したのだ。
「どうしたと?なかなかスゴい計画で驚いとるとですか?」
 ミノルは誇らしげにそう言うと、次のページを早く見てくれといわんばかりに、自ら次のページを開いた。

『作戦最終章 これを3回繰り返す』

 治はぼんやりと絶望しながら視線を下記へと走らせた。

『上戸彩さんに似た少女と新垣結衣さんに似た少女とシヨコンタさんに似た少女と3人やる大都会はいっぱい少女がいるけんよくさがしてお気に入りの少女さがすオサムちやんのお気に入りも入れるオサムちゃんはたぶん深田きょうこさんだと思うワラ』

 絶望の中それを読んでいた治は、ミノルが書く文に「、」や「。」が無いのを眺め、ふと近所の「電波おばさん」を思い出していた。
 電波おばさんとは、治の近所に住んでいる有名なキチガイ(朝のワイドショーで2回も取り上げられた)で、おばさんの家の前には『他人様の家に電波をぶつけるな電磁波をぶつけるな警察と国家に通報しますやめてください電磁波(毒)は脳を破壊する通報する』といった「、」や「。」のない意味不明な張り紙が数百枚も張られている。
 電波おばさんは対人恐怖症と極度の被害妄想から10数年ヒキコモリを続け、電波おばさんが活動するのは深夜と決まっていた。ある時、コンビニの帰りに奇声を放ちながら走り回っている電波おばさんを目撃した事があるが、それはもはや人間ではなくムーミンの世界だと治は寒気がした。
 その後も何度か深夜に、首を左右に振りながら「ペンタゴン!」と叫び、もの凄い勢いで走り去って行く電波おばさんとすれ違った事があるが、その時はもう恐ろしさを通り越して、ただひたすら爆笑してしまった治だった。

 そんな電波おばさんとミノルの文は、内容も書き方もよく似ていた。
「これだけの計画を練りましたとですよ、結構大変やったとですが、しかし、どけんしてもこいつらを見返してやらんならんですからね……」
 ミノルはそう言いながらPCの画面に映る「ロリコン大作戦」の掲示板に目をやった。
「さっそくですか、車の手配ば頼んます」
 ミノルは計画ノートをボストンバッグに大切にしまい込むと、早く行こうとばかりにソファーを立ち上がった。
「いや、そんなに慌てなくてもいいでしょう……」
 立ち上がるミノルにそう言うと、ミノルは「明後日は眼科にいかんならんとですよ。ばってん明後日は九州に帰らないかんとです。消防団の古賀さんに白内障かも知れん言われてですね長江先生に見てもらうとですよ。だから早く計画ば実行せなならんとです」と右目を押さえながら言った。

 治は「明後日?」とふと思う。

 今日はもうこんな時間だから少女など見つけれるはずがない。という事は、実行は明日だ。明後日にはこのバカは眼科の為に九州へ帰るのだ。
 明日1日をなんとか逃げ切れば、翌日にはこのバカは東京から、いや俺の目の前から消えてくれる……
 治は(これだ!)と思いながらスッと立ち上がると、ミノルをジロリと見つめながら「まずはアジトの確保が必要だな……」と不敵な笑顔を浮かべたのだった。

(3に続く)

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社会不適合な人々

ロリコン大作戦3

2012/02/18 Sat 14:19

「アジトってなんね?」

「アジト。つまり俺達の秘密基地だ」

 治はそんな幼稚な言い方の方がミノルは喰い付きやすいはずだ、と言い方を変えてみた。

「おぉ、秘密基地ね。自分も天正寺の裏にエロ本ば隠しちょる秘密基地ば持っとっとよ」

 すぐにミノルは喰い付いて来た。さすが掲示板で鍛えている治である、ミノルが釣られるような言葉を全て知り尽くしていた。

「金、いくらある?」
 治が聞くと、ミノルはポケットの中から修学旅行で京都のお土産屋で買ったような安っぽい西陣織の布財布を取り出すと、中を覗き込んだ。

「3万2千円あっとばい」

 治よりも金持ちだった。治の全財産は今朝母親をぶっ飛ばして取り上げた5千円だけだ。

「よし。ではその金でまずはホテルを手配しよう」
「ホテルって……自分はここで寝るとですよ……ホテルは落ち着かんけん好かんばい」
「ダメだ。この作戦を成功させる為にはもっともっと念密な会議をしなくてはならない。ここは壁が薄すぎる、我々の作戦が隣りに知れ渡ってしまう恐れがある。したがって、我々の秘密基地は厳重な警備のあるホテルに移動する事とする」
 治が地球防衛軍風にそう告げるとオサムは物凄く嬉しそうな顔をして「わかったとです、すぐに我々の秘密基地に行くばい」と興奮し始めたのだった。


 やっとの思いで行きつけのネットカフェを脱出できた治は、ネットカフェを出る時、店長に「田舎から尋ねて来られて困ってるんだよね。僕は彼とはネットで知り合っただけで初対面なんだけど、ちょっと頭がイカレてるみたいで迷惑してるんですよ……」と告げた。もし報道特集に店長が出演するような事態になったら、「治君はそう話していました」とコメントしてもらわなくてはならないからだ。

 そこから徒歩数分の場所にある小さなビジネスホテルに向かった。
 ほとんどが援交もしくはデリヘルで使用されているそのビジネスホテルは、一般の利用者はほとんどいない。人目に付かないそんなビジネスホテルは治にはもってこいの場所だった。
 フロントで6千円をミノルに払わせ、古くさいアクリルの棒の付いたルームキーを受け取ると、さっそく二人はエレベーターに乗り込み、6階の秘密基地へと急いだのだった。

 部屋の入口の防火扉のドアが妙に寒々しさを漂わせていた。
 ガチャン!という大袈裟な音を立ててドアが開けられると、つい今まで誰かがいたような生暖かい空気と強烈な煙草臭が部屋から漂って来た。
「なかなかいい部屋ばい」
 ミノルはそう言いながら小さなベッドの上に飛び乗ると、子供のように尻をピョンピョンさせながらクッションを確かめている。
 床の絨毯には所々に大きなシミが付いていた。もしかしたらこのシミはスカトロによって付けられたシミかも知れない、とふと思った治は、その絨毯のシミの匂いを嗅いで見たい心境に駆られたが、しかし、今はそれどころではないと欲望を抑えた。

「作戦会議、始めっとやろ」

ミノルが嬉しそうに治の顔を見た。

「あぁ。まず、『作戦その1』の少女探しだが、これが一番の難所だと俺は思う……」

 治はそう言いながら冷蔵庫を開けた。
 小さな冷蔵庫の中には、飲みかけのオロナミンCとなぜか新品のコンドームが冷やされていた。治は、ミノルにバレぬようこっそりとコンドームだけを取り出すと、そのまま冷蔵庫のドアを閉め、コンドームはちゃっかりポケットの中にしまった。

「まず、計画に書いてあった渋谷や原宿。ここで少女を誘拐するというのは非常に危険だ」
「なぜですか。渋谷や原宿は上戸彩さんのようなかわいい少女がいっぱいおるとじゃなかですか」
「確かにそうかも知れない。しかし、少女を拉致した後の逃走経路を考えるとその場所は非常に危険だ。あれほどの都市部だと捜査線がすぐに張られてしまい逃走中に捕まってしまう恐れがある」
「……なるほど……さすがオサムちゃんですばい。じゃあ場所はどこにすっとですか?」
「うん……千葉だ」
 治は、できるだけ遠くしようと千葉と答えた。千葉なら移動時間が掛かり時間稼ぎができるからだ。
「千葉ですか……しかしあそこは田舎やと聞いておりますが、そんな所に上戸彩さんみたいな少女がおるとですか……」
「ふふふふふ……。千葉を甘く見てはいけないよミノルちゃん。千葉県浦安市……。浦安と言えば我々ロリコンの聖地とも呼べるディズニーランドがあるではないか!」
「おおーっ!」と怒声を上げながらミノルが握り拳を作った。
「そげんこつ忘れておったばい!千葉と言えばミッキーちゃんの故郷やなかとですか!」
 ミッキーちゃんの故郷は浦安ではなく確かフロリダだ。しかしここはミノルを完全に釣り上げる為にも、どんな小さな否定も許されない、この際ミッキーちゃんの故郷は浦安にしておくべきだ、と治は自分に言い聞かせた。

「千葉はいいぜぇ……天使のような少女がウヨウヨしている。あそこはまさしくロリコンの楽園さ……」

 治が大袈裟にそう呟くと、異様に興奮したミノルが股間を押さえながら「今夜は眠れんこつなるばい!」と嬉しそうに叫んだ。
「という事で作戦を一部変更する。という事はまた作戦をいちから考え直さなければならない」
「……千葉ではこの作戦は通用せんですか?」
「無理だ。千葉の浦安でペコちゃんやキティーちゃんは危険すぎる。ディズニーマニアの本拠地とも言える浦安でペコちゃんやキティーちゃんの人形を持ち歩いてみろ、すぐにディズニーマニアが集まって来て袋叩きにされてしまうぞ」
「そげん恐ろしか場所ですか浦安は……」
「あぁ。浦安を甘く見てはいけない。先日もETのストラップを付けていた青年が大勢のディズニーファンから『ユニバーサル・ゴーホーム!』とシュプレヒコールを浴びせられ、投石やゲバ棒により瀕死の重傷を負わされたほどだ。あの町にペコちゃんやサンリオグッズを持ち込むのは自殺行為と言えよう……」
「………………」
「俺は今から上戸彩似の少女達が気に入るようなディズニーグッズを集めて来る。キミはこの秘密基地に残って新しい計画を考えてくれ」
 治はそう言うと、座っていたベッドから腰を上げた。
「それなら自分も行くとですよ」
 ミノルも一緒になって立ち上がった。
「いや、キミは作戦本部の総隊長だ。キミには念密な作戦を立てて貰わなくてはならない。だから今夜はこの秘密基地に残って作戦を頼む」
「……しかし、そげんこつ大変な仕事をオサムちゃんだけに押し付けるのは心が痛かですよ……」
「確かに、今からそれだけのレアなグッズを集めるのは大変だ。しかし、作戦はそれよりももっと大切だ、成功するには念密な作戦が必要なんだ……キミが最高の作戦を立ててくれるのを期待してるぜ」
「……オサムっちゃん!」
感情的になったミノルは目に涙すら浮かべていた。

 完全に……釣れた。

 ミノルは感極まって詰まった鼻を、グスっ!といわせながら鼻汁をすすると、口でポワーっと息をしながら西陣織の財布を開いた。
「これは、グッズを手に入れる金ですばい。遠慮のう使こうて下さい……」
 ミノルはそう言いながら1万円を治に渡した。
 治はもう5千円上乗せさせようかと思ったが、しかし、帰りの汽車賃がなくなってしまい九州に帰れなくなってしまっては元もこうもないと思い、1万円だけ受け取った。

 治は「絶対に秘密基地を離れないように」と何回も念を押すと、ホテルの部屋を出た。
 フロントに降りるエレベーターの中では、2人のスーツ姿の中年の親父と一緒だった。よく見ると二人はこっそり手を繋いでいる。治はそんな二人を見て寒気を覚えながらも、もしかしたらホテルのフロントにいた人達から自分達もああいうふうに見られていたのではないかと思い、更に全身に寒気を走らせたのだった。

     ※

 家に着くと、玄関の前で治は立ち止まった。携帯を開くと既に11時を過ぎていた。父親の晩酌が始まるのは10時からで、もうこの時間だと父親は完全に出来上がっている頃だ。
 治はこの時間帯を「デンジャラス・タイム」と呼んでいる。デンジャラス・タイムになるといつも治は、部屋の鍵を閉め、真っ暗闇の部屋の中で布団に潜り込みながらノートPCを眺めていた。
というのは酔っぱらった父親が襲撃して来るからである。
 シラフの父親もやっかいだが、しかし酔った父親は更にやっかいだった。シラフならばグジグジと説教するだけだったが、しかし酔うと辺りかまわず暴力を振るってくるからである。
 先日も、デンジャラス・タイムにどうしてもトイレに行きたくなった治は、足音を忍ばせ階下に行くと、そこで待ち伏せでもしていたのだろうかいきなりフライパンを持った父親が無言で治に襲いかかり、フライパンで激しく肩を叩かれた治は小便を洩らしながら必死で部屋に逃げ帰った事があった。
 そんなデンジャラス・タイムに帰宅するなどまるで自殺行為である。
 このまま父親が寝るのを待って、こっそり忍び込もうか……
 いや、いっそこのままネットカフェに行ってそこで夜を明かすか、ミノルから貰った金もある事だし……
 ぼんやりと玄関のドアを眺めながらそんな事を考えていた治だったが、気がつくと足が勝手にネットカフェの方向に向かって進んでいたのだった。

 ネットカフェに行くと、眠そうな顔をした店長が「あれ?さっきのガイキチは?」と聞いて来た。
「ホテルに叩き込んでやったよ」と治は笑いながら、いつもの部屋へと行く。
 いつもの部屋に入ろうとした時、隣りの住人と廊下でふと出くわした。隣りの住人は手にコーラを持ちながら、治を見てペコリと小さく頭を下げた。
 この隣りの住人はもうかれこれ2ヶ月はここで暮らしているといういわゆるネット難民の女だった。年齢は不明だがたぶん20代半ばで、化粧気はまったくなく少しオタクっぽい女だが、しかしそのスタイルはなかなかそそるものがあった。
 女は治に挨拶をした後、床を眺めてニヤニヤと不気味な薄ら笑いを浮かべながら部屋の扉を開けた。治はすかさず女の体を舐め回すように見つめる。ショートパンツからはみ出したムチムチの太もも、ドテっと重そうなボイン、そしてキュッと食い込んだ尻。
 顔は酷いがスタイルは抜群だ。
 治はその体をしっかりと目に焼き付けると、自分ものっそりと部屋の扉を開けたのだった。

 治は「ロリコン大作戦」に投稿してはいるが、決して少女が性の対象という事ではなかった。普通の女性に対してもちゃんと性的興奮をするのだ。ロリコン大作戦に投稿しているのは、あくまでもミノルをからかうのが楽しくて投稿しているだけだった。

 そんな治は、部屋に入るなりさっそくロリコン大作戦にアクセスしてみた。

《また現れたよ変態ミノルちゃん藁》
《本当に少女をレイプしてから来い。もちろん証拠画像付きでな》
《はったりミノルうざー早く消えろ》
《この弱虫に少女を犯す度胸があるとは思えんが……》
《無理無理、弱虫のミノルちゅんには少女レイプは絶対に無理》

 名無し達が一斉にミノル煽りを初めていた。
 そんな中、この馬鹿ミノルはなんと、

《明日浦安のデーズニランドで少女に悪戯するオサムちゃんと一緒にやるよ》

 と、犯行声明を出しているではないか。

「この馬鹿、ズッポリ釣られてるよ・・・」

 治はそうそう呟きながら、

《少女を誘拐してレイプすれば軽く10年は刑務所暮らし。日本の警察は優秀、捕まる確立97%だな》

 と、名無しで書き込み、ミノルの熱を冷まさせようとした。
 しかしそんな治の書き込みに対し、ミノルは《オサムちゃんが一緒だから捕まる心配はないよ》と余裕の返答をしてくる。
 他の名無し達も《俺達のヒーロー・ミノルちゅんがタイーホされるわけがないだろ!》などとミノルをまた煽り立てた。

「みんな・・・これマジなんだよ・・・」

 PCに向かって嘆く治の耳に、なにやら甘いピンク色の声が一瞬隣りから聞こえた。
 胸をドキッと飛び跳ねた治は、息を殺し耳を澄ます。
 再び隣りから「っん~……」という溜息と擦れた声が混ざり合う微妙な声が聞こえて来た。

(キターーーーーーーーーーーーーーー)

 治は備え付けのグラスを逆さまにし、ベニヤ板1枚の壁にグラスを押し付け、そこに耳を当てた。
 ガサゴソという物音と共に、ヘッドホンから漏れる「パンパンパン!」や「あ~ん!イキそう~!」というエロ動画の音が微かに聞こえてきた。
 治は、これは間違いない、と嬉しそうに頷きながら、ホテルからパクって来たコンドームをポケットから取り出すと、それをクルクルクルっとペニスに被せた。
 コンドームを使ってのオナニーが治はお気に入りだった。ゴムを付けてシゴくと快感が半減する、っとネットに書いていた者もいた。確かにゴムを付けてのオナニーと生のオナニーとではペニスの摩擦具合が違い生オナニーの方が断然快感を得られるのは確かだ。
 が、しかし、肉体的快感よりも精神的快感を求めていた治には、このリアリティーのあるゴム・オナニーが堪らなく好きだったのだ。

 治はバサバサバサという独特なゴム音を立てながらオナニーを始めた。
 隣りからの怪しい声はピタリと聞こえて来なくなった。
 しかし、声など聞こえなくとも、隣のオタク女が今どんな恰好でどんなポーズをしながらオナニーをしているかを想像するだけで十分抜けたのだった。

     ※

 朝の10時にネットカフェを出た治は、ミノルが待つホテルへ向かう途中、ディズニーグッズと車を手配していない事に気付いた。
「ちっ!」と舌打ちしながら、このまま家に帰ってしまおうかとふと立ち止まった。
 しかし、もし自分が行かなかった事で、暴走したミノルは渋谷のセンター街あたりで少女を誘拐しかねない。
 十分考えられる。
 もしそうなれば、ここまでミノルに関わって来た自分にもなんらかの容疑が掛かって来る可能性は高い。
 これも十分考えられる。
「ちっ!」ともう一度舌打ちした治は、再びホテルに向かって歩き始めたのだった。

 ホテルに行く途中、ホカホカ弁当の前に止まっていた自転車の鍵に、ミッキーマウスのキーホルダーが付いているのを発見した。
 ホカホカ弁当の中をそっと覗くと、その自転車の持ち主であろう50歳くらいのおばさんが同じく50歳くらいのおばさん店員と楽しげに話し込んでいた。治は靴ひもを結ぶふりをして自転車の前にしゃがむと、何気なくその鍵を抜き取り、また素知らぬ顔をして歩き始めたのだった。

 ホテルに着くと、キーホルダーから引きちぎった自転車の鍵をロビーのゴミ箱に捨てた。
 ホテルのロビーはチェックアウトの時間の為か妙に慌ただしく、様々な人間達が蠢いていた。治はエレベーターのボタンを押すと、ロビーに蠢いている「様々な人達」をぼんやり観察した。
 窓際に座ってスポーツ新聞を広げているヤツは明らかにヤクザだった。新聞を持つ右手の小指が半分しかなく、ちぎれたその小指の先にダイヤの指輪をしている。
 ヤクザの斜め後にはオカマがいた。オカマは携帯電話を必死になって何度も何度も掛けながら、繋がらない度に「くそったれ……」と親父声で呟いている。
 小さなフロントには、ヤクザの情婦と思われる派手な女が趣味の悪い金色のハンドバッグの中から財布を取り出しながら「この割引券は使えへんの?」と関西弁で従業員に話し掛け、その女の隣りでは韓国人売春婦と見られる女が濃紺のスーツを着た胡散臭いおっさんと抱き合うように話し込んでいた。
 コレ系のビジネスホテルのこの時間帯というのは、まるで社会不適合者たちの寄せ場だった。

 チン!とエレベーターが鳴った。
 扉が開くと中から明らかにホテトル嬢らしき女がひとり、なにかブツブツと独り言を言いながら降りて来た。擦れ違いにエレベーターに乗り込むと、小さなエレベーターの中は安物の香水の匂いと微かなワキガの匂いが充満していた。
 治は6階まで息を止めた。
 ミノルの部屋のチャイムを押すと、中から「待ってました!」とばかりにバタバタと走り寄って来るミノルの足音が聞こえた。
「待っとったばい!」
 ドアを開けるなりミノルが叫んだ。そんな朝のミノルの口臭は人間技とは思えないくらいの悪臭だった。
「どうでしたかミッキーは手に入ったとですか」
 部屋に入る治にさっそくミノルが話し掛けて来た。
「あぁ……これ……」
 治はそう言ってポケットの中からホカ弁で盗んだキーホルダーを取り出した。
 そのミッキーマウスは、頭の黒い部分が半分剥げ落ち片方の耳が白かった。よく見るとそのミッキーはやたらと目が小さく、足の裏には「MADEN CHINA」と型が押されていた。
「ほぅ……それがそんなにレアモノなんですか……」
 ミノルは不思議そうにそのミッキーを手にした。
「あぁ。それは1893年にウォルト・ディズニーが最初に発売したという初版キーホルダーだよ。アメリカでは国宝級のレアモノだぜ」
 治はデタラメにそう言うと、クシャクシャのベッドにゴロリと横になった。
 一日中、ネットカフェのソファーで踞るように転がっていた治は、こうして手足を伸ばして寝転がれるという事は人間にとって何よりの幸せなのかもしれない、とつくづく思いながら深い溜息をついた。
 と、枕元からとたんに変な匂いが漂って来た。2週間前にクズカゴの中に捨てたヨーグルトのカップのようなその匂いは、一瞬にして治を不快にさせた。
「なんか、臭くない?」
 治がミノルに聞くと、ミノルは恥ずかしそうに「枕の下に捨てたとですよ」と顔を赤くして笑う。
 慌てた治が枕を剥ぐってみると、枕の下から丸められたティッシュが2個出て来た。
 それはあきらかにセンズリティッシュだった。


 寄せ場のようなフロントで宿泊料金を支払うと、さっそく二人は駅に向かって歩き始めた。
 車が手配できなかった理由を、「俺が掴んだ情報によると、車を使って少女を誘拐した場合の検挙確立は97%で、逮捕された場合は十年の実刑は確実らしい。だから車は危険だ、電車にしよう」とそう語り、昨夜『ロリコン大作戦』の掲示板を見ていたミノルも「やっぱり97%の確立は本当やったとですか……」と妙に納得し、素直に電車行動を受け入れたのだった。

 浦安行きの電車に乗り込むと、さっそく治は窓の外を眺めながらこの後どうやって誤摩化してこの1日を乗り切ろうかと考えた。
「……オサムッちゃん……あの子なんてどうですか……」
 治が目の前の家族連れを指差してそう言った。
 十歳くらいの可愛らしい少女が父親の腕に抱かれ、それを隣りの母親が愛おしそうに覗き込んでいた。
「このままあの家族を尾行するとですよ。駅に降りたらきっとあの子は自分で歩きよりますから、一瞬の隙を狙って誘拐……」
 治は「アホか」と思うが、しかしミノルはいたって真剣だった。もし治が「よし、そうしよう」と言えば、恐らくミノルは駅の構内で父親の手から少女を奪い去り走り出すだろう。
 実に危険で実に迷惑なヤロウだと治はつくづくそう思いながらまた窓の外を見たのだった。

(4に続く)

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社会不適合な人々

ロリコン大作戦4

2012/02/18 Sat 14:19

 電車が浦安の駅に着くとミノルが「きっとディズニーランドに行くとばい、ランドの中で狙うとですよ」と家族の後に付いて行こうとした為、治はわざと慌てたふりをして「マズイ……公安に付けられている」とミノルの腕を引っ張った。
 ミノルは「公安」という言葉に異常反応を示した。急に顔を強張らせたミノルは「公安ってなんね!」と治にしがみ付いてきたのだ。
 治はチャンスだと思い「絶対に後を振り向くな……」と小さな声でミノルに囁きかけると、一気に浦安の駅を走り出した。
「オサムっちゃん!待って!」
 半泣きのミノルは治の後を追いながらそう叫ぶ。
 駅を走り出た二人は浦安の町へと逃げ込んだのだった。

 肩でハァハァと息をしながら二人は古ぼけた定食屋に飛び込んだ。
「危ないところだった……」と、治がテーブルの上に置かれたお冷やを一気に飲むと、ミノルはまだ顔を強張らせたまま「公安っていったいなんね」と何度も聞いて来た。
 とりあえず治がカツ丼を注文すると、ミノルは天ぷらソバと親子丼の大盛りを注文した。

「昨夜、キミはロリコン大作戦に少女誘拐の犯行声明を投稿しただろ……それでサイバーパトロールがそれをキャッチし警視庁公安部が動き出したんだろう……」

 定食屋の小さなテレビから「ごきげんよう」のエンディングが流れ始め、店内は気怠い昼下がりに突入した。
「公安ってなんね」
 再びミノルがテーブルの上の箸箱をいじりながら不安そうに聞いて来た。
「公安……警察の中でも一番厳しい軍団だ……」
 治自身、実際には公安というものをあまり知らないらしい。
「自分達はその公安に尾行されとるとですか?」
「……あぁ。多分な。ホテルを出た時からグレーのスーツを着た男がずっと俺達の後を付けて来ていたが、まさかあいつが公安だったとは……不覚だった」
「どうして公安ってわかったとですか」
「公安のヤツラはな……みんな耳にイヤホン付けているんだよ……」
「あっ!……自分もさっき電車の中でイヤホン付けとる男ば見たとですよ!」
 その日は隣りの船橋競馬場で大きなレースが開催されていた。
 ここ、浦安にも新聞片手に競馬ラジヲを聞いているギャンブラー達がウヨウヨといた。
「……ヤツラはああやって電波で交信しながら俺達を見張ってるんだ……」
 ミノルはてんこ盛りの親子丼をガブガブと腹の中に押し込みながら、「これからどうすっと……」と弱々しく治に聞いた。
 治は食べ終わったカツ丼の丼の中に折ったつまようじを何本も投げ捨てながら、「とにかく様子を見よう」と大袈裟に呟いた。
「捕まったら10年ってのはホントね……」
 一粒残らず平らげたミノルがゲフーっとゲップをしながら治に聞いた。
「あぁ。10年だったら軽い方だろう。この間捕まった少女誘拐犯は懲役78年喰らってたよ……」
 ミノルは「78年!」と目を丸くし、指を折りながら78年後の自分の歳を数え始めた。

 と、その時だった。
 定食屋の扉をガラガラっと開け、イヤホンを耳に付けた労務者風の親父が店に入って来ると、親父はテーブルにつくなりいきなりラジヲに向かって「イケ!イケ!捕まえろ!刺せ!刺せ!」と競馬用語を叫んだ。
 その親父を公安だと勘違いしたミノルは、急に顔を真っ赤にして立ち上がると、いきなりその労務者の足下に親子丼のどんぶりを投げつけ「刺される前に刺したろかキサン!」と叫びながら襲いかかった。
「なんだ!このヤロウ!」
 慌てた労務者は必死に叫びながら抵抗している。しかし労務者は高齢者であり、若いミノルの力に床に捩じ伏せられていた。
 ミノルは労務者を押さえつけながら、ポケットから何かを取り出そうとしていた。治は慌てて代金をレジの前に投げ捨てると、ミノルに向かって「ヤバい!逃げるぞ!」叫んだのだった。

 二人は雑居ビルの路地裏に飛び込むと、少しでも定食屋から遠離ろうと必死になって駆け抜けた。
 しばらく走った後、ハァハァハァハァ……と息を切らせながら治が壁にしがみついていると、やっと追いついたミノルが、足を止めるなりゲボボボボ……と親子丼と天ぷらそばを吐き出した。
 凄まじく酸っぱい香りが路地裏に充満する。
「ヤバいぞ。辺りは公安のヤツラでいっぱいだ!」
 治が大通りを指差すと、アーケードの隅っこにイヤホンを付けながら競馬中継を聞いている老人がひとりポツンと座っていた。
「悔しいが今日の所は作戦を中止しよう。まんまと捕まって78年間も刑務所に入れられたらもともこうもない……」
 治がまだゲェゲエとしているミノルにそう言うと、唇に卵のカスを付けたミノルが「それはできんとですよ。九州の男は一度やる決めたら死んでもやるったい……」と恐ろしい形相で治を睨みつけた。
「……なんね……オサムっちゃんはもしかすっとイモば引いとっとね……」
 ミノルはゆっくりと腰を上げると、そのまま得体の知れない悪臭を漂わせながら治に迫って来た。
「違うよ……78年も刑務所に入れられたら……」
「それがイモ引いとる証拠ばい!」
 物凄い力で治は壁に押し付けられた。
「たとえ78年ぶち込まれようと、一度やると決めた事を実行するのが男たい!たとえ刑務所ん中から出て来るのが128歳になっちようと、そげんこつ関係なか!やるかやらんかが問題たい!」
 128歳?……128歳から78歳引くと……やっぱりこの野郎、50歳じゃねぇか……30歳なんて嘘つきやがって……
 治はミノルの酸味の利いた口臭を浴びながらそう思った。

 と、突然、足下でカリカリカリカリ……という不気味な音が聞こえて来た。
 胸ぐらを掴まれながら壁に押し付けられている治が、そっと視線を下に向けてみると、なんとその音は、ミノルの右手に握られた大型カッターナイフが刃を出す音だった。

「イモば引いたモンは足手まといになるだけたい……道仁会の古賀磯次親分もそう言っとったばい……オサムっちゃんには悪いがここで死んで貰うけんね……」

 道仁会の古賀磯次親分って誰だよ、と思いながらも、今のミノルなら本当に刺しかねないとゾッとした治は、慌ててミノルを落ち着かせようと方向性を変えた。
「さ、作戦開始はこれからだ……しかし、キミが私を必要としていないと思うなら……好きにしたまえ……」
 過去に掲示板で何度もミノルを熱くさせたり落としたり必死にさせたり釣ったりと繰り返していた治は、そんなミノルの性格をよく知っていた。ここで慌てたらいけない、騒ぎ立てるとコイツは必死になって本当に刺す。ここは穏便に穏やかに冷静に対応するべきだ……と。

「……私は、キミの事を本当の友達だと思っていた……しかしどうやらキミは違っていたらしい……キミは私の事を作戦を成功させる為にただ利用していただけだったんだ……」
 治のそんな火消し作戦に、ミノルは「違う!そんなんじゃなか!」と叫び、沈静の兆しを見せた。
「……そんなんじゃなか、自分もオサムっちゃんの事ば親友や思うていたとよ……いや、今もそう思うとるばい!」
 ミノルの馬鹿力がゆっくりと消え失せ、掴まれていた治の首は次第に解放されて行く。
「そやけん……そんな弱気のオサムッちゃんば見とうなかったとよ……」
「……誰が弱気になんかなったというんだ。私はまだまだヤルキ満々だ、ただ、この場所はマズいとそう言っただけだ」
「しかし作戦は中止ば言うたじゃなかですか!」
「それは違う!……それは、今ここでの作戦実行は中止するべきだと言う意味だ」
「………………」
「さ、早く別の場所に移動しよう。キミも明日は眼科に行かなければならないんだろう、時間がない。次の場所に移動して作戦を実行するんだ。……いいね?」
 治がそう優しく語りかけると、ミノルは右手に持っていた大型カッターの刃をカチカチカチっと納め、そして「すまんこってす!」と肩を震わせながら男泣きしたのだった。
 危うく殺されかけた治は、一分一秒でも早くこのキチガイと別れたいと思いながら、浦安の裏通りをコソコソと歩き回った。雑居ビルの裏通りなら少女はいないと思った治は、時間稼ぎをしていたのだ。
「あっちの通りの方が人がようけいますばい」
 そう大通りを指差すミノルに、「上戸彩は練馬の生まれだ。ああいった美しい少女はこういった裏通りに潜んでいるもんだよ」とワケのわからない理屈を述べ、表通りを避けて歩いていた。

 段々と日が暮れかかって来た。
 あともう少し粘れば、浦安のちびっ子たちは家に帰ってしまうだろう、と思っていた治の前に、ちらちらと少年少女達の姿が目立って来た。表通りで遊んでいたちびっ子達が、裏通りにある家に帰ろうとしているのだ。

「結構、少女が増えてきたとですね……さすがはオサムッちゃんですばい、穴場をよう知っとるとですね」
 ミノルはポケットの中でカッターナイフの刃をカタカタと出したり引いたりしながら不敵な笑みを浮かべている。
「……あれなんかどけんですか……どことなくガッキーに似とりますばい」
 ミノルは一輪車で遊んでいた小学生を指差してそう言った。
「ふふふふふ。キミはまだ甘いな。もう少ししたら上戸彩系の少女達がわんさかとこの通りに集まって来るんだ……」
 治はそう言って、本当に一輪車少女に襲いかかりかねないミノルの興奮を鎮圧させた。

 そんな感じで誤摩化しながらもいよいよ本格的に日が暮れて来た。路地裏には真っ赤な夕日が照りつけ、それはそれでなかなか情緒のある風景だった。
 が、しかし、そんな情緒に酔いしれている暇はなかった。というのは、治のデタラメ通り、路地には帰路につく少女達がウヨウヨと溢れ出したのだ。
 マズいなぁ……と思っていた矢先、治達の行く先に、ひとりの少女がこちらに向かってトボトボと歩いて来た。なんとその少女は、上戸彩に瓜二つな美少女ではないか。

「オサムッちゃん。もう時間切れたい。あの子に決めまっしょう」
 ミノルはポケットの中のカッターナイフの刃をカタカタカタ!と勢い付けて押し出した。
 どうしよう……と、焦っていた治の目に「ピンクサロン」の看板が飛び込んで来た。
 カチカチとリレーするネオンが妙に寂しげな薄汚れた店の前で、「大売り出し」と背中に書かれたハッピを着た呼び込みが、意味もなくパンパンと手を叩いている。

「……ちょっとあの店に行ってみよう……」
 治は少女との進路を避けるべく、ピンクサロンに向かって進んだ。
「どげんしたとですか!このチャンスを逃したらもう後がないとですよ!」
 ミノルが後から治の背中を掴んだ。
「違う!あの男をよく見ろ!」
 治は大売り出しの呼び込みを指差した。
「もう公安なんか関係なか!自分は78年刑務所にぶち込まれようとやりますばい」
 ミノルが治を抜かそうと早足になった。
「違うって!人の話しをよく聞け!あの男は公安ではない、あの男は我々の同志だ」
「……同志?」
 ミノルが足を止めた。
「……ヤツはあんな恰好で変装しているがな、本当は関東ロリコン連合の忍びの者なんだ……」
「……関東……ロリコン連合?……」
「そうだ。キミはまだ知らないだろうが、我々ロリコン族は全国にネットワークを持っているのだ。キミの住んでいる北九州ロリコン連合の会長の光浦氏とは先日も赤坂の料亭で日本の明るいロリコン社会について話し合ったばかりだ」
 治はデタラメで時間稼ぎをしながら、前から歩いて来る少女に頼むから次の角を曲がってくれ!と念力を送っていた。
「……それが……どげんしたとですか……」
 ミノルの喰い付きは悪かった。掲示板なら「自分もロリコン連合に加入させて下さい!」とすぐに釣られるはずなのだが、しかし、今のミノルは前から歩いて来る少女の事で頭が一杯らしい。
「どげんもこげんもないよキミ。もしかして、キミは『ロリコン注意報』の存在をしらないのか?」
「……ロ、ロリコン注意報?……」
「やっぱり……キミはまだまだ素人だな……」
 これにはさすがのミノルも喰い付いて来た。ミノルは掲示板でも「素人」や「童貞」という言葉にすぐに反応するのだ。
「素人ってどけんことですか……自分は自分なりに体張ってやっとるつもりですたい」
「いや、そういう意味で言ったのではない。キミもロリコン戦士として体を張って生きているなら、ロリコン注意報の事くらいは知っておくべきだろうという意味だ」
「…………」
「ロリコン注意報とは、いわゆる、我々ロリコン連合の最大の敵である『熟女』の襲撃に備えての注意報なんだ」
「熟女?」
「そうだ熟女だ。ヤツラは我々ロリコン連合をこの世から抹殺しようとしているのだ」
「……どげんして熟女が?」
「ま、いわゆる嫉妬というヤツだな。ババアの。ロリータばかりがチヤホヤされる変態オタク世界で、ロリータの地位を狙っているのだよ熟女達は。だから、ロリータの親衛隊である我々ロリコン連合を目の敵にしているのだ、うん……」
 そうこうしていうちに少女が段々と近付いて来た。
 すれ違い様にカッターナイフを突きつけかねないミノル。
 治は焦りながらも意味不明なデタラメを喋りまくり、必死にミノルの気を引いた。
「そんな熟女が今攻め込んで来たんだ。だからそれをロリコン戦士達に伝える為に、あの忍びの者はああやって手を叩きながらロリコン戦士に応援を求めているんだよ」
「……なんか、嘘臭いばい」
 さすがのミノルもこんなデタラメには気付いたか……万事休す……
 と、思いきや、突然ミノルが「じゃったら、オサムっちゃん、あの忍びの者と話してみて下さいや」と言って来るではないか、やっぱりこのアホはまんまと釣られていたのである。
「よしわかった。じゃあキミも付いてきなさい。忍びの者にキミを紹介しておこう」
 二人は進路を左に変え、細い道路を渡った。とりあえずは少女の進路から外れ治はホッと胸を撫で下ろす。
 が、しかし、この先はどうしたらいいものか。もしこれがデタラメだとバレたら、今度こそ本当に殺されかねない……。

「自分が少女を誘拐しようとしてるのを知ったら、忍びの者は自分を尊敬すっとですかのぅ」
 ピンサロに向かいながらミノルは妙に興奮し始めた。この妄想親父は自分がヒーローになる事ばかりを考えていた。
「あぁ。ただ、それよりも、今襲撃している熟女をやっつけたというほうが、キミの名前は売れると思うよ……」
「そげんですか?じゃったら自分、熟女ば退治しますばい、そいつらはドコにおっとですか」
「あの中だ……」
そう言って治は、薮から棒にピンクサロンのネオンを指差したのだった。

(5に続く)

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